ファッションショーそのもののマーケティングが、かつてないほど重要性を増している。3月6日に幕を閉じたパリファッションウィークでは、ブランドやバイヤー、一般の人々の注目を獲得すべく、108のブランドがソーシャルメディアをはじめとするさまざまな舞台で競い合った。

バイラルな瞬間こそがすべてだった2年前とは異なり、各ブランドがブランドの個性を活用して存在感を示そうするなか、その戦略も高度化している。

「体験」を商品として販売することはできるか



当然のことながら、ファッションショーでは「体験」が大きな部分を占める。「ラグジュアリー業界は、商品主導型から体験主導型へと移行しつつある。このことがそれぞれのブランドにとって何を意味するか、が問われている」とフューチャースペシャリストでシャネル(Chanel)の元イノベーションリードのカルロタ・ロドベン氏は話す。

「ファッションショーのような体験は、体験そのものを商品として売れるものなのか」。

今シーズン、ブランドはそれぞれの「世界」を深く体験してもらうために、新しい方法を採用していた。

スマホ禁止だったザ・ロウのショー



たとえば2月28日のザ・ロウ(The Row)のランウェイショーでは、携帯電話の使用が禁止され、ゲストにはショーの感想を書き留めるためのノートとペンが配られた。インフルエンサーも招待されず、コレクションの画像は翌週にルックブックを通して初めて公開された。

ザ・ロウはシンプルなファッションを途方もない価格で売ることで知られ、販売拠点は世界に3店舗しかない。頻繁に売り切れとなる「マルゴー」バッグは約8200ドル(約123万円)だ。インスタグラムにはアート系の写真やインスピレーション画像を投稿することが多く、店舗やファッションショーのプロモーションというより、ムードボード的な場になっている。

ソーシャルメディアストラテジストで人種擁護団体ブラック・イン・コーポレート(Black in Corporate)の創設者であるキャンディス・マリー氏は「携帯電話禁止は天才的だと思う。それで逆にソーシャルメディアで話題を集めることになった」と話す。「口々に服に関する意見が述べられ、出席していなかった人はほぼその言葉だけが頼りだった」。

この携帯電話禁止のポリシーは、同じ日に開催されたショーの写真の多くより、XやThreadsで話題になった。

コペルニは素材でアピール



2022年10月にベラ・ハディッドにスプレーでドレスを吹きかけてインターネットを大いに騒がせたフランスのファッションブランド、コペルニ(Coperni)は、今シーズンはスケール感とショー前のバイラリティを狙うことを選び、コレクション発表前日に宇宙塵の捕集に使用されるシリカエアロゲルというNASA素材を使用した「エアスワイプ」バッグの新作をインスタグラムに投稿した。このバッグが発売されるかについてはまだ明らかになっていない。動画の再生回数は450万回に達している。

コペルニでは、エアスワイプバッグを販促と展示の両方に使用してきた。シルバーの小型エアスワイプは629ドル(約9万4500円)、隕石を素材とするバージョンは約5万9000ドル(約885万円)だ。

コペルニはイノベーション、テクノロジー、ファッションの融合で知られるブランドで、これまでもバッグのほかに、ロボティクス企業ボストンダイナミクス(Boston Dynamics)と共同で製作したロボット犬、テキスタイルのイノベーション企業ファブリカン(Fabrican)とのコラボレーションで演出した「スプレードレス」などの例がある。

「数多くの老舗ブランドがひしめきあうなかで認知してもらうのは難しい」とマリー氏は語る。「だから、コペルニなどのブランドはほかの手段での認知を探っている。バッグのシルエットを見ただけでも認識してもらえる」。

内と外に体験をわけたルイ・ヴィトン



ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)は、そのランウェイを2つの体験に分けた。一つは出席者数約4000人の一般向け、もう一つがプライベートクライアントやセレブ限定の「内輪向け」のショーだ。ロドベン氏によると、ラグジュアリー業界では2つの体験を用意し、富裕層に満足してもらいながら、一般の人々の前にも姿を見せることがトレンドとなっているそうだ。

ルイ・ヴィトンは世界最大規模のオーディエンスを誇り、インスタグラムだけでもフォロワー数は5500万人に上るため、ショーでは観客をあっといわせるために新旧の要素を織り交ぜることことが多い。

クリエイティブディレクターのニコラ・ジェスキエール氏が同ブランドを率いて10周年となる今回の秋冬ショーは、彼の過去のコレクションやクラフトワーク、ルイ・ヴィトンのイコノグラフィーを回顧しながら、ルーブルの巨大な温室の中で開催された。

ルイ・ヴィトンは旅行用トランクで知られるが、それも服と会場内の地球をかたどったシャンデリアの両方に反映されていた。

ニッチを追求したロエベ



一方、パリファッションウィークでは注目を集めるために変わったニッチを追求するブランドもあった。

ロエベ(Loewe)は米国のアーティスト、アルバート・ヨーク氏にインスピレーションを得たアートを中心に据えたコレクションを、お宝鑑定番組『アンティーク・ロードショー』の専門家スティーブン・ムーア出演のTikTok動画で紹介した。3本の動画は3月8日時点で45万回再生されている。ロエベはインスタグラムではキュレーションされたビジュアルを用意しているが、TikTokではそれとは異なるコンテンツを展開する。

ロエベは、特にコラボレーションを通して、その美意識をアートの世界とつなごうとしているようだ。アートとファッションの融合はランウェイにも及び、今シーズンは陶器にインスピレーションを得たというアスパラガスのバッグなどが登場した。これまでも、シーズンのセットデザインで彫刻家のリンダ・ベングリス、バッグやトートで京都を拠点とする陶芸制作のスナ・フジタ、アート展示ではサザビーズ(Sotheby’s)とコラボレーションしている。

「インスタグラムとTikTokの違いを理解し、両方のプラットフォームでそれぞれ異なるコンテンツに力を入れているブランドは非常に少ない」とマリー氏は話す。「コレクションを生み出すだけでなく、各ソーシャルメディアに合うように分解して発信しなければならない」。

ショーが終わったあとも観客の興味を捉え続けられるか



そして、日本のファッションブランド、アンダーカバー(UNDERCOVER)もあった。音楽を一切流さず、喧噪を制しようとしないことで逆に人々の注意をとらえた。

「通常は音楽が始まったときに、ショーも始まる」とマリー氏はいう。「だが音楽に代わって流れたのは物語を語る声で、仕事を持つ普通の女性のある一日について語るデザイナーのナレーションだった」。アンダーカバーは、2024年春夏コレクションではスカート型のテラリウムに閉じ込められた蝶々を演出するなど、ファッションを思索の手段として使うことに重点を置くDNAを持つ。

マリー氏は次のように付け加える。「バイラルな瞬間は人の目を引き、それがフォローにつながるかもしれないが、ここで問うべきなのは『ショーを通して、そしてショーのあとも、観客の興味をとらえつづけられるものは何か』だと思う」。

[原文:How brands battled for attention at Paris Fashion Week]

ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)