■逆流性食道炎の発症原因とは

新年度がスタートして1カ月、会食などで食べたり飲んだりする日々が続いて、「胸焼け」を起こすことはないだろうか。胸焼けとは、みぞおちの辺りが熱く焼けるような不快感、胸のあたりが重苦しい(または痛い)、酸っぱいものが上がってくるなどの症状を指す。原因は、胃の内容物(主に胃酸)が食道に逆流することがひとつにある。そして食道の粘膜が胃酸によって炎症を起こしている状態を「逆流性食道炎」という。その診断や対処法などについて取り上げたい。

がん研有明病院院長補佐で上部消化管内科部長の後藤田卓志医師は、「現代病ともいえる」と指摘する。

「1965年より前に生まれた世代はピロリ菌に感染している割合が高い。これに感染すると胃粘膜が萎縮して(萎縮性胃炎)胃酸の分泌が少なくなりますから、胃酸が逆流することは少ないでしょう。けれども65年以降は、生まれたときから冷蔵庫があるなど衛生環境が良い中で育ち、ピロリ菌感染率が4割を切りました。今の中学生は、感染率5%とも報告されています。ピロリ菌がいなくなったので元気な胃がいつまでも胃酸をたくさん作ってしまうことがベースにありますね。また、内臓脂肪を蓄積した肥満が増えたことも、逆流性食道炎の発症に影響していると思います」

■食べすぎや飲みすぎで胃の内圧が上昇

胃で食べものが消化されるとき、食道と胃の境目の筋肉「下部食道括約筋」が収縮し、胃の内容物が逆流しないように働く。この筋肉が必要ないときにゆるんでしまうと胃から食道への逆流が起こるのだが、肥満体型の人は、腹圧の上昇により逆流が起こりやすくなってしまうという。そのほか食べすぎ飲みすぎなどの胃内圧の上昇、脂肪の多い食事、加齢による変化でも下部食道括約筋がゆるむとされる。

50年以上の薬剤師経験をもつ西澤啓子氏によると、降圧剤の副作用で胃酸が逆流することもあるという。

「カルシウム拮抗剤に分類される降圧剤(アムロジン、アダラートCRなど)や、コデインを含む咳止め薬は、下部食道括約筋をゆるませる作用があるのです。特に降圧剤は長期に服用するので、胸焼け症状などに悩む人は別の降圧剤を処方してもらうよう、主治医に相談することを勧めています」

■胃酸分泌を抑え胸焼けをラクにする酸分泌抑制剤

肝心の胸焼け症状がつらいときは、胃酸の分泌を抑え、食道へ逆流する胃酸を少なくする働きをもつ薬(酸分泌抑制剤)を服用すればラクになる。酸分泌抑制剤は、大きく3種類に分かれる。

ひとつは、市販薬「ガスター10」を代表とするH2ブロッカー(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)のタイプ。これより強く胃酸分泌を抑える働きがあるものが「プロトンポンプ阻害薬」(PPI)と呼ばれるタイプで、それに分類される処方薬として「タケプロン」などがある。そして最も強力に胃酸分泌を抑え、かつ即効性があり、作用が持続するものが「カリウムイオン競合型アシッドブロッカー」(PCAB)に分類される「タケキャブ」。こちらもPPIと同様、医療機関でのみ処方される薬で、逆流性食道炎の重症患者に用いられる。

■酸分泌抑制剤の長期間服用で胃もたれになることも

しかし、後藤田医師は「症状があるから」と、安易に酸分泌抑制剤を長期間服用することに懸念を示す。

「消化器官は口から肛門までつながっています。つまり、病原体も食事と一緒に口から入ってしまう可能性がある。胃の中が強い酸(胃酸)によって酸性環境に保たれているからこそ、ピロリ菌など一部の例外を除き、細菌やウイルスを殺菌できるんですね。そして胃酸は消化にも大きく影響します。タンパク質消化酵素であるペプシンは、胃酸がなければ生まれないのです」

胃にタンパク質が入ってくると、胃壁からペプシノーゲンと胃酸が分泌される。ペプシノーゲンは胃酸によって活性化され、ペプシン(タンパク質消化酵素)になる。つまり、胃酸分泌を抑える薬を服用することで症状が解消するどころか、消化酵素が生まれず、かえって胃もたれなどになってしまう恐れがあるのだ。

「また胃酸はミネラルの吸収も助けています。たとえば造血に大切な鉄(Fe)の吸収には十分な胃酸が必要なのです」(同)

■がんリスクを高める逆流性食道炎の対処法

そもそも、本当に胃酸が逆流して胸焼け症状が起きているのか。それは内視鏡検査によって食道と胃の境目に炎症が起きているかを確認しなければ、正確な診断はできないのだという。

「逆流性食道炎と混同されるのが、機能性ディスペプシアです。胸焼けや胃もたれ、みぞおちの痛みなど逆流性食道炎と似たような症状があります。ただこちらは、内視鏡検査をしても異常が見つからず、ストレスなどが影響して胃の働きが悪くなった状態。痩せ型の方に多い印象ですね。一方、ぽっちゃりタイプで、胸骨の裏が『焼けるように痛い』と訴える人は逆流性食道炎の可能性が高いと感じます」(後藤田医師)

後藤田医師自身も8年ほど前に夜間の胸痛に苦しみ、最終的には自ら逆流性食道炎と診断し、酸分泌抑制剤のタケキャブを服用していた。「けれどもボクシングを始めて脂肪を落としたら症状がスッキリしました。やはり肥満の人は体重を減らすことです」(同)と、アドバイスする。

西澤氏も「逆流しやすい人は、食後2〜3時間は横にならないようにしたり、夜間に逆流症状が出る人は枕を高くして寝るなどの生活習慣の工夫でも症状が和らぎます」という。

■炎症を放置すると食道粘膜が脱落する…

さて内視鏡検査で逆流性食道炎と診断された場合、放置しているとどうなるだろうか。

「逆流性食道炎、つまり“胃と食道の境目の炎症”を放置していると、びらんになり、やがて食道粘膜が脱落します。そしてその部位が胃の粘膜に置き換わる場合もあるのです。これをバレット食道といい、食道腺がんの発生リスクを高めるとされています。ですが、欧米人との食習慣や体格の違いから日本人でこれが急増するとはあまり考えられません。それより近年は、胃と食道の接合部付近のがんが増えている印象があります」(後藤田医師)

胃がんは、ピロリ菌感染率と高塩分食摂取率が高い現代の80代がピークで、年代が下がるとともに発症率が低下している。一方で胃と食道の接合部付近のがんは、50代でもみられるとか。

そして、がんやバレット食道に至らなくても、逆流性食道炎の症状は生活の質を大きく落とす。胸が焼けるような症状があり、市販薬で治るならいいが、1カ月ほどでぶり返すようなら放置せず、内視鏡検査を行いたい。

たとえ逆流性食道炎と診断されたとしても、適切な服薬と生活習慣の改善で健康な状態に戻れるのだ。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年5月31日号)の一部を再編集したものです。

----------
笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『野良猫たちの命をつなぐ 獣医モコ先生の決意』(金の星社)と『老けない最強食』(文春新書)がある。ニッポン放送「ドクターズボイス 根拠ある健康医療情報に迫る」でパーソナリティを務める。過去放送分は、番組HPより聴取可能。
----------

(ジャーナリスト 笹井 恵里子 撮影=今井一詞)