ウクライナ「平和サミット」が茶番劇である理由

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6月15〜16日、スイスのビュルゲンシュトック(下の写真)でウクライナに関する「平和サミット」が開催される。参加者はウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領の「平和の公式」(後述)にあるごく一部や捕虜交換などについて議論するとみられている。現時点で何カ国が参加するかは不明だ。ロシアは招待されていない。

(出所)いずれもhttps://www.myswitzerland.com/ja/destinations/buergenstock/

おそらく、この平和サミットをめぐるニュースが早晩、多くの主要マスメディアによって報じられるようになるだろう。そこで、それらが決して伝えないであろう、このサミットの裏事情について解説したい。

茶番劇としてのサミット

もっとも大切なのは、このサミットが、ゼレンスキー大統領が中心となって企てた「茶番劇」にしかすぎないことに気づくことである。まず、公式サイトにおいて、「ゼレンスキー大統領が2024年1月15日にベルンを訪問した際、スイスとウクライナは、ウクライナの包括的で公正かつ恒久的な和平に向けた次の一歩について話し合った。ウクライナの要請により、スイスはサミットの開催に同意した」と書かれている点が重要だ。どうやら、スイスのヴィオラ・アムヘルト大統領はゼレンスキー大統領の目論見にはめられたようにみえる。

どういうことか。ゼレンスキー大統領は平和サミットなるものを創設し、世界中の国々の首脳らを集めることで、すでに任期切れでありながら大統領を継続している大統領としての合法性(レジティマシー)を世界中にアピールする場を設けたいと考えていたのである。1月時点で、5月20日で大統領任期が消滅することがわかっていた彼は、自分の大統領としての合法性に対する批判を一蹴するための場を必要としていた。

それには、世界中のできるだけ多くの国の首脳らを集めることが望ましい。すでに2023年11月時点で、G7サミットが2024年6月13日から15日にかけて、イタリアのプーリア州のボルゴ・エグナツィアで開催されることがわかっていたから、同じころに平和サミットを開催すればいいと考えたというわけだ。

ウクライナ政府の「でしゃばり」

ゼレンスキー大統領の思惑はウクライナ政府の「でしゃばり」によって証拠立てることができる。スイスが主催する以上、スイスが主導権を握ってサミットを準備するべきだろう。ところが、ウクライナ側は自分たちの目論見に沿うかたちで平和サミットを主導するようになる。

2月25日、アンドリー・イェルマーク大統領府長官は、「招待状はすでに準備されており、160カ国以上に送付される予定だ」と明らかにした。加えて、彼は、「第二回サミットでは、ロシア連邦の代表を招待し、このプラン[第一回平和サミットでの計画]を提示することになるかもしれない」と、まるで主催者であるかのような口ぶりで語ったのである。

招待状はあくまでスイス政府によって発送される。しかし、自分の合法性を承認する機会とすべく、平和サミットにできるだけ多くの各国首脳を集めたいゼレンスキー大統領は、5月21日、イラクのムハンマド・アル・スダニ首相に電話をかけ、彼を正式にスイスに招待した。主催者であるスイス外務省が、招待状を送る権限はスイスにしかなく、ウクライナ側は関与してはならないと警告しているにもかかわらず、イラク首相への電話は行われた、とするロシア側の報道もある。

5月27日付のブルームバーグ報道によれば、ジョー・バイデン米大統領はハリウッドの資金集めのためにこの会合を欠席する予定だ。その代わり、G7会議の傍らで、アメリカとウクライナの安全保障協定が署名される見通しとなっている。

これは、2023年7 月、リトアニアの首都ヴィリニュスで開催された、NATO サミットで合意したコミュニケおよび、同サミットに合わせて開かれた主要7 カ国(G7)の「ウクライナ支援共同宣言」をもとに、各国とウクライナとの間で締結されるようになった有効期間10年の安全保障協定である。2024 年1 月12 日、イギリスとウクライナとの間に締結されて以降、ドイツおよびフランスも2024 年2 月16 日、ウクライナとの間で安全保障協力に関する2 国間協定に署名した。いずれも有効期間は10 年だ。その後、デンマーク、カナダ、イタリアなどとも同種の協定が結ばれた。アメリカもウクライナへの追加支援予算が議会で認められたことから、ようやく同種の協定に調印できるようになったのである。

他方で、ゼレンスキー大統領の目論見に気づいている中国は、平和サミットへの参加に慎重だ。5月31日付のロイター電は、スイスで開催されるウクライナ和平会議について、ロシアとウクライナの双方が参加するという中国側の期待に沿わないため、中国は出席しないと中国外務省が同日発表したと伝えた。

ゼレンスキー大統領は、6月2日、シンガポールで開催された安全保障会議に出席した。席上、彼は、「今日、ロシアは世界平和サミットを妨害しようとしている。私たちは106カ国の確認を得ており、これは世界の指導者、国家の高位代表という高いレベルのものだ」と発言した。しかし、本来、今年の安保議論はアジアに方向転換したいところだったため、平和サミットへの参加を求めるゼレンスキー大統領の発言は場違いに映った。

ゼレンスキー大統領の正統性への疑問

ウクライナ戦争を停止し、和平を実現するためには、中国が主張するように、ウクライナとロシアの双方が参加して協議するというのが筋だろう。しかし、ゼレンスキー大統領のねらいが自らの大統領としての合法性を誇示するだけであれば、平和サミットに参加する意味はないと考えるのは当然だろう。

たしかに、ゼレンスキー大統領の合法性は大いに疑問がある。拙稿「あれっ、ゼレンスキー大統領の任期が5月20日に切れていた!」に書いたように、民主主義国家というのであれば、ゼレンスキーが戒厳令を理由にいつまでも大統領で居座りつづけるのはおかしい。

5月24日、ウラジーミル・プーチン大統領は、ベラルーシ訪問中の記者会見で、「だれと交渉するか?たしかに、これは漠然とした疑問ではない。もちろん、現在の国家元首のレジティマシー(合法性)が終わったことは承知している」とのべた。そのうえで、平和サミットの目的の一つが「まさに西側社会とキエフ現政権のスポンサーに、現職の国家元首のレジティマシーを確認させること」であると指摘している。

その通りだ。平和サミットに出席すれば、ゼレンスキーに大統領としてのレジティマシーがあると認めたのと同然だからである。なぜなら、ゼレンスキー自身そう宣伝するに違いないからだ。

(出所)http://kremlin.ru/events/president/news/74108/photos/76382

遠い和平

そもそも、ゼレンスキー大統領は、平和サミットで和平協議を前進させようと期待しているわけではない。カザフスタンの『Orda』とのインタビューで、スイスで開催されるサミットで、ウクライナは「平和の公式」の10項目のうち3項目を提示するとのべた。この「平和の公式」というのは、2022年11月15日、G20の席上でのビデオ演説のなかでゼレンスキー大統領が示した戦争を停止するための10の提案を指している(詳しくは拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』202〜203頁)。

この3項目とは、エネルギー、核、食糧安全保障である。これらは大切な和平条件となりうるが、もっとも重要な「ロシア軍の撤退と敵対行為の停止」といった提案項目をどう具体化するかまで踏み込まなければ、和平は決して実現しない。しかも、この問題をロシア抜きで議論するのは常軌を逸している。

しかも、ウクライナは5月13日に、米軍装備を使ったロシア領内への攻撃禁止を解除するように正式に要請し、同月30日に米当局が許可を出したばかりの時期に、平和サミットを開催する意味がわからない。米政府が許可したのは、射程距離約50マイルのHIMARSロケット砲のような武器に限定されており、ATACMSのような長距離兵器のロシアへの使用を禁止されたままだ。それでも、戦争激化の様相が高まるなかで、こんなサミットを開催するのはどう考えてもおかしい。

だからこそ、今回の平和サミットは茶番劇にすぎないと断言できるのだ。不可思議なのは、民主国家を標榜するアメリカ、EU諸国、日本などがゼレンスキーの大統領としての合法性について何も言わないことだ。そんな国が集まって、平和サミットとは、笑止千万である。

誰も書かないから私が書いた〜帝国主義アメリカの野望