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■親友と知り合い、どちらが役立つか

みなさんのキャリアに重要で、でもなかなか戦略的に活用できていないもの、それは「人の縁」ではないでしょうか。「人の縁=ネットワーク」がビジネスに重要なことは、ご自身で体感されてきた方も多いでしょう。

昨今、この「人の縁」を科学的に分析する「ネットワーク理論」が、世界中で注目されています。その源流である社会学はもちろん、経済学、医学疫学、コンピュータサイエンスなどでも研究が行われています。たとえばハーバード大学の医学部では、人と人のネットワークが健康に及ぼす影響の研究が進められています。そして経営学でも、人のネットワークがキャリア形成に影響を及ぼすことが科学的に明らかになりつつあります。今回は、そうした「人の縁」研究の知見から、みなさんのキャリアへの示唆を考えてみましょう。

まず大事なのが「強い絆」と「弱い絆」の違いです。私たちは強い絆で結びついた仲間が何より大事と考えがちですが、実はそうとも限りません。それを明らかにしたのがスタンフォード大学のマーク・グラノベッター教授です。彼が1973年に発表した有名な論文では、就職先を見つけた若者がその情報を得たソースは誰かを調べました。そして実に8割以上がそうした情報を、いつも顔を合わせる親友からではなく、ちょっとした知り合いから得ていたことがわかったのです。

なぜこうなるかというと、弱い絆のほうが強い絆のネットワークより、情報の伝達が効率的だからです。強い絆をもつ人たちが集まった場合、ネットワーク全体で見ると重複が多くなってしまい、情報伝達は非効率です。しかも強い絆をつくるには時間がかかります。逆に弱い絆なら、とりあえず名刺交換をして少し親しくなればいいだけですから、強い絆よりもつくるのは簡単です。結果、弱い絆の人々のネットワークは遠くまで伸び、そこからさらに多様な情報を得ることができるのです。これをグラノベッターは「弱い結びつきの強さ」と表現しました。

「これは雇用の流動性が高いアメリカでは大事かもしれないけど、日本では強い絆があればいいのではないか」という人もいらっしゃるかもしれません。確かに一面としてはその通りかもしれませんが、今後は日本でも多くの業種で雇用の流動性は高まるはずです。すなわち、みなさんご自身のキャリアも、今後は不確実性が高まっていく可能性があります。不確実性の高い環境でのキャリア形成に重要なのは、多様な知・情報に触れる「知の探索」を怠らず、他人の知恵も幅広く活用することです。そのためには、弱い絆のネットワークがさらに重要になるはずだと私は考えています。

■「縁の隙間」活用で年収が上がる!?

次は人のつながりの「構造について考えてみましょう。なかでも紹介したいのが、シカゴ大学のロナルド・バート教授が提唱し、現在のネットワーク理論の中心的な考えとなっている「ストラクチュアル・ホール(構造的な隙間)」です。

たとえば、AさんはBさん、Cさん両方と知り合いで、BさんとCさんは知り合いではない、という状況だとします。Bさんは車を売りたくて、Cさんは車を買いたがっているとしましょう。この場合、BさんとCさんは互いを知りませんから、結果Aさんだけがその間に入って売買を成立させることができます。このようにストラクチュアル・ホールに恵まれている人は、その「隙間」を活用してブローカーのように両者をつなぎ、情報をコントロールし、そこからメリットを得られるのです。

バートは、2000年に発表した論文の中で、アメリカとフランスの大手企業のマネジャーの人脈を精査してストラクチュアル・ホールを計算し、給料との関係について統計分析を行いました。その結果、米仏どちらでも、ストラクチュアル・ホールを多くもつマネジャーは年収が高いことが判明したのです。それ以降も多くの経営学者がこのテーマで統計分析を行い、同様の結果が出ています。

■「戦略的いい人」になろう!

ではビジネスパーソンは、どうすれば「弱い絆」や「ストラクチュアル・ホール」を増やせるのでしょうか。まず単純ですが、異業種交流会などで多様な分野の人々と「とりあえずの知り合い」になることが第一歩といえます。このような場でいきなり強い絆をつくることはできませんが、弱い絆を多くつくることには向いています。さらに、多様なバックグラウンドの人々がいれば、それを通じて業界と業界、会社と会社、人と人などの間に「隙間」を見つけられるかもしれません。みなさんの中には異業種交流会を敬遠してきた方もいるかもしれませんが、特に今後キャリアの見通しがはっきりしない(不確実性が高い)方には、やはり有用な活動だと思います。

しかし、このような活動は必要条件ではあっても、それで十分ではありません。大事なことは、たんなる名刺交換だけでなく、「いざ何かあったときに、気軽に相手のところに電話したり、メールで質問できるぐらいの関係」をその場でつくることです。つきなみですが、やはり人と人の絆には信頼関係が築かれていることが重要で、そうでなければ有用な情報交換はできないからです。これは経営学でも、多くの統計分析で明らかになっていることです。

信頼といっても「強い絆」をつくれ、ということではありません。それは時間もかかりますし、非効率的です。大事なのは、弱い絆であっても、すぐにそれを活用できる程度の「そこその信頼感」を相手に与える術を身につけることです。たとえば異業種交流会では、第一印象で相手にいい印象を与えて、「この人なら何か電話やメールが来たときに、助けてあげてもいいな」と短時間で思わせることです。内向的な性格の方には難しいことかもしれませんが、とりあえず笑顔を絶やさず、発言はなるべくポジティブにして「いい人」を演じるのです。私はこれをうまくやれている人を「戦略的いい人」と呼んでいます。

この世で最も不確実な職業の1つは「起業家」ですが、私の知る範囲で、成功している起業家の大部分が(少なくとも表面上は)人間的にとても魅力的な方々です。いうなれば「人たらし」です。人たらしの効用はリーダーシップ論で語られがちですが、これはネットワーク論の視点からも重要です。

たとえば今、日本で最も注目されている起業家の代表はDeNA創業者である南場智子さんでしょう。私は直接の面識はありませんが、南場さんの魅力的なお人柄はいろいろなメディアで賞賛されています。もちろん南場さんが戦略的にいい人を演じているというわけではありませんが、ご自身の魅力が知らず知らずのうちに縁をつくり、「弱い絆」や「ストラクチュアル・ホール」を増やしてきた可能性は大いにあると思います。

世の中には、本来の能力が高くても、「人の縁」に恵まれず成功できない方がいます。ここで大事なのは、「縁」は与えられるものではなく、自分でつくり出すものだという発想転換でしょう。その第一歩として「弱い絆」と「ストラクチュアル・ホール」、そして「戦略的いい人」を意識されることは有用だと思います。

(早稲田大学ビジネススクール准教授 入山章栄 構成=荻野進介 写真=Getty Images)