超過疎村が「世界進出プロジェクト」まで仕掛けた

 過疎化や少子化が激しく、人口の50%以上を65歳以上の高齢者が占める地域は「限界集落」と呼ばれ、やがて消滅へと向かう危機にさらされている。日本全国に8000近くある限界集落の一つ、石川県羽咋〈はくい〉市神子原〈みこはら〉地区は型破りな手法でその危機を脱し、世界の注目を浴びていた。

 能登半島の西の付け根に位置する神子原地区は、平成の世になってから過疎化が急速に進み、典型的な限界集落に陥っていた。だがそこに、V字回復の仕掛け人、高野誠鮮氏(57)が現れる。東京で放送作家として活動していた高野氏が、羽咋市役所職員として、故郷に戻ってきたのだった。

 まず高野氏が手がけたのは「空き農地・空き農家情報バンク制度」。空き家や遊休農地を都市住民に貸し与えるのだが、ここで同村は〈来るのならどうぞ。その代わり、入村者を集落の者が選びます〉と、何ともユニークな姿勢で臨んだ。高野氏が語る。

「日本中の過疎対策の失敗例をいっぱい調べました。なぜ長続きしないのか、なぜ半年もしないうちに入村者がすぐに出て行ってしまうのか、と。原因を探って共通項を調べると、みんな頭を下げて来てもらっていた。お金まで用意しているところもありました。そうすると『客』は来る。でも村が欲しいのは、一緒になって汗を流して草刈りをしてくれる住民。お客ではないんですね」

 平成17年度には学生などの若者を対象に、農家に2週間泊まって農業体験をしてもらうための「烏帽子親農家制度」を始めた。これは平安〜室町時代から伝わる伝統文化で「仮の親子関係」を結ぶもの。

「苦肉の策なんです。若者を泊めるのは、簡単に言うと民宿です。このエリアは下水道が通っておらず、水洗トイレもない。そういうところで食品衛生法を通すには、水回りを全て整えなければならず、約500万円の投資が必要になる。年金暮らしの農家に何百万円もかけて農家民宿をやりましょうなんて、口が裂けても言えなかった」(高野氏)

 それが「親子関係」であれば、不特定多数を泊めるわけではないとの理由で、旅館業法も食品衛生法も適用されない。

 まず最初に募集したのは「酒が飲める女子大生2名」。「今日からあんたらはウチの娘や」と言って杯を酌み交わし、その様子をテレビ局に撮影させた。日中の農作業が終わると、夜は宴会が始まる。笑い声が漏れる楽しそうな様子を見て、集落からその家に人が集まってきて、さらなる大宴会に。村は活性化した。この制度は、今や大学のゼミ合宿や社会人による援農活動へと広がった。

 農作物のブランド化プロジェクトも展開した。もともと神子原米のうまさには定評があった。雪解け水の清流が流れる棚田で育つコシヒカリ。商品はすばらしい。問題は売り方だった。高野氏は「ロンギング(憧れ、切望)作戦」を取った。

「人間は、自分以外の人が持っていたり、飲んでいたりするものを欲しがる傾向があります。その人の社会的影響力が強いほど、そのモノのブランド力が強くなるんです」(高野氏)

 神子原を英訳すると「the highland swhere the son of God dwells」。「サン・オブ・ゴッド」は「神の子」。神の子といえばイエス・キリストではないか!

 高野氏はすぐ、ローマ法王ベネディクト16世に手紙を書いた。

〈山の清水だけを使って作った米がありますが、召し上がっていただく可能性は1%もないですか〉

 作戦は功を奏し、ローマ法王庁御用達米に認定された。これが世界のマスコミに報道されるや、神子原米は一気に世界のブランド品としてデビューを飾る。

 神子原地区は平成21年度に限界集落からの脱出に成功。そして今、新たに取り組んでいるのが、農薬も肥料も使わない自然栽培。

「この農法で作った安全な野菜なら、TPPに勝てます」