「ダイエット」に「トカゲの毒」が使われるなんて…ノーベル賞の呼び声もある夢の「痩せ薬」セマグルチド、その「衝撃の全貌」と「本当の効果」

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「お腹の調子が悪くて気分が落ち込む」という経験がある人は多いのではないだろうか。これは「脳腸相関」と呼ばれるメカニズムによるものだ。腸と脳は情報のやりとりをしてお互いの機能を調整するしくみがあり、いま世界中の研究者が注目する研究対象となっている。

腸内環境が乱れると不眠、うつ、発達障害、認知症、糖尿病、肥満、高血圧、免疫疾患や感染症の重症化……と、全身のあらゆる不調に関わることがわかってきているという。いったいなぜか? 脳腸相関の最新研究を解説した『「腸と脳」の科学』から、その一部を紹介していこう。

*本記事は、『「腸と脳」の科学』(講談社ブルーバックス)を抜粋、編集したものです。

肥満症治療の救世主はトカゲの毒から生まれた

2023年、「セマグルチド」という肥満症の治療薬が誕生しました。これは、以前から日本でも糖尿病治療薬として使用されていたもので、「GLP−1受容体作動薬」の一種です。「痩せ薬」と紹介されて話題になり、世界的に品薄にもなりました。これは、どのような薬なのでしょうか?

GLP−1は、腸内分泌細胞のL細胞が分泌するグルカゴン様ペプチド−1のことで、求心性迷走神経を刺激して食欲を抑える作用を持つペプチドホルモンです。血中のグルコース濃度(血糖値)が上昇したときに膵臓のβ細胞のインスリン分泌を促すだけでなく、インスリンを分泌し続けて疲れたβ細胞を元気づける作用もあります。ただし、血中の酵素によって2〜5分ほどで素早く分解されてしまい、作用は長続きしません。

ところが、血中で分解されにくく、長期間作用するGLP−1に似たペプチドが偶然発見されました。そのペプチドは、アメリカ南西部アリゾナ州などの乾燥地帯に生きているアメリカドクトカゲのあごの毒腺から分泌される毒液に含まれていたのです。この毒液に含まれている物質はGLP−1によく似た構造で、血中の酵素で分解されにくいため、血糖の上昇を抑える作用が非常に高いことがわかりました。このペプチドは、「エキセナチド」と名付けられ、日本では2010年から、新しい糖尿病薬として使われるようになりました。

夢の痩せ薬セマグルチドの誕生

そして、より分解されにくくより長時間作用し、ヒトのGLP−1にかなり類似した薬が開発され、「セマグルチド」として誕生したのです。

なお、セマグルチドの投薬期間が長くなればなるほど、体重は減りますがその効果には、限度があります。5ヵ国の施設において、計304人を対象にした研究が行われたのですが、投薬開始から約60週間後に体重減少が頭打ちになることがわかりました(※参考文献7-16)。つまり、セマグルチドを投与し続ければ、当たり前ではありますが、ずっと痩せ続けるというわけではありません。これには、薬への耐性ができる、急激に体重が減るため代謝が落ちるなど、さまざまな可能性が考えられます。

また、体重の減少が頭打ちになったあとにセマグルチドの服用を止めると、1年後には体重が若干戻ります(※参考文献7-17)。つまり、GLP−1受容体作動薬は、肥満症治療のための特効薬ではなく、体重の減少と食欲の減退を後押ししてくれるけれども、その状態を維持するためには、やはり治療を受けている本人が生活習慣に気を配ることが大切です。

※参考文献

7-16 Garvey WT et al., Nature Medicine 28, 2083-2091, 2022.

7-17 Wilding JPH et al., Diabetes, Obesity and Metabolism 24, 1553-1564, 2022.

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