リビング・イン・ピース 代表理事 慎 泰俊

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金融業界で実績をあげながら、NPO活動を通して社会に貢献する──。一見、水と油のように見える行動を同居させているのが、NPO「Living in Peace」代表理事の慎泰俊氏だ。投資ファンドでの仕事をする一方で、なぜ児童養護施設の支援や、カンボジアやベトナムで貧困層を対象とするマイクロファイナンス機関の支援を手がけるのか。田原氏が、いま注目の社会起業家の本音に迫る!

(>>【1】はこちらから)

■児童養護施設を新しくつくり替える

【田原】慎さんのNPOはつくばの児童養護施設の支援をしています。これはどういうきっかけですか?

【慎】たまたま児童養護施設へ行って子どもたちと接したときに、将来、この子たちを待ち受けている現実は明るくないことを知ったことが始まりでした。

【田原】具体的にどういう問題が?

【慎】子どもが施設に来る前にかなりひどい虐待を受けて、心に傷を負っています。何かがうまくいって「これいけるぞ」と思えたような成功経験を持っていれば、その傷を超えていくこともできると思いますが、残念ながらいまの施設は職員さん1人あたり10人くらいの子どもを見ていて、とてもそこまでケアできる状況になっていません。

【田原】1人あたり10人は多いね。

【慎】実際に施設に住み込みをしてわかったのですが、施設の多くは寮のようなところで家庭的な場所ではないのです。そのような施設では、食事の献立も最初から決まっていて、親と一緒にスーパーに行って買い物をしながら考えるという経験ができません。そういった環境は、子どもたちが施設を出ていった後に家庭をつくって新しく生活するときに大きな障害になります。

【田原】普通の家庭で育った子どもとそうでない子どもは、そんなに違うの?

【慎】私たちが子どもを見て、「かわいいな、何かしてあげたいな」と思うことがありますよね。私たちがそう感じるのは、子どもたちが家庭生活を通して、大人から愛情を受けるための能力を身につけてきたからです。ところが親から虐待を受けて育った子どもは、その能力が壊されたり歪な形で成長したりしてしまう場合があります。その結果、何も話しかけてこなかったり、一緒にいてもつまらなさそうにしていたりして、かわいげのない子どもになってしまうことがあります。また、全く正反対に、大人に対してかなりべったりとくっついていようという子どももいる。何にせよ、人との距離感がうまくつかめていないのです。

【田原】そうなると、人とのコミュニケーションでも苦労しそうだ。

【慎】学校でも友達とうまく関係をつくれないからいじめにあったり、先生からも公平に扱われなかったりします。もちろん子どもたちはなぜ自分がそんな目にあうのかわからなくて悩んでいる。これは相当にキツい。

【田原】大きなハンデだ。努力で乗り越えられるレベルでもなさそうですね。

【慎】努力は根底に自分を愛せる心がないとできないと思います。ところが施設の子どもたちは人から大事にされた経験が少なく、自分を愛することも難しい。だから努力が苦手で、5人のうち1人が高校を中退するという現実があります。中退して施設を出ても頼るところがないから、風俗で働く女の子や、麻薬を売ったり暴力団に入ったりしてしまう男の子も後を絶ちません。

【田原】変えるにはどうすればいい?

【慎】いまクレジットカードで月1000円からお金を出してくれる人を募って、そのお金をもとに児童養護施設を新しくつくり替えています。新しくつくり替えると7割の補助金が出て、職員の人数も増やせます。

【田原】これは出資じゃなく募金ですか。

【慎】はい。世の中はよくできていて、きちんと情報が届けば自分で自分たちの悪いところを変えていく力があると思っています。ただ、いまは施設の子どもたちの声なき声が社会に届いていません。だからお金を集めるだけでなく、募金活動を通して社会へのPRにもなればいいと思っています。

【田原】すそ野を広げないと社会は変えられない。どれくらい集めたの?

【慎】いまは400人くらいの人の寄付で、毎月約80万円集まっています。でも、400人でようやく1つの施設をつくり替えられる程度なので、もっと人を増やしたいです。この問題を知れば寄付してくれる人はけっこういると思うのですが……。

【田原】政治的なアプローチはどうですか。病児保育をやっているフローレンスの駒崎弘樹さんは、そのあたりを戦略的にやっています。

【慎】どこかのタイミングで、アドボカシー(政策提言)の活動もしていこうと考えています。これまでの寮のような施設と違って、一軒家に子どもたち5〜6人が職員さんと一緒に住むグループホームという新しいモデルで実績をつくって、行政や政治家のみなさんにも提案ができたらいいなと。ただ、子どもたちには選挙権がないし、そこに子どもを預ける親御さんたちも政治には無関心。児童養護施設は票になりにくいので、そこをどうクリアしていくのかが課題です。

■お金も人も、もっと集めていく

【田原】慎さんはすごく前向きで、自信に満ち溢れているように見えます。元々そういう性格なのですか?

【慎】元々かどうかわかりませんが、過去の成功体験が私に自信を持たせてくれた面はあると思います。

【田原】たとえば?

【慎】私が通っていた高校には、3年生になったら1、2年生からお金を巻き上げるという悪い伝統がありました。この習慣をどうしても変えたくて、3年生で生徒会長になったときに同級生たちと話し合いを続け、なくすことができました。

【田原】なくすといっても、口でいっても聞かないでしょう。

【慎】講堂に同級生の男子生徒150人を集めて「もうやめようよ」と提案したのですが、最初は「ふざけんな」という反応でした。1、2年生の間はずっと我慢して、ようやくお金を取る側になったのだから、ある意味で当然の反応です。サッカーをやっていて体は強かったのでいじめられたりはしなかったですが、ずいぶん陰で笑われていたようです。

【田原】それじゃ変わらないじゃない。

【慎】途中からいい方を変えました。最初は「間違ったことはやめよう」だったのですが、それだと反発があってうまくいきませんでした。そこで半年後から「自分たちでいい学校をつくって、歴史を変えよう」と方針転換したところ、共感してくれる人が増えてきて、いろいろな悪い習慣がなくなりました。

【田原】すごい成功体験ですね。

【慎】卒業式で表彰状をもらったとき、全校生徒が拍手してくれました。これは本当にうれしかったです。でも、感謝されたくてやったわけではないんですよ。自分が心から変えたいと思ったから働きかけただけで。

【田原】そこが面白い。人に感激してもらいたいからやるのではなく、自分の喜びのために社会を変えるということですか。

【慎】はい。大学時代、学校に来てなくて留年しそうな友人に「学校行こうぜ」といったら、逆切れされて頭突きをくらい、歯が折れました。彼は結局中退しましたが、その経験は信念について考えるきっかけをくれました。相手から感謝されるかどうかを気にしていたら、自分が正しいと思ったことができなくなる。誰も評価してくれなくても、自分がやりたいと思ったことや、いいと思ったことをとことんやる。そう心がけています。

【田原】これからのことも聞かせてください。いまと同じように、金融の仕事とNPOを続けていくのですか。

【慎】じつはいま起業の準備をしています。ファンドをつくって、30年以内に世界銀行のようなものに育てることが目標です。

【田原】世界銀行!? というと、発展途上国の政府や公的機関に投資するのですか。

【慎】世界中の途上国が対象ですが、投資先は国ではなくて民間を考えています。ウェブサイトはまだですが、もう会社自体はできていて、社名を「五常(ごじょう)」といいます。江戸時代、二宮金次郎が農村復興のために「五常講」という金融の仕組みをつくったのですが、それにあやかりました。

【田原】ゆくゆくは世界銀行レベルに育てるとなると、いままでの活動と桁が違うお金が必要になりますね。簡単にできるとは思わないけど、何年後に慎さんに会うと形になっているかな。

【慎】1年後には始めたいです。そのころには50億から100億円は集めておきたいです。ひとまず50億円あれば、1つの国のマイクロファイナンスを変えることは可能です。ただ、1つの国だけでは足りないし、マイクロファイナンス機関の経営をしていくためにはお金だけでなく人材が必要になります。お金も人も、これからもっと集めていかないと。

【田原】稲盛和夫さんや孫正義さんに話をしてみたらどうだろう?

【慎】かつて松下幸之助さんは「あなたが買ってくれたら将来の横綱が育つ。何とか応援するつもりで買ってください」と電球を売り歩いたそうです。私も、「将来の世銀ができるので、これを応援してください」といって資産家や財界のみなさんを口説こうかと。

【田原】スケールの大きな話だけど、だからこそ面白い。実現できるように応援しています。

■田原総一朗が見た慎泰俊の素顔

「慎さんは精神力がすごい。通っていた高校には上級生が下級生からお金を巻き上げる伝統があり、彼は上級生になってからそれをやめさせようとした。最初は相手にされなかったが、半年かけて粘り強く説得し続けて、とうとうやめさせた。普通はそこまでやろうと思わないし、やってもできない。このエピソードを聞いて、彼が発する強いエネルギーを感じた。

大学卒業後は金融業界に入ってM&Aのプロになった。しかし、お金を儲けて贅沢をするという方向には走らず、児童養護施設の支援をするなどソーシャルビジネスをやっている。巨万の富を得られる力を持ちながら、それを社会のために使うというのは、いまの若い世代を象徴する働き方の1つだと思う。慎さんは日本の可能性でもある。彼が持ち前のエネルギーを発揮して、この国を大きく変えるところを見てみたい」

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リビング・イン・ピース 代表理事 慎 泰俊
1981年、東京都生まれ。朝鮮大学校政治経済学部卒業。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。2006年よりモルガン・スタンレー・キャピタルに勤務。07年10月よりNPO法人「Living in Peace」の代表理事。『未来が変わる働き方』『働きながら、社会を変える。』『ソーシャルファイナンス革命』など著書多数。
田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経てフリーに。活字と放送の両メディアで評論活動を続けている。『塀の上を走れ』『人を惹きつける新しいリーダーの条件』など著書多数。

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(村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影)