いつも2回目がない29歳女。彼女がデート中に無意識でやっているNG行動とは
愛おしい人といるときは、何気ない時間が特別なものに変わる。
そして、2人の時間をよりスペシャルなものにしてくれるのが、ワインだ。
ワインには、香りと舌の記憶とともに一瞬を永遠に留めてくれる不思議な力がある。
今宵も、ボトルの前に男と女がいる。
長い年月を経て、このテーブルに辿り着いたこのワインのように、とっておきの物語が紡がれる。
◆
男女のライターが交互に書いています。今宵はどちら?
Vol.4『友達止まりの女』愛理(29歳)
「2人きりで会う前は緊張していたんですけれど、良かったです。愛理さんが、本当に話しやすい方で」
代官山にあるカジュアルフレンチの店で、目の前に座っている男は、言った。
― あぁ、またか…。
屈託のない笑顔を見せる男に、悪気はないのだろう。愛理も笑顔で返すものの、内心ウンザリする。
― 今日も“話しやすい女”止まりか…。
レストランを出ても、2軒目に誘われることはないだろう。
「また2人で飲みましょう。他にもまだ、いろいろ話したいことあるので」
男は言うかもしれないが、それも毎度のことだ。
20代前半なら、それが次のデートの誘いだと勘違いして、喜んでいただろう。
けれど、愛理は29歳の大人だ。
11歳で初恋を経験してから、恋愛キャリアはもう18年。さすがに相手の言葉の真意を読み取る力はついている。
今夜の男も、自分のことを異性としては見てくれないことは、愛理にもわかる。
愛理の外見は、ひいき目に見ても良いほうだ。
だから、大抵の男は、最初は愛理のことを女として接してくるし、デートに誘われる回数も多い。
そこまではいいが、2回目のデートはない。
初デートは、会話が盛り上がる。
しかし、終わってみると、愛理はいつも「話しやすい女」認定され、恋人候補ではなく、何でも話せる異性の友人ポジションに収まる。
愛理は、それが不満で不満で仕方がないのだ。
その夜、初めてデートした裕哉も、ワインが進むと上機嫌に言い放った。
「愛理さんって、話しやすいですね〜」
老舗のゲーム会社で広報を務める愛理は、イベント企画会社に勤める4歳年上の裕哉と、新作ゲームのリリースイベントという仕事の場で出会った。
プライベートの連絡先を交換して、すぐに誘いを受け、出会いから1週間でデートに臨んだのだが…。
「本当に話しやすいです」
他の男と同じように、裕哉は言った。
ワインのことを「飲みやすい」と評する人たちは多いが、作り手からすると、それは褒め言葉ではないはずだ。
時間と労力をかけて丹念に開発したワインが「飲みやすい」と言われるのは心外だろう。
それと同じことで、「話しやすい」と言われても、愛理は嬉しくない。
今回は、いつも以上に不満を抱く。
なぜなら、裕哉はここ数年で出会った誰よりも魅力的だったから。外見、人当たり、仕事ぶり、どれをとっても申し分がない。
― なのに…。結局、今夜も友達止まりか。
ワインを飲み過ぎていたのか、少し自暴自棄になった愛理は、メイン料理の鴨肉のコンフィがテーブルに到着する前に、ワインを一飲みし、思いの丈をぶちまけてしまった。
「話しやすい話しやすい、って言いますけど、あれって何なんですかね?
こっちが嬉しくなると思って言ってるんですかね?だとしたら、大きな勘違いだと思います。
男の人とデートするたびに、私、言われるんです。
“愛理さんって話しやすいですね”って!
もう本当に、その言葉、聞き飽きてるんです!
だって2人きりで初めてのデートなんですよ?話しやすいとか言わないで、少しは私に緊張してほしいんです。
緊張して若干しどろもどろになるぐらいが、初デートとしてちょうどいいと思いませんか?
最初のデートは緊張してちゃんと話せなくて、でも帰宅したらLINEでお互い探り合いながらまた会いましょうとなって…。
2回目のデートをして、少しずつに緊張が取れて、気づけば恋人になってる…みたいな!そういうのが、理想なんです。
なのに、いつも私って…初デートから話が盛り上がって、何でも話せる仲になって、そのまま友達コースまっしぐらなんですよ。
もう…やってらんないっ」
言い切ったあと、愛理はテーブルに顔を突っ伏した。
急に恥ずかしくなったのだ。
― 最悪だ…。余計なことを言った…。
これではただの子どもだ。大人ぶったメイクも台無し。
酔ったフリをして、帰宅したくなる。
「あの…愛理さん…顔を上げてくれませんか?」
裕哉が語りかけてくる。その声はとても柔らかい。だからこそ、愛理は、余計に顔を上げたくない。
― 私は一体何をしてるんだろう…。何と戦っているんだろう…。
裕哉は、さらに愛理に語りかける。
「実は俺は今、緊張してるんですよ」
「えっ…?」
驚いて、愛理は顔を上げる。
同時に裕哉が目を逸らす。
「本当に緊張してるんです…」
彼は、嘘をついているようには、見えない。
「俺って…本当は、つまらない男なんです。
仕事だと思うと、気さくに色んな人と話すことができるんですが、プライベートになると、途端に何を話していいかわからなくて」
愛理は、首を振りながら答える。
「そんなことないですよ。だって、たくさん話してくれてるじゃないですか」
「そんなことあるんです。これまでも付き合ってきた女性たちに、そう言われて、フラれてきましたから…。実際、本当につまらない男なんで」
裕哉はうつむく。
あらためて愛理は、そんなことはない、と思った。
仕事の話から、家族の話、趣味の話まで広範囲にわたって話してくれて、裕哉の人となりがよくわかった。
話を聞いて、愛理は、彼のことをさらに魅力的だと感じた。
ゆえに「話しやすい」と言われたことには、正直ガッカリしたが…。
「だから、今夜はたくさん話さないといけないって思ったんです。愛理さんには、つまらない男だと思ってほしくなくて。でも、緊張しすぎて話しすぎました」
顔を上げた裕哉は、真剣な表情でそう言った。
「え…今、何て?」
「俺は、緊張すると、話しすぎるタイプの人間なんです」
そんなタイプの人間がいるのか、と愛理は訝しむ。
人は――特に男性は――緊張すると話せなくなる生き物ではあるが、愛理を異性として意識していない彼らは、ベラベラと饒舌に話してくる。
そして最終的に、「愛理さんって話しやすいですね」と言う。
男とは、みんなそういうものだと思い込んでいた。
「ウソばっかり言わないでください」
反射的に愛理は呟く。
「ウソじゃありません」
裕哉は、否定する。
「緊張してたくさん話しすぎて…我に返って反省していたところなんです。俺ばかりじゃなくて、愛理さんの話も聞きたいです」
「…私の話?」
「まだ、出会って1週間ですけど、愛理さんは過去に出会ったどんな女性よりも魅力的だと思っています」
「…え?」
「『え?』って、え?」
「どのあたりが?」
「仕事ぶり。人当たり。外見。です。お仕事をご一緒して、ほとんど一目惚れでした。だから今夜、緊張していたんです。
…そのせいで、話しすぎてしまいました…」
愛理は茫然とした。
― 裕哉さんが指摘してくれた私の良いところは、私が思っていた裕哉さんの良いところではないか…。
口ごもってしまった愛理に対し、裕哉はきっぱり言った。
「だから、今度は愛理さんの話が聞きたいです。愛理さんも『話しすぎた』って反省するほど、話してほしいです」
裕哉にそう言われて、愛理はやっと気づいた。
話しやすい話しやすい、と男性たちから言われることの嫌悪感の正体は、自分の話ばかりする男たちへのものだった。
― どうして男は自分の話ばかりして、私の話を聞かないの?
常日頃から、その不満があったから、そのセリフを言われるたびにガッカリしていたのだ。
「俺も、愛理さんのように『話しやすい』って言われるような聞き上手な人間になりたいです」
そう言って裕哉ははにかんだ。
まるで子どもだ。
外見だけは大人な男女が、今は子どものような内容の会話をしている。
「とにかく愛理さんは、本当に魅力的な人です」
子どものような裕哉の精一杯の告白に、愛理は聞こえた。
愛理は、頬が赤くなる感覚があるが、恥ずかしくて赤面しているのか、ただ酔っ払っているのか、それすらもわからない。
いや、どちらでもあるのだろう。
裕哉も同じように赤面していて、誤魔化すようにワインボトルを取って、少なくなっていた愛理のグラスに注ぐ。
― 子どものような自分たちにとって、このワインは最適なのかもしれない。
ニュージーランドの『トゥー・パドックス・ピノノワール』。
店員から「飲みやすい」と説明されて、オーダーしたものだ。
いつもなら「ワイン業者は手間暇かけて作ったワインを『飲みやすい』と言われて本当に嬉しいのかな?」などと言いたくなる。
だが愛理にとっては、子どものような自分たちにも飲みやすいトゥー・パドックス・ピノノワールは、過去最高に美味しい1本となった。
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