アスレチックス ビリー・ビーンGM【写真:Getty Images】

カブスがローテ2本柱をアスレチックスに放出した理由

 メジャー最高勝率を誇るアスレチックスが、1989年以来となる世界一獲得に向けての本気度の高さを見せた。

 トレード期限まで3週間以上もある7月5日、カブスとの大型トレードを敢行した。“ブロックバスター(大ヒット)”と呼ばれる大トレードでアスレチックスが獲得したのは、カブスのエース右腕ジェフ・サマージャと勝ち頭ジェイソン・ハメルの先発ローテ2本柱。その代償として手放したのが、アスレチックスでは若手有望株ナンバーワンの遊撃手アディソン・ラッセル、右腕ダン・ストレイリー、昨年ドラフト1巡の外野手ビリー・マッキニーだ。これに加え、後日もう1人選手をカブスに送るか、金銭を送るかで調整をすることになっている。

 このトレードがメジャー球界に大きな衝撃を与えた理由は2つある。

 1つ目は、サマージャとハメルが同じトレードで1つの球団へ移籍したことだ。

 チーム再建中のカブスは、開幕前から優勝争いができるようになるのは2016年以降、という趣旨の発言を繰り返していた。今季は昨季よりも勝ち星を伸ばしているが、それでもナ・リーグ中地区では最下位。今季終了後に3度目の年俸調停権を得るサマージャ、フリーエージェント(FA)になるハメルの2人は、好成績を残しているだけに、早い段階からシーズン途中のトレード放出が予想されていた。

 だが、どちらか1人を獲得するだけでも、カブスは必ずトップレベルの若手有望株を1人ないしは2人要求する。だからこそ、1球団が2人を同時獲得するという発想を持った人物は、ほぼ皆無だった。この点に関して、カブスのセオ・エプスタイン球団社長は、こう説明している。

アスレチックスが若手有望株3人を同時放出した衝撃

「約1カ月前、ビリー(・ビーン、アスレチックスGM)から今年は積極的にトレードに動くと連絡があったんだ。特に、先発強化に力を入れるつもりだから、サマージャとハメルをトレードしたかったら声を掛けてくれ、と言われた。まずは、サマージャとラッセルを軸としたトレードを画策したが、うまく折り合いがつかない。そこで、本当に昨日になって、少し視野を広げたトレードを考えてみようって話になったんだ」

 こういった流れから、サマージャとハメルが同球団に移籍することになったのだが、その代償としてアスレチックスがラッセル、マッキニー、ストレイリーの3人を同時放出したことも大衝撃の理由の1つだ。

 2012年ドラフト1巡指名のラッセルは、本職は遊撃ながら二塁、三塁もこなす20歳。秀逸な守備と確実な打撃が売りで、MLB.comの今季若手有望株ランキングでは11位に入っている。加えて、昨季ドラフト1巡指名のマッキニーだ。19歳の外野手は現在1Aで修行中だが、数年後にはクリスプやモスの後釜として大輪を咲かせることが期待されていた。

 低予算で知られるアスレチックスは、若手中心のチーム構成を持ち味とし、若手選手が即戦力に成長した頃合いを見計らってトレードに出し、他球団から有望株を手に入れるのが常だった。だが、今回のトレードはその逆で、実績を残した即戦力を手に入れるために有望株を手放している。映画「マネーボール」でも有名なアスレチックスのビーンGMの声に耳を傾けてみよう。

「我々が若手選手を多く抱えている理由は、勝つためだ。そして、今現在、現実問題として優勝を狙えるチームがある。ただ若手選手を集めるだけが、我々のできることじゃない。どんなチャンスも逃さずに、しっかり捕まえなくてはならない。主力を放出して有望株を手に入れることもある。有望株と引き換えに主力を獲得することもある。今、我々は後者のサイクルにあるってことなんだ」

映画「マネーボール」でも有名なビーンGMは超本気モード

 ここで疑問が1つ沸いてくる。

 7月4日現在、アスレチックスの先発陣はア・リーグ15球団でトップの防御率(3・30)を誇っている。確かに、開幕早々にジャロッド・パーカーとAJグリフィンを肘の故障で失い、最近ではドリュー・ポメランツが右手骨折で故障者リスト(DL)入りした。それでも、ソニー・グレイ、スコット・カズミア、ジェシー・チャベスらが健闘し、メジャー屈指の先発ローテを誇るのに、なぜ即戦力がさらに2人も必要なのか。

 今季は世界一が手に届く範囲にある、とビーンGMが感じているからだ。

「先発3本柱のグレイ、カズミア、チャベスは本当にやってくれているが、この3人に頼り過ぎている感がある。グレイはメジャーで1シーズン丸々投げるのは今季が初めて、カズミアはベテランだが長らくメジャーの舞台から遠ざかっていた。チャベスは救援から先発に転向したばかり。この先の戦いを見越した時に、3人の負担を減らす意味でも、即戦力となる先発が必要だった」

 昨年、一昨年とア・リーグ西地区を連覇したアスレチックスだが、過去2年はプレーオフ出場が確実に見えても、ここまで大きな戦力補強には乗り出さず、むしろ手持ちの戦力でどこまで戦えるか試してみよう、というスタンスだった。それが、今季はすでにギア全開で思い切ったトレードを敢行。さらには「まだトレード期限(7月31日)まで3週間ある。まだまだ補強の手は緩めない」と強気発言まで飛び出すほどだ。

 まさかの時の危機管理のため、念には念を入れた補強を得意とするビリー・ビーンが本気モードに切り替わった今、アスレチックスがどんな動きを見せるのか、非常に興味がそそられる。

佐藤直子●文 text by Naoko Sato

群馬県出身。横浜国立大学教育学部卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーとなり渡米。以来、メジャーリーグを中心に取材活動を続ける。2006年から日刊スポーツ通信員。その他、趣味がこうじてプロレス関連の翻訳にも携わる。翻訳書に「リック・フレアー自伝 トゥー・ビー・ザ・マン」、「ストーンコールド・トゥルース」(ともにエンターブレイン)などがある。