勉強をサボっている子どもにイライラしたときはどうすべきか。公認心理師の柳川由美子さんは「親のイライラや不安が伝わると、子どもはますますやる気を失う。一見ネガティブに見える行動の背景を考える『肯定的意図を探る』という心理学の手法を試してほしい」という――。
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■「息子の中学受験が不安でたまらない」

「息子が自分で中学受験したいと言い出したのに、勉強しないんです。今のままでは合格できるのか不安で仕方ありません。最近は気持ちが不安定になってしまい、体調もすぐれなくて」

カウンセリングルームに入ってきた時は「朗らかでやさしそうなお母さん」という印象だったAさんでしたが、一転して険しい表情で語り始めました。彼女には中学生の長女、小学生の長男がいます。

相談があったのは長男が小6の夏でした。長男は学校見学がきっかけで「中学受験したい」と言い出し、小5から塾に通い始めたそうです。ところが、小6になってから勉強時間が増えるどころか、だらけている時間が増えたと言います。中2の長女も中学受験で私立中学に入学していますが、そんな心配は必要なかったこと。さらに中学受験は小4から塾に通う子が多い中、スタートが遅いことも不安な理由だということでした。

カウンセリングでは今、感じていることを自由に話してもらいます。Aさんからは受験勉強だけでなく、部屋の片づけができない、学校からの手紙を出さない、朝、起きてこない……など長男が「だらしない」「なまけている」というエピソードが続々と出てきました。

さらに「放っておくと、学校で叱られたり、困ったりするだろうから」と、ランドセルから手紙を探したり、部屋を片づけたりしているというAさんの過干渉な一面も見えてきました。特に朝は何度も起こさなければいけないため、毎朝ストレスを感じているということでした。

■不安を抱えている人の「心」の傾向

カウンセリングでは最初に「エゴグラム」を実施します。これは「交流分析」という心理療法で使われる性格分析の手法で、自我状態を客観的に理解するのに役立ちます。

交流分析では、人の性格は思いやりや共感をつかさどる「親の心」、理性的に生きようとする「大人の心」、感情的な部分が強い「子どもの心」があり、この3つの割合の大きさによって性格が形作られていると考えられています。

さらに「親の心」「子どもの心」には下記の二面性があることから、最終的に性格は次の5つに分けられます。

親の心
・父親の心→自分にも他人にも厳しい
・母親の心→優しさや共感

大人の心

子どもの心
・自由な心→自由にふるまい、創造性に満ちている。だが自己欲求も強い
・順応な心→親の愛情や期待に応えようとする

不安を抱えている人は「母親の心」と子どもの「順応な心」が高い傾向にあり、実際、私のクライアントさんの8割がそうです。これ以上に深刻なのは「父親の心」と子どもの「順応な心」が高い人で、エゴグラムの結果、Aさんはまさにこのタイプ。2つの心が非常に高い一方で「母親の心」、子どもの「自由な心」は低いという結果でした。

■自分を肯定できなければ、相手を認められない

「父親の心」が高い人は自分に対して厳格なため、完璧主義の人が多く、相手に応えようともっと頑張ってしまいます。「〜ねばならない」「〜べき」などの考えが強く、自分の理想に当てはまらないとイライラし、そんな自分も嫌になってしまうのです。頑張りすぎた結果、うつになってしまうケースもあります。実際、Aさんは生活の中で細かな不満をたくさん抱えており、まわりの人に対して「本当は〜するべきなのに」という表現が多いと感じました。

エゴグラムの結果を踏まえ、私は「今のご自身の状態を知り、どうなっていきたいですか?」と問いかけました。「イライラして子どもを怒ってしまう自分を変えたい。心に余裕を持って息子と接したい」とAさん。交流分析では“I’m OK”が出せなければ、“You’re OK”も出せないと考えられています。つまり、自分を肯定できなければ、相手を認めることもできないということです。Aさんは息子さんを大切に思っているからこそ悩んでいるのに、その息子さんにもOKを出せていない状態です。

また、Aさんは息子さんの行動に問題があると思っていますが、それはAさんが「不安」というフィルターを通して息子さんの行動を見ているからだと感じました。つまり、まず変わるべきは息子さんではなく、不安やストレスを抱えたAさんだということです。

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自分自身を受容することは不安を軽くすることにもつながります。私はAさんに「自分にOKを出せないうちは、息子さんにもOKを出せませんよ。不安を軽くするためにも、まずは自分にOKを出せるようにしていきましょう」と話しました。

■多くの親は「自分に原因がある」と気づいていない

Aさんに限らず、子どもに不安を抱えて相談に来る親御さんの多くが、自分自身に原因があることに気づいていません。でも、親が変われば子どもも変わるというのは、多くのクライアントさんを見て実感することです。

もちろん、親が子どもの将来を心配するのは自然なことで、幸せになってほしい、つらい思いをしてほしくないと思うからこそ、心配になって口うるさく言ってしまうのだと思います。そこで、カウンセリングではまず「子どもを大切に思うからこそ怒ってしまうんですよね」と「リフレーミング」することから始めます。リフレーミングとは物事を別の角度から見ることによって、自分の望む状態で見つめ直す心理学の思考法です。

特にAさんのように子どもを怒ってしまう自分を責めている場合、そのままでは「ネガティブ沼」へまっしぐらでしょう。まずは怒ってしまう自分を許し、子どもを大切に思う気持ちに寄り添い意識を向けた上で、そこから子どものために何ができるのか? と考えていくことが大切です。

■子どものやる気を奪う「一言」

Aさんの話の中で「今日はよく勉強しているな、と思って飲み物を持って行ったら、スマホを見ていたのでイライラしてきつく叱ってしまった」というものがありました。スマホを見てばかり、ゲームばかりのお子さんにイライラした経験がある方は少なくないでしょう。怒らなかったとしても「そんなにゲームばかりしていて、合格できるの?」と感情的な言い方をしてしまったことはないでしょうか。これは親御さん自身、受験への不安が強く、不安から出る言葉を伝えてしまっているだけだったりします。

しかし、こうした親のイライラや不安は子どもにも伝わります。人間の脳には「ものまね脳」「共感脳」ともよばれる「ミラーニューロン」という神経細胞があり、他人の感情をまるで自分が感じているように認識してしまうからです。

そうなると自己肯定感、自己効力感が下がり、ますますやる気を失ってしまいます。私自身、心配性の母親に育てられました。親が「大丈夫なの?」と不安な態度で接してくると、自分もどんどんネガティブになってしまうものなのです。

こういう時、カウンセリングでは「肯定的意図を探る」という心理学の手法を使います。一見ネガティブに見える子どもの行動の裏にある意図を考える方法で、「その行動をすることで、子どもは何を得ているのか?」を考えてみるのです。

■「スマホで何を見ているの? どんなところが面白いの?」

例えばスマホやゲームだったら、

・受験のプレッシャーがあり、息抜きにやっているのではないか。
・勉強を続けてストレスが溜まっていて、ストレス解消がしたいのではないか。
・お母さんが応援している気持ち、心配している気持ちも分かっているからこそ、隠れてやっているのではないか。

といったことが考えられます。こうやって考えられるようになると、子どもの表面的な行動にいちいち反応しないでいられるようになります。

さらに「どんなゲームをやっているの?」「スマホで何を見ているの? どんなところが面白いの?」と興味を持つなど、楽しいという気持ちに共感できるようにしていきます。共感をベースに関わると、子どもも親の気持ちに共感してくれることが多くなります。実際、無理にやめさせるよりも共感して一緒に楽しんだことで、子どもも満足できて自主的にやめられるようになったという例を聞いたことがあります(まるで「北風と太陽」ですね)。

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また、ゲームやスマホに関しては、自分の中の「スマホやゲームは毒だ」という決めつけや思い込みが前提になっていないか、問いかけてみることも必要です。それでもスマホやゲームに興味を持てないのであれば無理をする必要はありません。子どもと一緒に「ゲーム以外に肯定的意図を満たすものは他にもないか?」と一緒に考えてみるのもおすすめです。スマホより運動してほしいと思うのなら、運動したことを褒めたり、運動して気持ちよかったという感覚に共感したりしてあげましょう。

■「受験本番に強い子」の親の特徴とは

受験期に親御さんがリラックスしているか、不安の中にいるかというのは、子どもの心理状態にも影響を与えます。それこそ子どもが勉強していなくても笑って済ませられるような親御さんは何が違うのでしょうか。

理由は色々あると思いますが、まず、わが子ならできると思えること。そして「子どもがチャレンジしたことの結果は、親がコントロールできない」と理解していることが大きいと思います。親に「失敗も経験のうち。どんな結果でもOK」だと思える心のゆとりがあると、子どもはそんな親の愛情(無条件の愛)を感じて、リスクを取る勇気を持てます。そして、どんな結果でも受け入れてもらえるという安心感から、チャレンジを楽しみ、本番でも力を発揮できるようになるのです。

写真=時事通信フォト
大学入学共通テストに臨む受験生の文房具=2024年1月13日、東京都文京区 - 写真=時事通信フォト

■無意識に「自分の価値観」を押しつけている

一方、不安の中にいる親御さんは、無意識に「子どもの将来をコントロールしたい、できる」と思っている可能性があります。その人自身が親に反抗せずに育ってきた場合、「子どもというのは親の期待に応えるべきだ」というビリーフ(思い込み)を作っているケースも少なくありません。自分の言うことを聞かない子どもを見ると自己否定された気持ちになり、コントロールすることで自分を満たしているというクライアントさんもいました。無意識のうちに「よい学歴が幸せにつながる」という価値観を押し付けている、子どもの成功が自分の成功になってしまっている、というケースもあります。

また、親御さん自身が失敗を乗り越えた経験がなかったり、失敗しないように回避させる親の元で育ったりしていると、いい予想がしにくいということもあります。私自身、3人(1男2女)の子どもを育ててきましたが、小学生から塾に通わせるなど、教育には一生懸命でした。でも、心理学を学んだ後は、受験期も「最終的には縁がある学校に行くだろう」とおおらかに見守れるようになり、あまり口出しをしなくなりました。自分の経験から失敗にもプラスの面があると思えるようになっていたことも大きいです。

■つい小言を言いたくなった時はどうすべきか

このように親御さんの心の状態やビリーフがお子さんに影響を与えるということはぜひ覚えておいてほしいと思いますが、今日、明日で簡単に変われるものではありません。

そこで、クライアントさんには、子どもがスマホを見たり、ゲームをやったりしているのを見て、何かマイナスな言葉を言いたくなってしまった時のワークをお伝えしています。これは怒りの感情をコントロールするアンガーマネジメントの考え方と同じで、言葉を発するのを3秒待ちます。さらに7秒待って心を落ち着けます。さらに「子どもを信じよう」「きっと○○(子どもの名前)なら大丈夫」など、決めておいたマントラを唱えて心を落ち着かせるのもおすすめです。深呼吸しながら1分30秒続けると効果が高くなります。

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■効果抜群の「不安を感じた時のワーク」

また、不安を感じた時のワークもあります。これはお子さんにもおすすめで、うちの子どもが大学受験の時、効果があったと言っていました。

不安を感じた時のワーク
1 体の中の不安を感じる部分を意識します(頭や胸の奥という人が多いです)。
2 その不安はどんな色、形、手触り、重さでしょうか? 具体的にイメージします。
3 イメージしたものを体の中から取り出すところを想像します。
4 取り出したものを葉っぱに乗せて、目の前を流れる川にスーッと流すところをイメージします。
5 不安も遠くへ流れていき、見えなくなります。

このワークはやってみると、気持ちが切り替わってスッキリします。

その後、Aさんはお子さんへの関わり方を変えただけでなく、自分が興味のあった資格を取り、仕事も始めて、自分自身の人生も楽しめるようになりました。

息子さんも無事に中学に合格しましたが、一時期、学校に行けない時期があったそうです。その時、「昔の私だったら絶対に行かせたいと思っていましたが、無理して通えなくてもいいと思えるようになったんです。ゆっくり見守ります」とおっしゃったのが印象的でした。

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柳川 由美子(やながわ・ゆみこ)
公認心理師
臨床心理士、産業カウンセラー、不安専門カウンセラー。鎌倉女子大学児童学部子ども心理学科卒業。東海大学大学院前期博士課程(文学研究科コミュニケーション学専攻臨床心理学系)修了。義母の末期がんの看病をきっかけにピアノ教師からカウンセラーを志し、自身の不安症の克服経験から、大学院等で「脳は心を解き明かせるか」「脳から見た生涯発達と心の統合」を学ぶ。2005年より大学やメンタルクリニック、企業研修などの活動を開始し、現在は「メディカルスパ西鎌倉」「メディカルスパみなとみらい」でカウンセリングを行う。1万回以上の個人セッション経験を通して相談者の共通パターンを発見。独自メソッドで解決に導いている。著書に『晴れないココロが軽くなる本』(フォレスト出版)、『不安な自分を救う方法』(かんき出版)。
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(公認心理師 柳川 由美子)