8月19日に行われた米大統領選の民主党全国大会にて、バイデン大統領と手を取り合うハリス氏(写真提供◎REX/アフロ)

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今秋のアメリカ大統領選挙では、民主党候補だったジョー・バイデン現大統領は撤退を表明し、カマラ・ハリス現副大統領が共和党候補のドナルド・トランプ前大統領と、その座を争うことに。ハリス候補が当選すれば、アメリカ初の女性大統領が誕生します。これまでの女性候補とどう違うのか。ハリス候補を長年ウォッチし、実際に言葉を交わした経験もある在米エッセイストが、その人となりを綴ります

【写真】集会の会場には幼児らの姿も

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「歴史的な瞬間を体験したい」

アメリカでは4年ごとに大統領選挙が行われますが、次は来る11月5日です。ジョー・バイデンがドナルド・トランプに勝利したのは20年の選挙。

1つ前の16年には、ヒラリー・クリントンがトランプより300万票も多く獲得したにもかかわらず、アメリカ独自の「選挙人制度」によって敗北しました。これは、初めての女性大統領の誕生を夢見ていた層にとって特にショックなことでした。

それは主に高齢層の女性たちです。日本より男女平等が進んでいるような印象があるアメリカですが、憲法に婦人参政権を認める改正(憲法修正第19条)が批准されたのは1920年で、ほんの100年前のことでしかありません。

また、最高裁判所の「ロー対ウェイド判決」で人工妊娠中絶の権利が認められたのは、たった50年前の73年のことです。

それまで中絶は重い刑罰を科せられる犯罪であり、結婚している女性が夫からのセックスの要求を拒む権利もなかったのです。そのうえ州によっては結婚している夫婦が自宅で避妊することさえも、最長1年の懲役刑の可能性がある犯罪。つまり、女性は妊娠出産を選択する権利がなかったのです。

母親が参政権を得るために闘った世代の高齢女性たちは、職場でも家庭でも女性が男性と同等の権利を持つことの難しさを知っていました。だから「自分の生きている間に、女性が大統領になるという歴史的な瞬間を体験したい」とヒラリーを応援していたのです。

しかし勝ったのはトランプ。「スターだったら何でもやらせてくれる。女性器をわし掴みにすることもできる」と発言した、政治の素人です。

男性社会で長年苦労してきた女性有権者にとっては、過去の体験が蘇る選挙結果であり、私の周囲ではそのせいでうつになったり体調を崩したりする女性がかなりいました。

終身大統領を示唆する発言も……

けれども民主党候補を選ぶ予備選の取材で私が危機感を抱いたのは、若い女性たちの態度でした。ヒラリーと激戦を繰り広げていたバーニー・サンダースの支持者には若い男性が多く、しかも女性蔑視の言動がかなり見られたのです。彼らと一緒にいる若い女性たちがたしなめもせず、平然としていたのが私にはショックでした。

当時は、熱狂的なサンダース支持の若い男性や政治活動家でもある女優のスーザン・サランドンの影響を受けて「ヒラリー・クリントンが大統領になっても、ドナルド・トランプが大統領になっても同じ」「私はP****(女性器の呼称)で投票しない(自分が女性だからというだけで女性候補に投票しない)」といった発言をする若い女性も増えていました。

「ヒラリーを応援するのはカッコ悪い」という空気が若い女性の間に蔓延し、当時ヒラリーを支持していた女子大生たちは「(仲間外れになるので)ヒラリー支持を公言できない」と言っていたほどでした。

若い女性のこういった態度は、近い未来に自分の権利が奪われるという危機感がなかったからだと私は思うのです。

ヒラリーの世代の女性たちとは異なり、これらの若い女性は学校で男子と同等に扱われてきました。賃金や昇進といった点ではまだまだ男女の間に大きなギャップがあるのですが、女子大生は社会でそれを経験していません。

「ロー対ウェイド判決」がいかに重要なことだったのかを知らない彼女たちにとっては、女性の権利が剥奪されるのはマーガレット・アトウッドの『侍女の物語』といったディストピア小説の世界でしかありえないことだったのです。

ところが、実際にトランプが大統領に就任したら、偶然も重なって4年間で超保守の判事が3人も任命され、最高裁は6対3で大幅に保守に傾きました。そして「ロー対ウェイド判決」が覆され、20世紀の女性たちが勇敢に闘って得た人工妊娠中絶の権利はあっけなく剥奪されてしまったのです。

人工妊娠中絶を違法にするために共和党を取り込んで闘ってきたのは、アメリカのキリスト教保守の団体です。2024年7月26日、トランプは彼らへのスピーチで「(今回の選挙では)あなたたちは投票に行かないといけないよ。でも、4年後はもう投票しなくてもよくなる。私たちがうまく制度を変えるから、投票する必要がなくなるんだ」と語りました。

これは、自分が再選されたら大統領選挙と憲法による「2期8年」の期限を廃止し、終身大統領として君臨することを示唆する発言でした。

この発言の6日前まで、民主党の候補は現職大統領のバイデンでした。81歳のバイデンの老化が6月のトランプとのテレビ討論で明らかになり、ようやくバイデンは大統領選からの撤退を発表したのでした。

バイデンが撤退しても、副大統領のカマラ・ハリスが自動的に民主党を代表する候補になるという規則はありません。本来ならば民主党の予備選で候補を選ぶところなのですが、本戦が目の前に迫っているので時間がない。

でも、バイデンだけでなく、2020年の予備選の時のハリスのライバルたちも「トランプを再選させてはならぬ」という大きな目標で団結し、民主党の規則である過半数の選挙人を短時間で獲得してハリスが民主党の候補に選ばれました。

これは私にとっても嬉しい出来事でした。というのも、私は5年前、予備選を控えた少数限定の集会で夫と一緒にハリスに会っていたからです。

「友達になりたい」と思わせる庶民性

その日、ステージに現れたハリスには堂々たる風格がありました。参加者が後で口々に語ったハリスの印象は、「明日から大統領になれる」という存在感です。

私は予備選の取材で20人の候補に会ったのですが、その中でもハリスの存在感はトップクラス。ヒラリーにもこの風格があったのですが、ハリスにはそれに加えて、「友達になりたい」と思わせる庶民性がありました。

一緒に取材していたマーケティング・ストラテジストである私の夫が「家族と仕事以外で、あなたが情熱を抱いていることは何ですか」と質問すると、ハリスは、即座に笑顔で「それは素晴らしい質問ですね」と答え、「家族と政治以外だと……私は料理が好きなんです」と母から料理を習い、日曜に大家族が集まって食事をする「団欒」を大切にしていることを楽しそうに語りました。

音楽が大好きで、ボブ・マーリーが特に好きだという話になると会場にいたマーリーのファンたちから拍手が起こり、和気あいあいとした雰囲気になりました。

講演が終わって、私がハリスの妹のマヤからキャンペーンについて話を聞いている時、ハリスが私の隣にいる夫のところにやってきて、ステージでの回答の続きを話し始めました。

テーマは「ボブ・マーリーの音楽」です。自分が好きなミュージシャンの話を情熱的に語るハリスは、まるで昔からの友人のような感じです。ステージに現れた時の風格と庶民性の組み合わせは、若い頃のビル・クリントンのカリスマ性に通じるところがあると感じました。

集会には子どもたちも来ていて、その中にはハリスに会うために3時間も待ち、講演をおとなしく聞いていた幼い姉弟や、銃規制を求めて活動する若い父親と小学生のお嬢さんもいました。彼らの多くが「女性に大統領になってもらいたい」と言い、ハリスに希望を抱いていました。

81歳のバイデンと78歳のトランプという「高齢の白人男性対決」にうんざりしていたミレニアル世代(1981〜96年生まれ)やZ世代(96年以降生まれ)の若者たちにとって、マルチレイシャル(複数の人種・民族的背景を持つ人のこと)の女性候補というのはマイナスではなくプラス要素のようです。これは、ヒラリーの時とはまったく異なる反応です。

ハリスの両親はどちらも大学院生として渡米した移民で、ジャマイカ出身の父親は後にスタンフォード大学の経済学教授、インド出身の母親(故人)は乳がん専門の研究者になりました。彼らはハリスが幼い頃に離婚。シングルマザーに育てられたハリスと妹のマヤはどちらも弁護士の資格を取りました。

有名な弁護士事務所に勤務するほうが収入ははるかに高いのですが、社会活動家でもあった母の影響を受けたハリスは検察をキャリアに選びました。40歳で地方検事に。46歳の時に選挙で共和党の対立候補を僅差で破り、女性としても、黒人としても、インド系としても初めてのカリフォルニア州司法長官に就任したのです。

そして、トランプ大統領が誕生した2016年11月の選挙でカリフォルニア州選出の上院議員になりました。


19年の集会でハリス氏(右)と対面した筆者(左)。2人の後ろにいるのは筆者の夫ディビッド・ミーアマン・スコット氏(写真提供◎渡辺さん)

「歓喜」をメッセージに

新米上院議員であるハリスにアメリカ国民が注目するようになったのは、大統領選挙での「ロシア疑惑」に関する17年の上院司法委員会でのことでした。

トランプを早くから支持した報奨として司法長官に任命されたジェフ・セッションズに対し、鋭く切り込むハリスの勇姿は多くの視聴者を魅了しました。

翌年にはトランプから連邦最高判事に指名されたブレット・カバノーが過去に性暴力をふるった疑惑が浮上し、被害女性の一人が公聴会で勇敢に証言しました。感情的に自己弁護するカバノーを冷静に追及するハリスは、同様の体験を持つ女性たちにとってはヒーロー的存在に、トランプにとっては「目の上のたんこぶ」的存在になったわけです。

ハリスは友人の紹介で出会ったダグ・エムホフと10年前に結婚するまで、独身でキャリア一筋でした。実子はいませんが、エムホフと前妻との間の2人の子から「ママラ(ママとカマラを合わせたニックネーム)」と呼ばれる親しい関係を築いています。

一方、トランプが副大統領候補に選んだJ・D・ヴァンスは、「結婚して子を産み、夫のために尽くす」という伝統的な妻の役割に女性を戻すべきだとアピールしています。ヴァンスの妻はインド系アメリカ人で、非常に有能な民事訴訟専門の弁護士なのですが、政治的野望のために主張を変えたところがあります。

3年前に、ヴァンスがテレビ番組で「自分の人生で子どもがいない不幸なキャット・レディ(多くの猫と暮らす孤独な独身女性)たちがこの国を率いている」「(自分たちが惨めだから)他の人々も惨めにしたがっている」と、ハリスを始めとした民主党を批判する発言をしたことが最近になって浮上しました。

でも、ヴァンスに賛同する人はほぼ皆無で、「養子であっても自分で産んだのと同じ我が子だ」「私も独身のキャット・レディだけどハッピーですよ」といった反論がソーシャルメディアを駆け巡り、ハリスはかえって女性の支持者を増やしたようです。

ハリスには、ヒラリーにはない「黒人」というスティグマ(差別や偏見の対象とされてきた属性)がありますが、今回の選挙ではそれがあまりマイナスにはならないという見解があります。ハリスは黒人の名門大学であるハワード大学で学び、「黒人」という自分のアイデンティティを堂々と示したうえで、自力でこの地位にたどり着いた人物です。

けれどもキャンペーンでは、人種差別やそれに対する憤りではなく、共に未来を良くしていくことの「歓喜」をメッセージにしていることが感じられます。

16年にトランプが扇動した「体制への憤り」は、これまで政治に興味がなかった国民にアピールしたのですが、怒りがすっかり蔓延した現在のアメリカでは、前向きで希望が抱ける「歓喜」に惹かれる人が増えています。

だからこそ、ハリスの集会はトランプを脅かすほどの支持者を集め、ロックコンサートのような盛り上がりになっているのでしょう。

仮想敵を作って闘う興奮を呼びかけるトランプと、一緒に未来を築き上げていく歓喜を呼びかけているハリスの戦いは、ある意味、有権者に自身の生き方を問いかけるような選択になっています。