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【松尾潔のメロウな木曜日】#106

旧ジャニーズの度し難い不誠実…「法を超えた補償」は大ウソ、記者会見すら開かず

 NHKが旧ジャニーズ事務所(現スマイルアップ)のマネジメント業務などを引き継ぐ「STARTO ENTERTAINMENT」所属タレントの番組起用を再開する意向を、稲葉会長が定例会見で明らかにした。故ジャニー喜多川氏による性加害問題を受け、NHKとテレビ東京は昨年9月に新規起用を停止した。だが先月スマイル社が被害者501名が補償内容に同意して492名に補償金を支払ったと発表したのを受け、今月3日にテレ東が再開を表明。残るNHKの動向が注目を集めていた。

■紅白歌合戦をふまえたビジネス的思惑

 先月でも来月でもなく今月の定例会見で発表した意味を紐解くのは、ちっとも難しくない。毎年11月半ばに実施される「NHK紅白歌合戦」出場歌手発表をふまえてキャスティングの期限を考えるならば、〈起用停止からはや1年経ち、無事に禊も済みました!〉というメッセージを伝えるのは、今回(10月16日)の会見ワンチャンスしかない。むしろ、起用を確実に再開させたいビジネス的思惑ありきで、タイムスケジュールを逆算したと考えるほうが現実的だろう。半分マジで言うけど、よく考えれば何の根拠もない「1年」という区切りをやたら有り難がる日本人の習性を知りつくしてサスガだね、NHKは!

 今年5月から8月にかけて、旧ジャニーズ創業家の藤島ジュリー景子氏は、スマイル社と音楽の原盤の権利等を共同保有する「ブライト・ノート・ミュージック」など4つの関連会社の会長職を退いた。現在、彼女が役職を務める関連会社はなく、配当も受け取っていないと発表しており、この点をNHKも起用再開の理由のひとつにしている。がしかし。スマイル社はジュリー氏退任を強くアピールしつつも、一方でその4社やファンクラブ事業を担う新会社「FAMILY CLUB」などの関連企業の株主構成などの詳細の公表を拒んでいる。これでは新旧会社の経営分離が済んでいるのか外からは判断できず、透明性を著しく欠いた経営姿勢と言わざるを得ない。

1年経ってスマイル社、ジュリー氏、福田淳社長率いるスタート社の会見はあわせてゼロ

 非上場のオーナー企業が株主構成を公開する義務はない。そんなこと、大人なら誰だって知っている。だが創業者の性加害問題がこの国におよぼした影響の大きさを考えれば、法的な義務がなくても社会的な説明義務はあるとぼくは考える。ジュリー氏が株を手放した証拠がない以上、所有しつづけている可能性は排除できない。現在も所有しているとすれば、配当は受け取らずとも利益を内部留保しておきさえすれば、結局それは株主であるジュリー氏のもの。こんなザルな仕組みがまかり通っていい道理はない。

 昨年9月7日と10月2日の2回にわたり、旧ジャニーズ事務所は記者会見を開いた。初回でジュリー氏は「ジャニーズ事務所といたしましても、わたくし藤島ジュリー景子個人といたしましても、ジャニー喜多川に性加害はあったと認識しております」と断言した。東山紀之新社長からは「鬼畜の所業」「今後の人生をかけ、そして命をかけ、この問題に取り組んでいきます」という一世一代の大見得、じゃなかった、声明が飛びだした。

 第2回にはジュリー氏は体調不良で欠席。東山氏が、長年事務所を支える立場にあったにも拘らず性加害問題について公の場で見解を示すことなく9月に退任した白波瀬傑前副社長について「説明責任がある」と言い、次なる3回目の会見開催を半ば公言した。2回とも進行にはいろんな不備が見受けられたとはいえ、たとえジグザグ道であろうと事態が少しでも前進するならばと願った人は、ぼくを含め多かったはずだ。

 それから1年。スマイル社、ジュリー氏、福田淳社長率いるスタート社の会見はあわせてゼロ。ただの一度も開かれなかった。何ということだろう。白波瀬氏については、説明どころかその姿さえまだ公になっていない。さらに、新旧会社の分離についての情報は、スマイル社公式サイトの発表が事実上すべて。スマイル社と同社をサポートするメディアの「風化待ち」はあからさますぎやしないか。

 そしてわれわれは疑惑の風化に麻痺しすぎ、無自覚すぎではないか。性加害問題へ真っ当な怒りを表明する者が現れても、すぐに「カッカすんな」「ほっとけ」と叩く人たちがいるが、あれは何なのか。スマイル社の詭弁を指摘しようものなら「細かい」「しつこい」「冷静になれ」「寛容になれ」と、あたかも自分は達観者であるかのような〈謎の上から目線〉を披露する人びと、あれも何なんだ。去勢された家畜のボスか。

「補償=救済ではなく、“補償”と“救済”」

 今月9日、ジャニー喜多川氏からの性被害を訴えてきた志賀泰伸さん、長渡康二さん、中村一也さんが日本記者クラブで会見を開いた。旧ジャニーズ事務所が性加害を認めて1年後の思いを語るとともに、スマイル社に対して被害の全容解明と誹謗中傷対策の徹底を求める会見。ぼくは同クラブのYouTube公式チャンネルで観たが、登壇したお三方のひどく憔悴して悲痛な様子に胸苦しさを覚え、最後まで見届けるには一時停止を何度かくり返さなければならなかった。

 1年前に比べればたしかに補償は進んでいるのかもしれない。だが補償は補償、それだけで被害者が救済されたことにはならないと痛感した。この日は登壇しなかったが、これまで勇気ある告発を重ねてきた飯田恭平さんがご自身の公式Xに記した「補償=救済ではなく、“補償”と“救済”です」という意味が初めてリアルに理解できた気がする。

 中村さんは「タレントさんにこの問題について発言を強要するつもりはありませんが」と慎重に前置きしてから、昨年9月の旧ジャニーズ事務所初回記者会見の数時間後に、木村拓哉が敬礼らしきポーズをとる写真とともに「show must go on!」とインスタグラムに投稿(すぐに削除)したことへの違和感を率直に語った。木村が投稿したメッセージはジャニー喜多川氏が所属タレントを指導する際に多用したフレーズであるのはよく知られている。

 中村さんらの記者会見を受けて、翌日にスマイル社が公式サイトで発表した見解が悪質だった。「故ジャニー喜多川による性加害問題について、タレントには何の罪もないと考えております」。木で鼻を括る、とはこのこと。会見を観ずにこの見解だけを読めば、あたかも登壇者が現役タレントに「罪がある」と責め立てたかのような誤解を抱くのではないか。

 会見をすべて見届けたぼくが断言するが、先述した通り中村さんは慎重に言葉を選んで違和感を表明したにすぎない。むしろ罪深いのは誤読の余地のある表現を見解に織り込むスマイル社のほうである。ミスリードを狙ったと思われても仕方がない。

「罪」まではないにせよ、何らかの「責任」は生まれるという識者の意見が存在することに、スマイル社もスタート社も自覚的であるべきだ。連帯責任論に詳しい大峰光博・名桜大学教授が昨年6月に鳴らした警鐘を最後に紹介したい(初出はプレジデントオンライン)。

「喜多川氏による性加害の実態を知っていながら喜多川氏の人格を称賛し、その人物像を美化していたとすれば、たとえ被害者であったとしても、連帯責任がないとは言えまい」

(松尾潔/音楽プロデューサー)