アフリカで爆売れするスマホメーカーの正体とは。写真は2017年時のもの(写真:新華社/アフロ)

アップルが初代iPhoneを発表し、スマートフォン市場が産声を上げた2007年、ナイジェリアではアフリカ市場に特化したフィーチャーフォン(ガラケー)が発売された。

プリペイドのSIMカードを使う人が多く、通信環境が不安定な同市場向けに2枚のSIMカードを搭載できるガラケーを開発・発売したのは香港の無名ベンチャー「伝音科技」だ。

同社は2013年に深圳に本社を移し「伝音控股(トランシオン)」として再出発したが、前身時代を含め一貫してアフリカ市場を開拓してきた。

新興国でシェア拡大に成功した伝音は、スマートフォン市場が成熟し世界販売が縮小する中、今年のスマートフォン販売台数で初めてトップ5に入ることが確実視されている。

競争避けるためあえてアフリカに

伝音の前身企業は中国の携帯電話メーカーで海外販売を担当していた竺兆江氏が2006年に創業した。当時はグローバルで携帯電話市場が急成長しており、中国でもローエンドメーカーが次々に立ち上がっていた。

竺氏は競争を避けるため、スマートフォンどころか携帯電話市場が夜明け前だったアフリカにあえて狙いを定めた。

以来、ガラケーからスマートフォンにシフトしつつ高機能化を競い合う大手メーカーをよそに、消費者の所得が低く、通信環境も不安定なアフリカ市場での需要を掘り起こしてきた。

通信や電気インフラの脆弱さをカバーするため、デュアルSIMどころか4枚のSIMカードを挿入して、それぞれの電話番号で同時に待ち受けができる端末や、充電しなくても20日バッテリーが持つ端末を投入。歯と目の位置を認識して顔を識別し、黒人の肌をよりきれいに撮れる「美黒機能」付きカメラも開発した。

経済が発展し、市場が大きいナイジェリアと南アフリカ共和国を中心に、アフリカ全土に販売網を構築し、2017年にはアフリカの携帯電話市場で40%のシェアを獲得し、サムスンを抜きトップに立った。

最近はスマートフォンにも注力しており、中高価格帯の「TECNO」、割安な「itel」、若者向けの「Infinix」の3ブランドを展開する。アフリカでのブランド力は高く、中国メーカーだと知らない現地の消費者も多い。


TECNOのPOVA 5(画像:公式サイトより引用)

中国では商品を発売していないため、同国での知名度も長らくゼロに近かったが、2019年に中国の新興企業向け取引所「科創版」に上場したことで突如脚光を浴び、「アフリカの王」と呼ばれるようになった。進出先も商材も違うが、激しい競争を避けてアメリカでビジネスを始めたアパレルEC「SHEIN」と通じるものがある。

アフリカ依存のリスク

そんな「アフリカの王」も、2022年は試練に直面した。同年の売上高は前年比6.1%減の463億6000万元(約9600億円)、純利益は同35.4%減の25億2400万元(約520億円)で、上場以来初めて減収減益となった。

同社は業績悪化の理由を世界的な金融引き締めによるインフレや新型コロナウイルスの流行などでアフリカ経済の成長が鈍化したと説明した。

市場調査会社IDCによると、2022年7〜9月のアフリカ市場の出荷台数はフィーチャーフォンが同20.1%減の2440万台、スマートフォンは19.8%減の1780万台。同年10〜12月はフィーチャーフォンが前年同期比16.2%減の2270万台、スマートフォンが17.8%減の1760万台だった。

IDCはナイジェリア、南アフリカの2大市場がふるわなかったほか、輸入規制などでエジプト市場が壊滅的なダメージを受けたと分析した。

伝音の業績や市場調査の分析から、アフリカ市場には大きな機会とリスクが存在することがわかる。世界のスマートフォン市場は成熟ステージに入っているが、アフリカではフィーチャーフォンの販売台数がスマートフォンを上回っており、買い替え需要の拡大が期待できる。

一方、経済基盤が脆弱なため先進国に比べて外部環境の影響を受けやすく、アフリカ市場に依存する限り、伝音の成長も不安定になってしまう。IDCによるとアフリカのスマートフォン市場の8割超を200ドル未満(約2万9000円)のローエンド製品が占めており、ハイエンドへの移行も容易ではない。

南米で躍進、初めて世界トップ5に

もちろん伝音もアフリカ依存のリスクは以前から認識しており、2015年にインドネシア、翌2016年にインドに進出するなど、今では新興国を中心に70カ国以上に製品を展開する。 所得の低い国で種まきを続けた成果は、2023年後半に数字に現れ始めた。

同年7〜9月期 の売上高は同39.2%増の179億9300万元(約3700億円)、純利益は同194.8%増の17億8300万元(約370億円)。同社によると新興市場の開拓が進んでいることが大きいという。

伝音の成長に特に貢献しているのが南米市場だ。調査会社Canalysによると伝音は2023年7〜9月の同市場でのスマートフォン出荷台数が同159%伸び、シェアは10%で4位につけた。

中国メーカーの海外進出は、高価格品が売れやすい先進国か、地理的に近くて人口が多いインドや東南アジアが中心で、遠くて時差が大きく、経済が停滞しているうえに政情が不安定な南米の優先順位は低かった。

しかしローカル企業がさほど強くなく、他市場に比べて競争が緩やかな南米に目を付けた伝音は、アフリカで培ったノウハウを生かしコロンビア、エクアドル、ペルーで急速に浸透している。

売上高におけるアフリカ市場の比率は2019年度の75%から2022年度に44%まで低下し、製品のポートフォリオも変化した。

伝音のフィーチャーフォンも含めた携帯電話の出荷台数は2021年時点で世界3位だったが、スマートフォンのシェアでは6位以下にとどまっていた。

それが、南米をはじめとする中国以外の市場の急成長で、IDCによると2023年4〜6月のグローバルでのスマホのシェア(出荷台数ベース)で、初めてトップ5に名を連ねた。 しかも市場が前年同期比で7.8%縮小し、トップ5のうち4社がマイナスとなる中、伝音だけが同34.1%増と大きく成長した。伝音は同7〜9月のシェアでも5位に入った。

新興国での勝負がカギ

市場調査会社のCounterpointは、2023年の世界のスマートフォン出荷台数が前年比5%減り、この約10年間の最低水準まで落ち込むと予測するが 、地域別にみると北米と欧州は低迷が続く一方、中国や中東、アフリカ、インドなどの新興市場は成長基調に戻ると分析している。

コロナ禍の逆風を耐え忍んだ伝音にとって、これからがスマートフォン市場の収穫期とも言え、主戦場のアフリカ市場は、2023年7〜9月の出荷台数が前年同期比12%増の1790万台に達し、目覚ましい伸びを見せている。

Counterpointによると、電力不足で計画停電が続く南アフリカで、停電中に多様な使い方ができるスマートフォンへの買い替えが加速し、前年の輸入規制で落ち込んだエジプトでも、市場の回復が進んでいるという。

ただ、「アフリカの王」の地位も盤石ではない。中国に1990年代に進出し20年かけてカフェ市場を耕したスターバックスが、市場が十分に大きくなった時に現地企業のluckin coffee(瑞幸珈琲)の猛攻を受けたように、アフリカのスマートフォン市場には続々と中国企業が参入する。サムスン、OPPO、ファーウェイも入り乱れ、数少ない成長市場の奪い合いになっている。

ローエンドからの脱却に向け、伝音は今年2月末にバルセロナで開かれたモバイルワールドコングレス(MWC2023)に初めて参加し、折りたたみスマートフォンを発表した。アフリカより消費力が強く、シャオミが長年首位に立つインドに投入する。

本拠地でシェアを守りながら、サムスンやシャオミが強い他の新興国市場でシェアを奪えるかが、今後のカギとなりそうだ。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)