芸備線東城駅周辺はスーパーやコンビニなどもあり秘境ではなかった(筆者撮影)

100円の収入を得るための経費が2万3687円

改正地域公共交通活性化再生法に基づく第1回芸備線再構築協議会が2024年3月26日に開催された。JR西日本は当初、広島駅(広島県広島市)と備中神代駅(岡山県新見市)の159.1kmを結ぶ芸備線のうち輸送密度が特に低い備後庄原(広島県庄原市)―備中神代(岡山県新見市)間68.5kmの再構築協議を要請していたが、広島県側から「広域的な観点から幅広い議論が行われるべき」との要望があり、広島―備中神代間の全区間が再構築協議の対象とされることになった。

芸備線の備後庄原―備中神代間のうち備後落合(庄原市西城町)―東城(庄原市東城町)間25.8kmは、JR西日本の輸送密度1日2000人未満の30線区において、2019〜2021年の営業係数がワーストワンだったことからその行方について注目が集まる。同区間の営業係数は23687、つまり100円の収入を得るために2万3687円の経費がかかっており、2021年における1日当たりの輸送密度はわずか13人だ。コロナ禍の数字とはいえ、それほど利用者が少ない芸備線の途中駅で新見駅からの折り返し列車の設定もある東城駅には何があるのか、現地を訪問した。

2024年3月のとある土曜日、筆者は芸備線の超閑散区間に乗るべく備後落合駅へと降り立った。芸備線の備後落合駅から岡山県方面の列車は、全列車が備中神代駅から伯備線に乗り入れ、新見駅まで直通運転をしている。設定されている列車は、備後落合―新見間が3往復、東城―新見間が3往復(土休日は2往復)だ。備後落合駅からは14時42分発の新見行へと乗車し、途中駅の東城駅で下車をする。

備後落合駅の1日の中で、14時25分から40分までの15分間は、芸備線の三次・新見方面、木次線の宍道方面からの3列車が並び、駅は乗り換え客でにわかに活気づく。特に芸備線の三次・新見双方から到着した列車は立ち席客が出るような混雑状況だった。この日は休日だったこともあり乗客の多くは観光客のように見える、

しかし、そんな備後落合駅は周辺に人家のほとんどない秘境駅として有名な駅だ。最盛期には、芸備線と木次線が分岐する広島県備北地区の基幹駅として蒸気機関車の機関区を抱え200名を超える職員が勤務していたというが、蒸気機関車から気動車への動力近代化や国鉄時代末期の合理化政策によって徐々に職員数を減らし、JR化後の1997年3月のダイヤ改正をもって備後落合駅は無人駅となった。

備後落合駅でボランティアガイドを行っている元国鉄機関士の永橋則夫さんは「駅ノートを見ていると備後落合駅には北海道から九州までさまざまなところからお客さんが来てくれている」と話す。さらに近年では伯備線に乗車するフランス人などの外国人観光客も目立つようになっており、そのうち芸備線に興味をもち備後落合を訪問する人も一定数いるという。永橋さんは芸備線で乗務していたこともあり、その話を聞くためにわざわざ遠方から訪れる人がいるという。ここでは鉄道そのものが観光資源となっている印象だ。


庄原市内の各駅にはのぼりと横断幕が掲げられていた(筆者撮影)

メンテナンスが放置された芸備線の閑散区間

備後落合駅を14時42分に発車する新見行の普通列車は、三次や宍道方面からの乗り換え客であっという間に席が埋まり10人ほどの立ち席客を出して定刻通りに発車した。乗客数は60人ほどだが、車体の全長が16mと通常の鉄道車両よりサイズが一回り小さいキハ120形気動車1両では相当な圧迫感を感じる。

備後落合駅を発車してしばらくすると、線路わきに生えている立木の枝がゴツゴツと音を立てて車体に当たり始める。また、鉄橋やトンネルなどのいたる所に時速25kmの速度制限が課せられており列車の速度が低く、線路のメンテナンスが放置されている印象を受ける。なお、備後落合―東城間25.8kmには49分もの時間を要するのに対して、自家用車では25分程度で移動ができる。

こうした状況について、鉄道土木に詳しい富山大学特別研究教授の金山洋一氏は、時速25kmの速度制限については「経営上、まとまった保守費を当てられない中で、列車走行による軌道破壊の抑制を期待して速度抑制を行っていることと、軌道状態が低下したことにより速度が出せなくなったこと」が要因として考えられると解説する。「速度や運行頻度といった鉄道の強みを失っても路線の維持を図ってきた姿勢を見ることができるが、鉄道の強みを低下させているため利用面では負のスパイラル状態」だという。

東城駅が近づくと、突如として車窓には秘境には似つかわしくない真新しい住宅や工場などが立ち並ぶ大きな市街地が現れた。


東城駅前の街並み(筆者撮影)

想像以上に栄えている庄原市東城町

東城駅で下車したのは筆者だけだったが、まず驚いたのが東城の市街地には大型スーパーやドラッグストア、24時間営業のコンビニエンスストアが複数件立地しており街の活気を感じられたことだった。また、駅舎もきれいに整備されており、ホーム端には「やっぱり、芸備線がええよのぉ!庄原市」と書かれたのぼりと横断幕も掲げられていた。

東城駅のある庄原市東城町は2005年3月までは比婆郡東城町という独立した自治体だったが、平成の大合併により庄原市となった。こうしたことから旧東城町役場だった場所には庄原市東城支所が置かれており、東城地区だけで7000人弱の人口集積がある。さらに東城地区には日東粉化工業や竹原化学工業、積水樹脂などの工場が立地しているほか、大阪府吹田市と山口県下関市を結ぶ中国自動車道の東城インターも置かれている。

筆者は、東城インター向かいにある「『道の駅』遊YOUさろん東城」にも立ち寄り、職員の方に話を聞いたところ「東城への観光客は高速道路で訪れる人がほとんど」ということだった。しかし、来訪者の居住地は、岡山や広島に加えて京阪神地域と近隣の地域が目立つということで、備後落合駅のように全国各地から人が集まっているという状況ではないようだ。

なお、東城の住民は通院やその他の所用などで、新見、庄原方面に出かける機会が多いというが、鉄道が使い物にならないことから両地区へ25〜30分程度で移動できる自家用車での利用がメインで、新見方面に行くのに芸備線を使う人がわずかながらにいるという。

それでも庄原市では、市の予算で東城駅舎の維持管理を行っている。市役所地域交通課に話を聞いたところ、駅舎の維持管理については「必要に応じて駅舎の修繕などの経費を市の予算として計上している」そうで、駅窓口での切符の販売についても「市がJR西日本との契約に基づいて市内の事業者に乗車券類の販売業務を委託している」ということだった。さらに庄原市全体の取り組みとしては、2020年から継続的にイベントの実施やパーク&ライドの社会実験など芸備線の利用促進に関する取り組みを継続的に実施しており、庄原市は芸備線の活性化についてできることを積み重ねている印象を受けた。

沿線自治体では、過去には芸備線の改善に向けて抜本的な取り組みを行おうとしたこともあった。さかのぼること1991年11月、当時の沿線7市町で作る芸備線対策協議会では、芸備線の高速化に向けて、当時の最新式振り子式特急型車両であるJR四国の2000系気動車を借り受けて広島―三次―東城間で試運転が行われた。特に広島―三次間では当時の急行列車よりも11分早い59分で運行できることがわかり、三次市では「芸備線が高速化できれば広島市まで通勤圏内となり経済効果が生まれる」と期待の声が上がることとなった。こうしたことから、沿線自治体で車両を購入しJRにリースする案などが検討されたというが、当時を知る関係者は「JRが拒否したことにより実現には至らなかった」と悔しさをにじませる。

こうしてJR西日本は芸備線を放置し続けた結果、2000年頃と比較して運行本数は激減し所要時間も延びたことから、一定の人口集積がある東城の住民にとっては使いようのない交通手段となってしまった。人口7000人弱の東城から人口2万6000人の新見市に向かう芸備線の東城―備中神代間の2021年の輸送密度は80人で、2019〜2021年の営業係数は3858と発表されているが、沿線の人口規模が同程度の鳥取県の若桜鉄道では輸送密度が344人と、国鉄改革で第三セクター鉄道に移管された路線のほうがJR路線よりも乗客の減り幅が小さく赤字額も少ないという実態がある。

鉄道網全体で利益の最大化を目指すべき

3月26日に開催された再構築協議会では、「大量輸送という鉄道としての特性を発揮できていない」というJR側の主張と「鉄道は地域に欠かせない」とする自治体側の主張が対立する形となった。しかし、JR側の主張については、これまでの高速化提案の拒否や減便減速による利便性の悪化を進めた経緯から、特に備後落合―東城間については経営努力を放棄してその結果、輸送密度が減少したと言わざるを得ない面がある。

JR西日本は利益の最大化を図りたいがゆえにローカル線の切り捨てを行いたいというのが一般的な見方である。しかし、一部の路線を切り出して不採算路線として切り捨てるのではなく、むしろ潜在需要を掘り起こして都市部の住民を新幹線や特急列車を使ってローカル線に誘導するような観光施策を打ったほうが、鉄道網全体としての利益の最大化を図れるのではないだろうか。

(櫛田 泉 : 経済ジャーナリスト)