大ヒット!(公式サイトより)

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 劇場版アニメ「ルックバック」が異例のヒットを見せている。公開から約1月で興行収入12億円、観客動員数は70万人に達し、その勢いは海を越え、9月から韓国でも公開が決定。上映時間わずか58分の“小作品”が並みいる「大作」を押しのけ、興収ランキングでトップを飾った裏にある「新しいヒットの法則」とは。

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 6月28日に公開された「ルックバック」の原作は、漫画「チェンソーマン」で知られる藤本タツキ氏による同名タイトルの読み切り漫画だ。公開時の上映館数は119館に過ぎなかったが、評判が評判を呼び、上映劇場は次々と拡大。文字どおり「ルックバック旋風」が全国に広がっている。

大ヒット!(公式サイトより)

 アニメジャーナリストの数土直志氏がこう話す。

「『名探偵コナン』や『SLAM DUNK』など多くの人が知っているメジャー級の作品でないにもかかわらず、これほどのヒットに繋がった背景の一つに“口コミ”の影響が挙げられます。映画を観た人たちが『素晴らしい作品に出会った』という感動をSNSなどを通じて発信し、人気に火がついた。大作アニメが席巻してきた昨今の劇場版アニメの世界では異例の展開を見せています」

 ヒットの核にあるのが「作品のもつ魅力」であることは言うまでもないが、ただし、それは単に「感動作」といった枠内におさまるものではないという。

「常識」を打ち破る

 ルックバックのストーリーは、漫画を通じて出会った2人の少女の友情と成長、そして“悲劇”を描いたものだが、

「原画がほぼそのまま動画になるという“手づくり感”が濃厚にただよう作品となっていて、最近の劇場アニメのなかでも異色の存在感を放っている。事実、少人数のスタッフがこだわり抜いて制作した“作り手側の熱意”が観る者に伝わるクオリティに仕上がっており、相次ぐ高評価の理由の一つにも挙げられています。観客の心の深い部分にある、普遍的な感情を呼び起こす力強いストーリーは、同じく異例のヒットとなった映画『この世界の片隅に』を彷彿とさせます」(数土氏)

 監督を務めたのは「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」や「借りぐらしのアリエッティ」「風立ちぬ」などの作品で主要スタッフとして活躍した押山清高氏で、脚本やキャラクターデザインも押山氏が担当。そしてアニメ制作を担ったのは、その押山氏が代表を務める「スタジオドリアン」だ。

「ドリアンは“少数精鋭”で知られ、押山氏を中心にしたプライベートスタジオの趣が強いという特徴をもっています。現在のアニメーション制作の現場は分業化が進んだ一方で、人手や工程が増え、大掛かりなものとなりがちな傾向にある。しかしルックバックのつくられ方は、そんな時代の潮流に“逆行”するかのようで、ある意味、革新的に映ります。尺の短さも、商業的な“常識”よりも作品の質を優先させた結果と捉えられ、オリジナルの劇場アニメの可能性を広げるものとなっています」(数土氏)

作品が秘める「時代性」

 実際、ある映画プロデューサーはこんな感想を口にする。

「58分の映画など、フツーなら“非常識だ”や“採算が取れない”として通らないような前代未聞の企画です。ところが今回、ルックバックが当たったことで『短い映画は観客の回転率がいい』などプラスの面に注目が集まり、映画という興行ビジネスのあり方すら問い直している」

 ちなみに原作漫画の冒頭と末尾には〈Don’t〉と〈In Anger〉の文字がひっそりと描かれ、繋げるとイギリスのロックバンドOasisが1995年に発表したヒット曲のタイトル「Don’t Look Back In Anger(ツラい思い出にしないで)」になる仕掛けが施されている。

「映画で描かれる創作者が持つ孤独や苦悩、覚悟に共感したためか、当初は漫画やアニメ業界、クリエイター関係の人が多く鑑賞に訪れたと聞きます。しかし、いまやそういったクリエイター職に分類されない一般の人たちも大勢足を運んでいるという。周囲に話を聞くと、たとえ普通のサラリーマンであっても日々の仕事のなかには本人にしか分からないクリエイティブな面があり、だからこそ多くの人の心に刺さっているのではないかとの声を耳にしました。19年の京都アニメーションの放火事件がモチーフにあるとされますが、程度の差こそあれ、理不尽な現実に直面しつつも目の前の日常と格闘せざるを得ない――そんな経験を持つ人が少なくないことを示しているのかもしれません」(同)

 イマという「時代性」も秘めた作品なのだという。

デイリー新潮編集部