第38回:鶴竜

初日から白熱した戦いが繰り広げられている
大相撲夏場所(5月場所)。この場所から
鶴竜が横綱となり、「3横綱時代」に突入した。
そんな新たな時代を迎えての意気込みと、
新横綱・鶴竜について、白鵬が語る――。

 5月11日から始まった大相撲夏場所(5月場所)。両国国技館には初日から多くのお客さまが詰めかけてくれています。

 それほど、今場所も見どころがいっぱいです。まずは何と言っても、新横綱・鶴竜の誕生で3横綱時代に突入したこと。そして、先場所12勝3敗と好成績を残し、大関昇進を狙う関脇・豪栄道の奮闘ぶりが注目されます。さらに、初のちょん髷(まげ)姿で登場している遠藤(前頭4枚目)の動向や、幕内下位で奮闘するエジプト出身の大砂嵐の活躍などにも熱い視線が注がれています。

 さて、先の春場所(3月場所)のあと、横綱に推挙された鶴竜は、4月に行なわれた春巡業から横綱土俵入りを披露しています。私と日馬富士の「不知火型(※)」とは違って、鶴竜は「雲竜型」。昇進から日が浅いにもかかわらず、丁寧かつ力強い土俵入りを見せています。

※不知火型と雲竜型との大きな違いは、せり上がるときの両手の動き。両手を広げるのが不知火型で、左手を胸の近くに当てて右手を上げる雲竜型。

 かつて、1横綱、6大関(日馬富士、稀勢の里、把瑠都、鶴竜、琴欧洲、琴奨菊)時代がありました。当時、ひとり横綱を務めていた私は「大関6人の中から、早く誰かが横綱に上がってこないものか」と、横綱として一緒に戦う存在を待望していました。

 その際、「次期横綱」にもっとも近いと思っていたのは、把瑠都(昨年の9月場所直前に引退)でした。続いて、稀勢の里。横綱・双葉山関の69連勝という大記録に挑んでいた私の連勝記録をストップさせた彼とは、「因縁」と称された攻防がいろいろとありましたし、「日本人横綱を!」というファンの期待も大きかったので、それが実現することを心底願っていました。

 しかし実際には、最初に抜け出したのは、日馬富士でした。そして、鶴竜が続くわけですが、それはかなり意外なことでした。

 というのも、鶴竜はそれなりの成績は残していたけれども、それほど目立つ存在ではなかったからです。鶴竜とは幾度となく相撲を取ってきましたが、「鶴竜はどうして強いのか?」と問われても、正直、その答えを搾(しぼ)り出すことには苦労していました。

 そんな鶴竜が一変したのは、昨年からです。トレーニング方法を見直したことで、体が大きくなって、一気に力をつけてきました。それが、今年の初場所(1月場所)、春場所で挙げた14勝という勝ち星につながったのだと思います。

 特に最近は体のバランスが整っていて、相撲がとても安定しています。また、緊張感が顔に出ないのもいいですね。心のトレーニングがしっかりできているのでしょう。その辺は本当に素晴らしいと思います。

 そういえば、「雲竜型」の土俵入りを鶴竜に指導したのは、貴乃花親方(第65代横綱・貴乃花)とうかがいました。もしかすると鶴竜は、相撲でも現役時代の貴乃花親方のスタイルを目指しているのかもしれません。どんなときでも表情が変わらず、相撲に対して真摯なところなど、私にはふたりの共通する部分が見えるような気がします。

 ともあれ、ひとり横綱から今や3人の横綱となりました。だからといって、横綱としての責任は、何ら変わりません。ひとりだろうと、3人だろうと気持ちが緩むことはありません。当然、3横綱を中心に毎場所、優勝争いをしていかなければいけないと思っています。優勝をひとりで独占し続けることは難しくなるでしょうが、これからもひと場所、ひと場所、全力で戦っていきたいと思います。

 特に今場所にかける思いには、強いものがあります。それは私が幕内力士になって、ちょうど10年目となるからです。そんな節目の場所ですから、なんとかいい結果を残したいと思っています。

 振り返れば、新入幕を果たした2004年夏場所は、まだ私も19歳でした。同場所では12勝を挙げて、敢闘賞をいただきました。千秋楽には、横綱・朝青龍関と優勝争いをしていた前頭1枚目の北勝力関(現・谷川親方)と対戦したことを、今でもよく覚えています。

 その翌月には、北京・上海巡業に参加。新入幕ながら、上海巡業の2日目には、優勝力士になったんですよ。あの頃は、大横綱の朝青龍関と私とでは、天と地ほどの力の差があったと思いますが、横綱との対戦では浴びせ倒しで勝利しました。流れの中でたまたま勝てたのですが、あのときは本当に信じられませんでした。10代でまだ若かったですし、どんな相手だろうと関係なく、全力で向かっていった結果でしょうね。

 何にしても、「横綱に勝つ」ということは、力士にとっては自信になるもの。この夏場所の4日目には、遠藤が新横綱の鶴竜を破って金星を挙げました。遠藤は若手らしく、自分の持っているモノを存分に出し切った感がありました。彼にとって、忘れられない一勝になるでしょう。一方、負けた鶴竜は、館内に座布団が舞う光景を見て、横綱の"責任"というものを改めて感じたのではないでしょうか。

 ところで、もうすぐサッカーのブラジルW杯が開幕します。先日、同大会に挑む日本代表メンバーも発表されて、私自身も徐々に「W杯モード」に入ってきています。テレビ観戦がメインですが、私はサッカーも大好きなんです。W杯における日本代表の活躍を、本当に楽しみにしています。

 なかでも注目しているのは、岡崎慎司選手、長友佑都選手、そして香川真司選手の3人です。3人とも、海外のトップクラブに在籍し、そこでの奮闘ぶりには目を見張るものがあります。実力、実績的にも申し分なく、W杯でも大いに活躍してくれるのではないでしょうか。

 岡崎選手は、どん欲にゴールに向かっていく姿がすごいですよね。あの気迫あふれるプレイには、いつも圧倒されています。長友選手も非常にアグレッシブで、最後まで息切れしないスタミナの豊富さに驚かされます。とても礼儀正しくて、おじきをするパフォーマンスも大好きです。香川選手とは、実は個人的につながりがあるんです。その分、"親戚"のような気持ちで見守っています。

 世界の強豪国が集結するW杯。簡単な戦いなどないと思いますが、まずはグループリーグを突破してほしいですね。そして、チームが一丸となって、ぜひとも初のベスト8進出を果たしてほしいと思います。

武田葉月●構成 text by Takeda Hazuki