人気ゲーム実況者がこぞってプレイした伝説のホラゲーが小説に!何気ない日常が少しずつ狂っていく――人気タイトル5編を収録『夜勤事件』

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 ホラーというジャンルに絞り、20作以上の恐怖を描き続けるChilla's Art(チラズアート)というゲームクリエイターをご存じだろうか。

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『閉店事件』や『夜勤事件』、『パラソーシャル』といった作品タイトルに見覚えがある方も多いかもしれない。これらは、YouTuberやVTuberなど、多数のゲーム実況者が取り上げたことから人気が加速したゲームといっても過言ではないからだ。人気ゲーム実況者である「オダケン」「柏木べるくら」「ガッチマン」「フルコン」「ポッキー」(敬称略)らが応援コメントを寄稿していることからも、界隈での人気ぶりがうかがえる。

 本作『夜勤事件 〜Chilla's Art ノベライズ集〜』(KADOKAWA)は、話題のChilla's Art作品を、作家の東亮太氏が小説化したものである。いわゆる「ゲームの小説化」だが、そう聞いただけで忌避するのはちょっと待ってほしい。ホラゲー(ホラーゲーム)の小説化には、実際にゲームをプレイするのとは違った面白さが存在していて、本作ではそれが見事に発揮されているからだ。

「実際にゲームをプレイするのとは違った面白さ」とは何か。それは、主人公の心理描写が鮮明なことだ。

 ホラゲーでは一般的に、情報が少なければ少ないほど恐怖を感じやすい。また、基本はプレイヤーが主人公を操作するので、主人公が感じているはずの恐怖を、プレイヤーがそのまま感じることとなる。この場合、細かな説明や心理描写は必要ない。

 一方小説となると、主人公の置かれた状況や心理を細かく描かない限り、読者に恐怖は伝わってこない。つまり「主人公がその場面で何を考えていたのか」といった、ホラゲーでは説明されない心理が鮮明に描かれることとなる。

 Chilla's Artのゲームはどれも、主人公の心理描写が最低限に抑えられている。つまり小説化したことによって、ゲームプレイだけではわからなかった世界の細部が事細かく描写されたのだ。純粋なホラー作品としての面白さに加え、ゲームの裏側を覗けたかのような充足感も得られるようになっている。

 ここまでだと「ゲームを知らない人は楽しめないのではないか?」と思った方もいると思うが、もちろんそんなことはない。冒頭でも説明した通り、本作は20作以上のホラゲーを作り続けたクリエイターの作品を小説化したものだ。幽霊やポルターガイストなどの非現実なものから人間の怖さを描くもの(ヒトコワ)までホラーの種類もさまざまだが、本作では収録された5つの物語からそのすべてが楽しめる。

 とくに秀逸だと思ったのが、日常が非日常に侵食されていく表現の多様さだ。物語で扱われているテーマは、コンビニの夜勤バイトや夜間警備員など身近なものが多く、物語にすんなりと入りやすい。だが、「ちょっと変だな」と思う出来事が重なって、気づけば違和感に塗れていく。さまざまな人物が登場するが、誰を信じてよいのか、誰を信じてはいけないのかがわからない。誰にも助けを求められないうちに、どんどん日常と非日常のバランスが入れ替わっていく…といった絶妙な違和感の蓄積が、どの物語でも非常に心地よい。背筋が徐々に凍っていくホラーの醍醐味をしっかり味わえるだろう。

 本作に収録されているのは『閉店事件』『夜間警備』『誘拐事件』『パラソーシャル』『夜勤事件』の5作品。Chilla's Artは現在も精力的に活動を続けていて、2024年8月9日には『The Bathhouse | 地獄銭湯 Restored Edition』というリメイク作品もリリースしている。小説を読み、よりこの世界に浸りたくなった方はゲームの世界に足を踏み入れるのもおすすめだ。

 なお、これはChilla's Artファン向けの話になるが、『閉店事件』の「まめたろう」は小説にもしっかり登場する。ある意味、これが一番のホラーかもしれない。

文=河村六四