29歳で、突然モテなくなった美女。狙っていた男に「君のここがダメ」と指摘された欠点とは
◆これまでのあらすじ
ダメ男と10年もの付き合いを経て別れた杏奈。高校時代モテモテだった彼女は、逃した魚を捕まえるべく奮闘するも、失敗続きだ。食事会で紹介された男性ともうまく行かず、やさぐれた杏奈の前に現れたのは…!?
▶前回:一回り年上の商社マンとデートしたアラサー美女。別れ際、彼女が告げられた屈辱の一言とは
Vol.8 今こそ、リベンジの時
週末の夜。
カップルたちでにぎわうダイニングバーで、ひとり呑む杏奈に声をかけた男性は…高濱だった。
今まで何度か来店した際も、高濱の姿を見かけたことはなかった。高濱の店だということは杏奈の頭からはすっぽり抜け落ちており、だから、今夜のこの再会は狙ったわけでなく、本当に偶然だった。
「杏奈さん、ひとり?今ちょうど手が空いたところなんだ。よければ隣、いいかな?」
「いいけど…」
「こんな美人がひとりで飲んでいたら、すぐナンパされちゃうからね」
自然な距離の詰め方。やはり、高濱はスマートで素敵だ。
「てか、杏奈さんがひとりきりなんて信じられないね」
「…」
高濱のその言葉に、杏奈は急に冷静さを取り戻した。
見渡せば、店内にいる客は全てカップルだ。
楽しげに過ごす他の客たち。自分だけ取り残されているような切なさが突き刺さる。
― そうだ。私、なんでひとりなんだろう…。
高濱はきっと、暗い顔で店に入った杏奈を憐れんで、隣に来てくれたのだ。
自分はかつて、お姫様だった、はずだった。強がって、何も気にしないふりをして前向きに生きていたけれど、直人と別れてから、杏奈の心はズタズタだった。
顔を伏せ、こみあげてくるものをぐっとこらえる。
「どうしたの?」
高濱が顔を覗きこんできた。だが、醜い般若のような顔を彼に見せることはできなかった。
そんな時、はっと思い出した。高濱から、LINEを既読無視されていることを…。
申し訳なさを微塵も感じさせない態度に、悲しみがより深まる。
「そんなこと言って、高濱くんだって私のこと無視してたじゃない」
「そうだっけ…?」
「そうよ。LINEの返信、待ってたのに」
「え?」
高濱は首をかしげた。スマホを開いて少し頭を抱えたのち、はっと合点したように目を見開く。
「そうだった。ごめん、てっきり社交辞令だと」
「社交辞令?」
杏奈も慌ててスマホを見返した。自分が送ったメッセージはこうだった。
『今晩はごちそうさまでした。近々、ぜひご飯一緒に行きましょう』
なんとも微妙な文面…。社交辞令だと捉えられても仕方がないと、はじめて気づいた。
「杏奈さんにはたくさんお誘いLINEが来ていたから、もし返信しても見てくれないと思ったんだ。でも、礼儀としてスタンプくらい返せばよかったよね」
そして高濱は、深々と頭を下げる。
「本当にごめん…いや、申し訳ない!」
高濱の誠実な姿に、杏奈は胸の奥が締め付けられるような想いがした。
― 私の勘違いなのに、こんなふうに誠実に謝ってくれるなんて。
高濱の謝罪からは、その場しのぎではない誠意が伝わってくる。
「やだ、頭なんて下げないで」
「いや。悪いのは僕だから」
ここのところ、男性にぞんざいに扱われることが続いていた杏奈にとって、謙虚で優しい高濱の姿勢は心に響いた。
自分と向き合ってくれている。ただそれだけで、大切な存在として認められたような気持ちになる。
「私のほうこそ謝らせて。恨み言なんて言ってごめんなさい。見返してみたら、これじゃ社交辞令だと思われても仕方ない文面だったわ」
「でも、おわびはするよ。今日は何でも頼んでいいから」
誤解が解けて安心したのか、高濱は笑顔を見せる。その柔らかな表情は、さらに杏奈の心臓を高鳴らせた。
自分の単純さが恥ずかしい。よほど弱っているのだろう。目の前に置かれた水を一気飲みする。
「ど、どうしたの杏奈さん」
とにかく、一旦落ち着かなくては。そう自分に言い聞かせないと歯止めが効かなくなりそうなほど、気持ちが高まっていた。
「ねぇ、高濱くん、今日はお腹いっぱいなの。近々、ふたりきりでご飯一緒に行かない?」
「えっ!?」
はやる気持ち。がっついているように思われるかもしれない。そんな不安もあるけれど、後悔はしたくなかった。かすかに手を震わせ、カウンターに置かれた高濱の手に重ねる。
「…社交辞令じゃないから!」
その勢いのある一押しに、高濱は小さく微笑んで応えた。
◆
高濱はすぐに予定を調整してくれて、デートは1週間後の日曜の夜になった。
指定されたお店は、『西麻布 野口』。
高濱曰く、都内の名店の数々で腕を磨いた店主が独立した店で、飲食業界に身を置く経営者として注目していた和食店だという。
「乾杯!」
白木のカウンターに並んで座りながら、まずはビールでグラスを合わせる。
落ち着いた雰囲気の店内に、伝統的でありながらも特別感のある和の味覚。
デートの店選びにはその人の人柄が出るというが、次々と提供される丁寧で温かな料理の数々は、まさに高濱という人を表しているように感じた。
「その調子じゃ、もう元気になったみたいだね」
コースも中盤にすすんだ頃、上機嫌で冷酒を味わう杏奈の横顔を見て、高濱は微笑んだ。
「先週うちの店に来たときは、めちゃくちゃやさぐれてたから。直人も心配するはずだ」
いいムードで過ごしていたなか、突然出てきた元カレの名前に杏奈は興ざめした。
しかし、雰囲気を壊さぬように笑顔で繕う。
「もう!終わった人の名前を今さら出さないでよ」
「ごめん。直人から色々聞いていたからさ」
そう言って高濱は、ポツリポツリと話し始める。実は、杏奈と直人が別れた後、海外へ旅立つ直前の直人に呼び出され、「杏奈をよろしく」と頼まれたのだそうだ。
「…は?」
根無草のような直人の生き方に愛想が尽き、杏奈の方から別れを告げたのだ。にもかかわらず、直人が自分をモノのように他人に託そうとしていた事実に、杏奈は小さな憤りを感じた。
高濱は続ける。
「友人の頼みは無視できないからね。あの日、パーティーに出て杏奈さんと繋がったのもそのため。今日だって、直人に言われた通り、杏奈さんを見守らなきゃと思って来たんだ」
「ちょっと待って。別れを告げたのは私からだし、直人に心配される必要なんてないんだけど…」
真意を測りかねる直人の行動に対し、怒りにも似た感情が湧いてくる。
そしてそれと同時に、杏奈は気づいてしまった。友達の元カノだとはいえ、高濱が杏奈に積極的にならないわけに…。
思い返せば高濱は、再会した時からどこか一線を引いた態度をとっていた。口では杏奈のことを「憧れの存在」だと言ってくれていたのにもかかわらず。
高濱は、直人に妙なことを頼まれているせいで、杏奈を口説くことができないのだ。本当は惹かれていたとしても、直人との友情を守るために、一歩を踏み出せないでいる。
― そんなの、どうでもいいのに。大事なのは気持ちよ…。
杏奈は勝負を決するつもりで、身体を高濱に1センチ近づけた。
「ねぇ、私を心配してくれるのは、直人に頼まれたから。本当にそれだけ?」
「え、まぁ、うーん…」
「ねぇ、正直に言ってよ。本当のこと」
「じゃあ、正直に言うけど…」
杏奈は口ごもる高濱の顔を覗きこみ、仕掛けるようにいたずらっぽく微笑んだ。
返答をしばらく待っていると、次に続いたのは予想外の言葉だった。
「うちの娘に、危なっかしさが似ているんだよね。放っておくと何するかわからない感じが」
― え、娘?
頭の中が、真っ白になった。
その隠せない動揺を察したのか、高濱は慌てて自分の身の上を説明しだした。
「妻との間に3歳の娘がいるんだ。本当に目が離せない時期で」
「それって、奥さんとお子さんがいるのにデートしてくれたってこと?」
「デート?」
高濱のキョトンとした顔で、杏奈は自身の勘違いを悟り、ゆでだこのように顔が真っ赤になった。
「ごめん、デートだと思っていたなら申し訳ない。今日は単純に連絡の件でのおわびでさ。そもそも、杏奈さんは直人の元カノだし…」
「でも、もう別れているし、遠慮しなくてもいいと思うけど」
「だとしても、僕は…既婚者だし」
キッパリとそう言う高濱を前に、いますぐこの場から立ち去りたい気分になった。
高濱がこうして杏奈に優しくしてくれていたのは、あくまでも直人との約束だから。恋愛対象として、スタートラインにも立てていなかったのだ。
「…十四代、もらっていいかな」
「杏奈さん、そういうところだよ。あまり言いたくないけれど、すぐにヤケになるでしょ。だから直人も、別れた後も心配せざるを得なかったんじゃないのかな」
「…」
気づくと涙が頬を伝っていた。泣けばもっと恥ずかしく、情けなくなるとわかっているのに、堪えることができなかった。
「ごめんなさい。最近、嫌なことばかりで、私、わけがわからなくなっているの」
「そんな…杏奈さんは色々な人に愛されてるし、仕事でも充実しているように見えるけど」
「どこが。もう傷ついてばかり」
すると高濱は、杏奈の背中にそっと手を置いた。
ほのかに感じる体温からは、「きみはひとりじゃない」というメッセージが伝わってくるようだ。
「何があったの?よければ聞くよ」
優しい声に、ダメだとわかっていても心がぐらつく。
高濱にもたれかかりたいと思う衝動に、杏奈は必死であらがうのだった。
▶前回:一回り年上の商社マンとデートしたアラサー美女。別れ際、彼女が告げられた屈辱の一言とは
▶1話目はこちら:高校の同窓会。さえなかった男たちのハイスペ化を見た29歳女は…
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不安定な杏奈の気持ち。それにさらに追い打ちをかけるような知らせが…