伊藤蘭さん(撮影・田浦ボン)

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記録と記憶で読み解く 未来へつなぐ平成・昭和ポップス 伊藤蘭(全3回の第1回)

 この連載では、昭和から平成初期にかけて、たくさんの名曲を生み出したアーティストにインタビューを敢行。令和の今、Spotifyなどの音楽ストリーミングサービス(サブスク)で注目されている人気曲をランキング化し、各曲にまつわるエピソードを深掘りすることで、より幅広いリスナーにアーティストの魅力を伝えていく。

 今回は、“伝説の3人組アイドル”と謳われる昭和の大人気グループ、キャンディーズのメンバーだった「ランちゃん」こと伊藤蘭。前半はキャンディーズ時代のヒット曲について、後半は、ソロ歌手としてデビューした2019年以降の楽曲について話を伺った。

伊藤蘭さん(撮影・田浦ボン)

【画像】誰もが知る名曲から意外な曲まで…「キャンディーズSpotify再生回数ランキング ほか

 キャンディーズのSpotifyでの月間リスナーは、常時10万人前後(’24年現在)。これは70年代アイドルとしては上位5組に入るレベルで、’78年の解散から46年たった今もなお、聴き継がれていることが分かる。ちなみに、伊藤蘭に普段のサブスク利用について尋ねると、

「夜寝る前に、AirPods(Apple社のワイヤレスイヤホン)でSpotifyを聴くことが多いですね。でも、聴きこんじゃって、かえって目が冴えてしまうことも(笑)。音楽を聴くと楽しくなっちゃうんですよね。ジャンルは洋楽が多いでしょうか。あとは、自分の曲ができあがってきた時も、そればっかり聴いています(笑)」

 とのこと。それでは、ここからはSpotifyにおけるキャンディーズの人気曲を、ランキングに沿って見ていこう。

「春一番」はライブの評判で格上げ! 堂々の1位に伊藤蘭も「納得です」

 Spotifyの再生回数ランキング第1位は、’76年に発売された通算9作目のシングル「春一番」。当時のレコード売り上げ枚数では、「微笑がえし」「わな」「やさしい悪魔」に次いで4番手となっているが、サブスクではダントツの1位。本作は、軽快なリズムに乗って ♪もうすぐ春ですね 恋をしてみませんか〜♪ と誘うアッパーチューンで、春先になると毎年のようにラジオやテレビで流れる“定番の1曲”となっている。

「『春一番』は、もともとアルバム(前年に発表したアルバム『年下の男の子』)に収録していたのですが、ステージで歌ったところ、お客様の反応がとても良くて。周囲から“シングルカットしたらどうか”という意見があり、私たちからもお願いして実現したという経緯があります」

 「春一番」の評判は、昭和のキャンディーズのライブでも、令和における伊藤蘭のステージでも上々のようだ。

「今でも私のステージでは、オープニングとか、終盤にみんなで歌えるようにするとか、重要なポイントで歌っています。この歌ができてから、キャンディーズや私のコンサートで歌わなかったことがないくらい(笑)。だから、これは納得の1位ですね!」

 ちなみに、ゆず、ウルフルズ、いきものがかりなど、「春一番」をカバーしているアーティストは多く、’22年にはアイドルグループ・アンジュルムのメンバー、上國料萌衣も日本マクドナルドのCMで歌っている。

「ゆずさんのを聴かせていただいて、バンドらしい仕上がりになっていていいなと思いました。さまざまな方が私たちの歌を取り上げてくださっていることが、とても嬉しいです」

 他方、こうしたカバーとオリジナルを聴き比べてみると、キャンディーズ版は、語尾を強調しつつもキュートに歌うのがうまいことに改めて気づかされる。また、伊藤蘭のコンサートでも、それが確かに継承されている。

「それは、もう長年のクセかな(笑)。当時、ディレクターから言われたことの積み重ねでしょうね」

「年下の男の子」は真夜中に録り直しが発生、当時はB面曲になる可能性も

 続くSpotify第2位は、通算5作目のシングルとなる「年下の男の子」(’75年)。本作から、陽気なイメージを前面に出した軽快な楽曲も増え、この曲はキャンディーズ初のオリコンTOP10にランクインするヒットとなった(最高位9位)。ランがメイン・ヴォーカルとなり、彼女の歌声が歌詞に合わせて、時に挑発的に、時に切なく歌い分けられているのもポイントだろう。

「そんな風に聴いていただけるのは、“お姉さん目線”のような歌詞自体が素晴らしいおかげだと思います。当時、レコーディングが終わって帰宅中にスタッフから電話がかかってきて、“やり直してほしい”と言われ、真夜中にスタジオに戻って、1人で録り直しましたね。

 実際、『年下の男の子』は難しいんですよ! 半音下げの部分が続くなど、当時の歌謡曲とはちょっと違うな、という感覚がありました」

 この「年下の男の子」での大胆なイメージチェンジが功を奏し、さらなる人気を博したが、実はB面の「私だけの悲しみ」も美しいハーモニーを聴かせるマイナー調の楽曲で、3人の成長を感じさせる(Spotifyでは第37位)。

「当初は、『私だけの悲しみ』をA面にするという考えも一瞬あったようですね。それ以前からロマンチックでセンチメンタルな作風が続いたので、その流れをくむと『私だけの悲しみ』が順当ですから。私もこの歌が好きで、当時はステージでもよく歌っていました。歌謡曲っぽくて綺麗な作品ですよね」

ラストシングル「微笑がえし」で見せた3人のチームワークにスタッフも涙

 そして第3位は、レコードでは最大のヒット(累計82万枚以上)となった、「微笑がえし」。解散前のラストシングルということもあり、キャンディーズ歴代シングル曲の要素を散りばめた“企画もの”と思われがちだが、同棲していた恋人と別れるというストーリーや、3人の絶妙なハーモニーなど、クオリティの高い作品としても成立している。

「『微笑がえし』は、今までの楽曲のフレーズやサウンドをふんだんに取り入れた豊かな楽曲ですね。明るく笑って、でも、ちょっと切なくて。この曲をレコーディングした時は、スタジオに入ってから譜面を初めて見るくらい忙しくて、練習時間もほとんどなかったのですが、3人のチームワークで歌えちゃったんですよ。本当に息もピッタリで。だから、レコーディングが終わった瞬間、周りのスタッフはとても感傷的になったと後から聞かされました」

 ランキング表を見てみると、「春一番」「年下の男の子」「微笑がえし」のTOP3は、いずれも穂口雄右が作曲と編曲を手がけている。

「そうなんですよ! 穂口先生の作品は、アレンジも凝っていますし、今聴いてもおしゃれですよね。中でも『微笑がえし』は、作詞していただいた阿木燿子さんのほうから、“最後だから穂口さんがいいんじゃない?”と推してくださったそうです。先生にはデビュー前から、特にハーモニーに関して熱心にレッスンをしていただいて、とっても感謝しています。キャンディーズは、私たち3人も、作ってくださる周りのスタッフも、コーラスやユニゾンをちゃんと活かせるグループを目指していたんです。

 特に、シングル7作目の『その気にさせないで』(Spotify第14位)は、海外のスリー・ディグリーズとか、日本でもアップルズ(後に、コーラスグループ”EVE“と改名)とか、すごい実力派が出てきたことを受けて、私たちもハーモニーを勉強しながら歌っていました」

 確かに、このソウルフルな楽曲「その気にさせないで」から、パンチの利いた作品が増えたような気がする。考えてみると、近年のアイドルグループは大人数でのユニゾンを持ち味としているのに対し、キャンディーズは、たった3人でも、パワフルなユニゾンからラグジュアリーなハーモニーまで聴かせる。そこには裏打ちされた目標や努力があり、それゆえ、半世紀ほどたった今でも魅力的な作品が多いのだろう。

 インタビュー第2回では、TOP3以外の楽曲や隠れた名曲、さらに、伊藤蘭のソロ作品の中での人気曲について尋ねてみたい。

《INFORMATION》
ニューシングル「風にのって〜Over the Moon」発売中
〈収録曲〉
1. 風にのって〜Over the Moon
2.大人は泣かない
3.風にのって〜Over the Moon (オリジナル・カラオケ)
4.大人は泣かない (オリジナル・カラオケ)

『伊藤 蘭 〜Over the Moon〜 コンサートツアー 2024-2025』開催中
指定席:税込9900円/U-18シート:税込5500円
〈今後の公演〉
2024年
・埼玉 9.19(木) 大宮ソニックシティ 大ホール
 17:30開場 / 18:30開演
・名古屋 9.23(月・振休) 愛知県芸術劇場 大ホール
 17:00開場 / 18:00開演
・福岡 9.28(土) キャナルシティ劇場
 16:00開場 / 17:00開演
・熊本 9.29(日) 熊本県立劇場 演劇ホール
 16:00開場 / 16:30開演
2025年
・京都 1.12(日) ロームシアター京都 メインホール
 16:00開場 / 17:00開演
・神戸 1.13(月・祝) 神戸国際会館こくさいホール
 16:00開場 / 17:00開演
・東京 1.25(土) 東京ガーデンシアター(有明)
 16:00開場 / 17:00開演

(取材・文:人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)

伊藤蘭(いとう・らん) 
 東京都出身。1973年にキャンディーズのメンバーとしてシングル「あなたに夢中」で歌手デビュー。’78年にグループ解散後、休業を経て、’80年に女優活動を再開。以降、数多くの映画、ドラマ、舞台に出演し、’19年5月、ソロ歌手としてデビュー。これまで『My Bouquet』『Beside you』『LEVEL 9.9』と、3枚のアルバムをリリース。’24年8月には、シングル「風にのって〜Over the Moon」をリリース。また同月から翌年1月まで『伊藤 蘭 〜Over the Moon〜 コンサートツアー 2024-2025』を開催中。

臼井孝(うすい・たかし)
人と音楽をつなげたい音楽マーケッター。1968年、京都市生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。総合化学会社、音楽系の広告代理店を経て、'05年に『T2U音楽研究所』を設立し独立。以来、音楽市場やヒットチャートの分析執筆や、プレイリスト「おとラボ」など配信サイトでの選曲、CDの企画や解説を手がける。著書に『記録と記憶で読み解くJ-POPヒット列伝』(いそっぷ社)、ラジオ番組『渋谷いきいき倶楽部』(渋谷のラジオ)に出演中。データに愛と情熱を注いで音楽を届けるのがライフワーク。

デイリー新潮編集部