「今夜2人で…」慶應卒エリート男性の誘惑。酔いに任せた女が後悔した、悲しい結末
◆これまでのあらすじ
新婚の藤田真弓(38歳)は夫の雄介と協力し、自宅マンションの売却活動中。しかし、初めての内覧申込みで、まさかの元カレ・修平と再会。真弓の様子に探りを入れている彼の様子が、気になって…。
▶前回:元カレをたびたび見かける女。怪しんで声をかけると意味深な顔で「久しぶり」と言われ…
Vol.10 過去
「修平…!」
「久しぶりだね、真弓。あ、久しぶりでもないか。この前、お宅にお邪魔させてもらったもんね」
「はぁ…まさか、こんなところで会うなんてね」
そう、私たちが今いるのは、マンションのゴミ置き場。
元カレ・修平が私の部屋の内覧に来てからというもの、私は彼の様子が気になっていた。私の後輩である健斗くんに会い、探りを入れている様子だったが、目的は一体なんなのか――。
考えるうちに、私は、修平の思惑を予想していた。
「あなたの目的がわかったわ。10階のあの新規売出しの部屋、修平の部屋でしょ。やっぱり、ここに住んでたのね」
「なんだ、もうバレちゃったんだ。ただ正確には、住んではいない。セカンドハウスみたいな感じでたまに使ってるけど。だからこうして、時々ゴミも出してる」
話しながら、修平は涼しい表情を崩さない。
「この前は、部屋の中を見せてくれてありがとう。久しぶりに会ったら、胸が熱くなったよ。昔を思い出すような気がしてね」
修平は唇の端を持ち上げるようにして笑う。
もし彼がこのマンションに住んでいるのならば、いつかここで会うのではないかと、ここ数日考えていた。
修平の笑顔がどうしても不快にしか思えず、私はもう、彼と目を合わせることができなかった。
私は逃げるようにゴミ置き場を出て、足早に駅まで向かった。
自宅マンションから離れると少し落ち着いて、ふぅっと息をつく。
― なんで、こんなことに…。
しかし修平に言わせれば「俺の方が先にこのマンションを買ったんだからね」ということらしい。
修平は、何年も前から、それこそ私と付き合い始めた時期に、このマンションを買っていたという。
当時はまだ、今ほど価格は高騰していなかった。知人のツテで少しお得に買えるチャンスが巡ってきたので、思い切って投資用に購入を決めたのだそうだ。
― 結局ほとんど住まずに、貸しに出していたらしいけど。
この度、金利が上がっていくことも踏まえ、住人が退去したタイミングで売却を決断したらしい。
そんなとき、同じマンションの競合の住戸――つまり私の部屋が売りに出ているのを発見。中の状態が気になり、内覧を申し込むことを思いついたのだ。
修平は、笑いながら言った。
「まさか所有者が真弓だったとはな。登記簿を見て同姓同名かなと思ってたけど、本当に真弓が出てくるし。びっくりした」
― 内覧の前、あんなに準備したのに…。ただ偵察のために見に来ただけだったなんて。
悔しさがこみあげてきて、ぎゅっと拳を握りしめる。
ちなみに“メグ”と呼ばれていた同伴者の女性は、結婚を約束した婚約者でも、同棲予定の彼女でもなく、ただの遊び相手ということだったらしい。
「自然さを装うために、最近よく遊んでいる女の子を連れて行ったんだ」と修平は平然と言ってのけた。
― あの子は、一緒に住む気満々な雰囲気だったけど…。
何も知らない彼女のことを考えると、かわいそうな気持ちになってくる。
修平は昔から女性関係にだらしなかったが、今も変わっていないようだ。
先ほど、去り際に、耳元で囁かれた。
“お互い、無事に売れるよう頑張ろうね”
低い声に、ここぞという時のゆっくりとした喋り口。
― そういえば、私は、彼の声が好きだったんだ…。
彼と付き合っていた頃の記憶が、よみがえる。
◆
修平と初めて会ったのは、もう10年以上前だ。
彼は、私が今の会社に転職したばかりの頃、営業担当を任された初めてのクライアントだった。
彼の会社は、給与が高いことで有名な人気の上場企業。
当時まだ若かった修平は管理職ではなかったが、企画の大枠が決まった後の細かいすり合わせや、日常の連絡を取り仕切る担当者だった。
― この人、仕事ができるなぁ。
1つ年上の彼からは、学ぶことが多かった。
クライアント側の管理職も、修平に一目を置いていると見えて、彼にそれなりの裁量を与えている様子だった。
そんな彼と3年ほど仕事をした後、私は彼の会社の担当を離れることに。
「せっかくだから、打ち上げしようよ。2人で」
大きなプロジェクトが終わった後だった。
私と修平は、仕事のすり合わせで深夜に電話をかけ合うような間柄。年齢の近い彼が自然と敬語で話さなくなったことにも、2人きりでの打ち上げに誘われたことにも、私はあまり特別な意味を見出してはいなかった。
― でも、結局。
初めて2人で飲みに出かけたその夜、私は修平の家で一夜を過ごしたのだ。
― なんで彼の家に行ったのか…。
はっきりとした流れは覚えていない。たぶん、遊び慣れた修平に言葉巧みに言いくるめられ、酔いにまかせて軽い気持ちで家に行ったのだろう。
修平は、決して正統派イケメンではない。骨ばった輪郭にがっしりとした鼻は個性的。一般的に女性にモテるとされる顔のつくりではないと思う。
― でも。
形の整った薄い唇から発される低い声は魅力的だし、話もうまい。中学から慶應で、大学は商学部だったという彼は、女の子の楽しませ方を十分に心得ていた。
流されるようにして一夜を共にしてしまったが、意外にも修平との関係はその後も続いた。
クライアントと関係を持ってしまった気まずさから連絡を絶ったのが、逆に修平の関心を引いたのかもしれない。
何度か食事に誘われ、数回デートを重ねた後、正式に交際することになった。けれど…。
「ねえ修平。来月、私たち付き合って3年記念日だよね。そろそろ今後のことを話したいんだけど…」
「ああ、たしかにね。でも今週はちょっと疲れてるから、また今度にしてくれない?」
「…わかった」
もともとの関係性もあってか、私は修平に対して強く出ることができなかった。結婚をほのめかしても、のらりくらりとかわされるばかり。
「今やってるプロジェクトが終わったら、ちゃんと考えるから」
― 毎回、そればっかりじゃない…。
いま思えば、いい加減に扱われていたと思う。でもその時は気がつくことができなかった。「何年も付き合ったのだから、いつかはプロポーズしてくれる」と、本気で信じていたのだ。
実際、その夢は、一度叶った。5年記念のディナーの終盤、彼は108本の薔薇の花束を私に差し出してくれたのだ。
「真弓、長年待たせてごめん。俺と結婚してくれますか」
天にも昇る気持ちだった。
長年の努力が報われた。ちゃんと待っていてよかった。やっと両親を安心させられる――色々な思いで、その夜は眠れなかったのを覚えている。
さっそく両家の挨拶を調整し、2人で住む新居や家具の下見を始めた。婚約指輪と結婚指輪を選ぶために、いくつかのジュエラーに予約も入れた。
しかし…幸せなはずの結婚準備のさなかで、ある日修平がポツリとつぶやいたのだ。
「なんか俺…やっぱり、無理かも」
その日を境に、修平と連絡が取りづらくなった。約束していた私の実家への挨拶もドタキャンされてしまった。彼の住むマンションに行くと、一応は会ってくれるものの、押し黙っているばかり。
「真弓は悪くない。俺の問題なんだ」
その時調べて、男性もマリッジブルーに陥ることがあるのを知った。
「不安なことがあるなら話してみてよ。一緒に考えれば、解決できるかもしれないじゃない?」
「だから、真弓のそういうところが無理なんだよ。ずっと面倒くさいって思ってた。これが一生続くのかなと思うと…どうしても、結婚に向けて前向きに考えることができない」
頭を殴られたかのような衝撃だった。
以前にも、「真弓は真面目すぎるよね」とか「ちょっとは他の男と遊んで、息抜きしてみたら」なんて言われたことがあった。
― 冗談かと思ってずっと流してきたけど…。修平にとって、私は一緒にいると息苦しい相手なんだ。
それを最後に、修平とは完全に連絡がつかなくなった。マンションは引き払われ、1ヶ月ほど経った後に、私の口座に100万円が振り込まれていた。手切れ金、ということだったのかもしれない。
― これだけ長い時間付き合って、結婚準備まで進めてたのに、100万円でお別れって…。
意気消沈した私は「もう結婚は無理」と思ってしまった。
そして自分だけの“城”を求めて、マンションを買ったといういきさつだ。
― 偶然とはいえ、なんで今さら現れるのよ…。
◆
その日の夜。
私はそわそわと、いつもより遅い雄介の帰宅を待っていた。
― 今日、修平に会ったことを言うべきかな…。いや、言わない方がいいよね。
30代で長年付き合った恋人がいたという話は、雄介にはしたことがあるが、修平との顛末の詳しい話まではしていない。何か実害があったわけでもないから、無駄に彼を不安にさせるような話はしない方がいいのかもしれない。
悶々としていたら、ガチャガチャと扉が開く音が聞こえた。
「真弓、ただいま〜。ポストにこんなものが入ってたよ」
リビングに顔を出した彼から、“あるもの”を手渡される。
― なにこれ…!?
中身を見て思わず、ごくりと息を呑んだ。
▶前回:元カレをたびたび見かける女。怪しんで声をかけると意味深な顔で「久しぶり」と言われ…
▶1話目はこちら:「一生独身だし」36歳女が7,000万の家を買ったら…
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ポストに入っていた“あるモノ”とは…?