大谷翔平選手の活躍に引っ張られて、野球への注目度が高まっている。元メジャーリーガーで野球解説者の五十嵐亮太さんは「今年はスポーツ番組ではなく、ワイドショーから専門的な解説を求められた。大谷選手の活躍で、野球への興味の方向性が変わりつつある」という――。(聞き手・構成=フリーライター・山川徹)(第2回/全2回)
撮影=小川和行

■「大谷バブル」でテレビ出演が激増した

(第1回から続く)

――五十嵐さんは「2023上半期ブレイクタレント」(関東、ニホンモニター調べ)で6位になりました。2022年上半期の番組出演本数が23本だったのに対し、2023年は101本と大活躍だったようですね。

【五十嵐】本当にありがたいことです。今日(12月19日)の時点で、今年は約350本の番組に出演しています。シーズン中はほぼ休みなしでハシゴで全局に出ずっぱりでしたね。一番忙しい時期だと、朝4時から深夜0時まで出続けたこともありました。おかげで深酒をすることは減りましたね。

きっかけは大谷選手でした。実は、今年2月までは例年と変わらず、情報番組やワイドショーでの解説の仕事はさほど入っていませんでした。

ただWBCがはじまって、テレビ朝日の依頼で、台湾で開催されたグループリーグに出場するチームを取材したんです。

当初はキューバとパナマが決勝リーグに出てくるだろうと予想していたのですが、せっかく現地にきたので、イタリア、オランダ、台湾も含めた全チームを徹底的に取材しました。そうしたら予想に反して、イタリアが準々決勝に進出し、日本と対戦することになった。

■日本に残ったことが功を奏した

イタリアを取材した解説者は、ぼくだけだったので、テレビ出演のオファーが舞い込んできたのだと思います。イタリアの投手全員の持ち玉、スピード、先発投手の性格や特徴、勝ちパターンで登場する投手、劣勢時に起用される投手……。できる限り頭にたたき込んで、日本戦はどのピッチャーが先発するか、どんな展開になるか予想しました。

その後の準決勝から日本からアメリカに会場が移り、WBCに出場したことがある解説者やプロ野球OBはみんな渡米しました。

ぼくはWBC出場の経験がなかったので日本に残った。それが功を奏しました。めぼしい解説者がみんな渡米したので、ぼくが東京のスタジオ解説で声をかけていただく機会が増えていった。

WBCの結果は、みなさんがご存じのように大谷選手の大活躍で、日本が世界一になった。それから仕事が引っ切りなしにきている状態です。

■テレビ局スタッフに起きた変化

――五十嵐さんご自身にとっても意外な展開でしたか?

【五十嵐】そうですね。まさかこんなにWBCが盛り上がり、大谷選手がこれほど注目されるとは思っていませんでしたから。

その意味でも世の中の人が野球の面白さを知るきっかけが大谷選手だったと言えます。

WBCがはじまった頃、解説者に求められたのは、WBCという大会について、試合の展望、あるいは日本チームや対戦チームの情報など初歩的な話でした。

それが、徐々に大谷選手のピッチング内容や、いまのコンディションについて聞かれたり、試合のポイントなど踏み込んだ内容について質問されたりするようになりました。

毎日のようにテレビ出演を続けていて面白いなと思ったのは、制作スタッフがだんだん野球に詳しくなっていくこと。

たとえば、大谷選手の持ち玉にスイーパーという横に大きく曲がる変化球があります。野球に詳しくもない人に突然、スイーパーなんて言っても分かるわけがない。

でもあるお昼の情報番組から、視聴者が大谷選手の投げるボールに関心を持っているからスイーパーを取り上げたいと。そこでぼくは、スイーパーはどんなふうに曲がるのか、投球の際どんなスピンをかけるのか、これまでなかった球種がなぜスイーパーと呼ばれるに至ったか……詳しく説明しました。

■「スイーパー」を知りたい視聴者

【五十嵐】またあるときは、メジャーのシーズンがはじまってすぐ大谷選手に対する打撃妨害が増えました。バッターとして打席でスイングすると相手のキャッチャーミットにバットが当たってしまう。番組で解説を求められたので、プロのバッターに教えてもらったことを説明しました。

ただしあまりに内容が専門的だったので、これでいいのかなと不安も感じていました。情報番組の視聴者の方は、主婦や高齢者の方が多いと聞きます。スイーパーや打撃妨害に興味があるのだろうか、と。でも視聴者の反応がよかったので、頻繁に野球を取り上げるようになったのでしょう。

専門的な解説を続けていくうちに実感するようになったんです。野球を詳しく知りたいと思っている人たちが増えたんだな、と。

野球に興味を持っていただけるのはプロ野球のOBとして純粋にうれしかった。同時に大谷選手というスーパースターが現れたからこそ、いままでにないほど野球に注目が集まった。大谷選手の影響力の大きさを強く感じました。

■大谷愛を強く感じた番組

――テレビ出演で大谷選手の人気の高まりを実感されたんですね。

【五十嵐】もともと朝や昼のワイドショーや報道番組で野球を取り上げる機会は少なかったですからね。そのせいで制作スタッフも野球についてさほど詳しくなかった。

当初は打ち合わせでも細かいことをいろいろと聞かれました。「今日の大谷さんどうします?」なんて抽象的な質問や、「そこから教えなきゃ行けないの」という初歩的な質問も少なくなかった。でも最近はスタッフの方も野球を分かってきたのか具体的な質問が増え、打ち合わせの時間がとても短くて楽になりました。

出演者の方々も野球を、というか大谷選手を好きになっていると感じます。熱量があるのは「ひるおび」ですね。番組のコメンテーターの八代英輝さんは、大谷選手の立場になって話をする。大谷選手ならいまはこんなふうに考えていそうだなと想像してコメントなさるんです。それがとても面白い。

司会者の恵俊彰さんは、理想の大谷選手像を持っている。2人のやりとりを聞いているとぼくも楽しくなってきます。大谷選手のドジャース移籍を知った瞬間、真っ先に浮かんだのが恵さんと八代さんの顔でした。あとで聞いたら、恵さんと八代さんも、大谷選手の移籍についてラインでやりとりしていたそうです。

撮影=小川和行
「大谷選手は本当に実在するのかってくらいすごい結果を残していますよね。まさにユニコーン」と笑う五十嵐さん - 撮影=小川和行

■野球界への貢献は計り知れない

――野球人気をテレビ出演以外で感じることはありますか?

【五十嵐】野球人気というよりも大谷選手人気ですね。サウナに入っていると、おじさんたちが大谷選手の話をしているんですよ。聞いていると、野球というよりも、大谷選手にしか興味がないな、と。

プロ野球のOBとしては寂しい気もしますが、それでいいとも思っています。

大谷選手は日本の野球少年……いえ世界中の野球少年にとってのスーパースターです。WBCでの大谷選手の活躍をきっかけに野球に関心を持ち、大谷選手に憧れてメジャーの試合を観戦するようになる。そして野球を好きになり、グローブを持ち野球をはじめた人も大勢います。野球界にとって彼の貢献ははかり知れません。

先日、大谷選手が日本の小学校2万校に、3つずつ計6万個のグローブを寄贈しました。単純にグローブ1つが1万円だとしても6億円です。たとえドジャースとの契約で1000億円を手にしたとしても、簡単にできることではありません。

大谷選手は純粋に子どもたちに野球を楽しんでもらいたいと考えたのでしょう。二刀流だけではなく、そうした個性や考え方も含めて、1000億円を超える価値が、大谷選手にはあると感じるのです。

大谷選手は、子どもだけでなく、それまで野球を見たこともなかった女性たちの心もつかみました。大谷選手の活躍が、野球界の裾野を広げたと言えるでしょう。

■WBCのような試合が見られる

【五十嵐】日本がWBCで優勝し、大谷選手がホームラン王に輝き、ドジャースに移籍した2023年が日本の野球界にとってのターニングポイントになるかもしれません。

来シーズンは、これまで以上に、メディアやファンが、大谷選手に期待し、ドジャースの勝敗に一喜一憂するはずです。1000億円というプロアスリートとして世界一の契約を勝ち取ったわけですから、結果を求められるし、いい意味でも悪い意味でも注目を集めるのは間違いありません。大谷選手の活躍によって、日本の野球も盛り上がっていくはずです。

大谷選手は、あまりに現実離れした活躍をすることからアメリカでは「ユニコーン」と呼ばれています。ぼく自身も、来年の大谷選手の異次元の活躍が楽しみです。プレーオフではWBCのようなヒリヒリした短期決戦が何度も見られることでしょう。

だからこそ、彼が野球選手としての、そして人間としても魅力とともに、野球というスポーツの面白さをたくさんの人に知ってもらえるような活動をしていきたいと考えています。

----------
五十嵐 亮太(いがらし・りょうた)
野球解説者
1979年生まれ、北海道出身1997年、ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。2003年にクローザーに転向。最優秀救援投手や、優秀バッテリー賞を獲得。2009年11月にFA権を行使し、2010年シーズンからMLBニューヨーク・メッツに入団、5勝を挙げる。2012年シーズンまでMLBでプレー。その後、福岡ソフトバンクホークス、ヤクルトに在籍し、2020年シーズンを持って引退。
----------

(野球解説者 五十嵐 亮太 聞き手・構成=フリーライター・山川徹)