ダイソー

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「100円だけど良いもの」を追求

「100円均一ショップ」という業態を開拓し、その覇者となった「ダイソー」。栄光を一代で築き上げた名物創業社長は2月に亡くなったが、折も折、同社が縁の深い関係者に「会社乗っ取り」トラブルで訴えられていた。訴訟の中で原告は、「2代目社長」の横暴を告発し……。【前後編の前編】

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【写真を見る】顔と風体は創業者そっくり 横暴を告発された2代目社長・靖二氏

 100円均一ショップの草分けにして業界シェア6割のトップランナー。現在、国内に4360店舗、海外にも990店舗を出店しているから、ダイソーを一度も利用したことのない向きはほとんどいないだろう。

 同店を展開する「大創産業」が100円ショップをスタートしたのは1987年。そこから40年弱で内外5350店舗、売上高は6200億円に達し、その成長ぶりは日本の小売業界でも群を抜く。「100円で何でも買える」――長らく続いたデフレに見事にマッチし、時代の寵児といわれたのも当然である。

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「財界」主幹の村田博文氏は言う。

「90年代には、ダイエーが経営不振に陥るなど、流通業界に厳しい時代が押し寄せた。そんな中で生き残れたのはユニークなところだけ。生活用品から趣味のグッズまで幅広い商品を安く売るダイソーはそのひとつです」

 ダイソーの特長は、創業者・矢野博丈氏の経営方針によるところが大きい。

「良い商品を開発して100円で売る。その方針が徹底されていました。100円だからその程度というものではなく、100円だけど良いものを追求していた。根底にはお客さんに喜んでもらいたいという思いがありました。店に行けば何かがある、わくわくできるという店作りです」(同)

「会社だけは戻してほしい」

 ダイソーが「主婦のゲームセンター」と言われるゆえんだが、その典型例として人々を驚かせたのが「100円辞書」だ。国語辞典や漢字字典、あるいは文学シリーズなどを販売し、「こんなものまで100円で……」と話題となって知名度向上にひと役買ったのである。

 矢野氏は2018年、社長の座を次男の靖二氏(53)に譲り、この2月、80歳で鬼籍に入った。

 その折も折、100円辞書の生みの親と靖二氏との間にトラブルが生じていたのだ。

「車やゴルフの会員権はどうでもいい。ただ、会社は返してほしい。それだけです」

 そう語るのは、大創産業の関係会社「大創出版」の前社長(79)である。

「お金で解決したらどうかとアドバイスを受けたこともありますが、会社は私が一から作り上げた。これだけは戻してほしいんです」

 前社長はダイソーで売られる書籍に深い関わりを持つ人物なのだが、なぜ、縁ある会社を訴えることになったのだろうか。

「“もっと厚くしろ”と言われたことも」

「博丈さんとの出会いは私が企画した辞典を売り込みに行ったのがきっかけです」

 と前社長が語る。

「当時、私は教育図書という教科書出版会社の専務をしていました。商品をダイソーでテスト販売したところ、ものすごく売れた。そんな折、教育図書が代替わりすることになって退社。博丈さんの勧めもあり、『大創出版』を立ち上げることに決めたんです」

 会社設立は2001年。大創産業が51%、前社長サイドが49%を出資し、代表取締役には博丈氏と前社長の両者が就任。大創産業の幹部や、前社長の子息も取締役に入った。

「毎月、経営会議をやり、もろもろの事業について話し合った。博丈さんからはいつも“お客さんが喜ぶいい本を作れ”と言われました。見本を持っていった時も“もっと厚くしろ”と言われたことがあります。ボリュームと内容を充実させることに貪欲な方でした。高島易断の小冊子やカレンダーなど、ダイソーで売る本の多くを作っていた。とにかく売れて注文が毎月100万冊もありました」

 ダイソー相手の取引は、買い切りで返本がなく、取次会社も通さなくて済み、倉庫も必要ない。年商は10億円を超えた。

 ところが18年、それが一変する。

「“利益相反行為で会社に損害を与えた”と激怒」

 脳梗塞を患った矢野氏はこの年、大創産業の社長の座を靖二氏に譲っていた。

「10月のこと。はんこを持参するようにと言われて会社に行くと、2代目の社長と大創産業の社員が来たんです。対面して座ると、社長はいきなり“おたくは大変なことをしたな”と怒り始めました。声を荒らげ、周囲はおろおろしてばかりでした」

 2代目は何を問題視していたのか。

 実は大創出版は、出版物の企画・編集の実務を「創美出版」なる会社に下請けに出していたという。

「これは私が大創出版を作る少し前に作った出版社で、私が株を持ち、家族が取締役に入っています。そもそも大創出版は取締役以下数名の会社なので、ダイソーと取引をするに当たっては創美に業務を発注することとし、それを博丈さんにも伝えていた。しかし、2代目がダイソーの社長になり、大創出版の取引先を調べる中で、この会社が出てきた。“お前の会社じゃないか”“利益相反行為で会社に損害を与えた”と激怒したわけなのです」

「“社長が怒ってるよ、速く速く”と言いながら勝手にはんこを」

 激高した2代目は、机をバーンとたたくと、前社長に向けて紙を投げつけてきた。

「それは大創が作った『合意書』で、向こうの社員が中身を読み上げました。そこには、私が持っている大創出版の株を同社に無償で譲渡せよ、などとある。いきなりのことですし、弁護士や税理士に相談しないと“はい”とは言えないので“弁護士に相談したい”と言ったのですが、社長は“何言ってるんだ! 速くしろ”と取り付く島もない。横にいた息子がビックリしてしまって“社長が怒ってるよ、速く速く”と言いながら勝手にはんこを押してしまった。到底、納得できませんでしたが、その場を収めるには仕方ないと思い、署名し、とにかく頭を下げました」

三法人ともダイソー側に

 合意書には、前述の内容の他に、創美出版の株を大創出版に譲渡せよ、とも記されていた。

「また、私が設立した創成舎という不動産管理のための法人についても、基金返還請求権を大創出版に譲渡せよ、と。つまり、創成舎を大創出版に渡せということです。そして、この2点の譲渡価格については、私が長年、利益相反取引によって大創出版に損害を与えたのでそれと相殺するとありました」

 すなわち、

「大創出版、創美出版、創成舎について、私が持っているすべてをダイソー側にただで渡せということです」

 なかなか強硬な要求であるが、はんこは押されてしまった。合意書作成の半年前に前社長は大創出版の代表を外れていたが、

「創美と創成舎の代表も外れることになりました。その後、大創出版と創成舎は2代目自身が、創美は大創産業の幹部が代表になりました」

 こうして三法人ともダイソー側に持っていかれてしまったというわけだ。

 後編「『約10億円の資産を持っていかれ…』 ダイソーが『会社乗っ取りトラブル』で訴えられていた」では、「大創出版」の前社長とダイソー側の金銭トラブルの詳細について報じている。

「週刊新潮」2024年7月4日号 掲載