大阪出張に行っていたはずの彼のバッグの中から、軽井沢のレシートが。女が問い詰めると…
オトナの男女なら、一度や二度はあるだろう。
友達や恋人には言えない“あの夜”が…。
寂しかったから、お酒に酔っていたから、魔が差して…。
そうやって自分に言い訳をしながら、人は一夜の過ちを犯す。
これは、オトナの男女の「誰にも言えないあの夜」のストーリー。
▶前回:「夫が女として見てくれない」寂しくなった35歳女が、既婚者OKのマッチングアプリに登録したら…
Vol.5『幸せな婚約生活』玲奈(32)
― えっ…?どういうこと?
先月引っ越してきたばかりの、白金高輪のタワーマンションの一室。
2泊3日の“大阪”出張から帰ってきた婚約者の智。
しかし、私が貸したルイ・ヴィトンのボストンバッグから出てきたのは、“軽井沢”にある商業施設のレシートだった。
そこには、2名分の昼食が記載されている。
「大阪に行っていたんじゃないの…?」
智は、2日間とも大阪でクライアントと打ち合わせをし、夜は会食だったはずだ。
ほんの2ヶ月前に、智が恵比寿のフレンチレストランでプロポーズをしてくれて、私たちは婚約した。
ダイヤは大きくはないが、グラフの指輪もくれたし、年が明けたら籍を入れる約束もしている。
― こんなもの発見しなければよかった。そしたら最高に幸せだったのに。
俳優顔負けの美形な智と婚約して、港区の綺麗なタワマンに住んでいるのだから。
― それなのに、なぜ…?
私は、不安で押しつぶされそうになりながら、彼がバスルームから出てくるのを待った。
「ねぇ、智。このレシートなに」
「……」
「なんで黙ってるの?大阪出張だって言ってたよね?どうして軽井沢のアウトレットでランチしてるの?」
バスルームから出てきた智に対して、激しい感情を止められなかった。
智は、まだ黙っている。
しかも、焦る様子もなく、ただ私を静観しているのだ。
その様子が不気味で怖い。
「しかも、2人分!」
私は、智に詰め寄った。
「はぁ…。あのさ、人の物を勝手に見るなよ。鞄、借りなきゃ良かったわ」
謝るどころか、私を責める智。その様子は、私の知っている彼ではなかった。
「認めないの?こんなに堂々と、泊まりで浮気しておいて」
声を震わせ、レシートを丸めて智にぶつける。
「じゃあ、玲奈はどうなの。僕が勤めてる会社が新橋にあること、忘れてない?」
― 新橋…!?
「あの店、うちの会社の人間がよく使うんだよな。タンが絶品だろ」
そう言われてハッとした。
智は、あの夜のことを言っているのだ。私が、他の男性と一夜を過ごした日のことを。
◆
3週間前。
新居での夕食後、私は智と一緒にNetflixでドラマを見ながら、スマホに届いたDMをチェックしていた。
私は、インフルエンサーとして活動をしている。
ジワジワと増えているInstagramのフォロワーは、現在8万人。
昼間は法律事務所の事務もしており、現在の収入は、平均して月に120万ほど。
美容系アカウントはライバルが多い。そんななか、よくやっているほうだと自分でも思う。
『玲奈さんが推してるなら買います!』
『本当に32歳ですか?見えない…!やばい』
― ふふ、ありがとう〜。
同い年の智は、大手の広告代理店に勤める普通のサラリーマンだ。年収は約1,000万で、福利厚生などを鑑みると私と同じくらいだ。
男をお金で選ぶ友達が多いなか、私は自立できているので、相手の収入は気にならない。
経済的にも精神的にも自立しているところがいいと、智は付き合ってすぐにプロポーズしてくれた。
「ねぇ、智。もし私が浮気したらどうする?」
私は、一緒にドラマを見ていた智に尋ねた。ドラマのテーマが“浮気と復讐”だから、なんとなく聞いてみただけだ。
しかし、智からは予想外の答えが返ってきた。
「そうだな……玲奈はそんなことしない、と信じているけれど、もしやられたら、やり返すかな」
「やだ。怖いよ〜」
「だって、やり返した方が罪の重さを知るでしょ」
変な空気になったので、「私は浮気なんてしないけど」と、笑い飛ばしてから彼の肩に頭をくっつけた。
「玲奈ごめん、電話。外で話してくるわ」
「うん。ドラマ止めるね」
智が席を外したので、私は無意識のうちに、またInstagramを開いた。
― …ん?
すると、未読のDMの中から、あるメッセージが目に入った。
それはYouTubeのチャンネル登録者数140万人のシュンからのもの。彼は、元アイドルで35歳。
かなりの童顔で、未だに多くのファンがいて、Vlogや弾き語りの動画が人気だ。
共通の友人が何人かいるので、フォローし合っているが、直接DMが来たのは初めて。
『シュン:玲奈ちゃん、よかったら今度コラボしません?』
― なんで、私と?
確かに、私もYouTubeもやっているが、数千人しかフォロワーがいない。
『玲奈:私、YouTubeは全然なので…』
そう返信すると、すぐに反応があった。
『シュン:じゃあ、とりあえず飲みに行きませんか?』
婚約者は会社員で、シュンは自由業だ。どちらかと言えば、仕事の在り方も稼ぎ方もシュンの方が自分に近い。
純粋に話してみたくて、私はその誘いを了承した。
シュンとの夜
「玲奈ちゃん実物も可愛いね。ほぼ加工してないでしょ!」
「え〜嬉しい」
少しでも自宅から離れたエリアで会いたくて、私はシュンに銀座を指定した。
「てか、急にごめんね。実は俺、最近彼女と別れてさ…」
「そうなんだ。でも、すぐに見つかるでしょ?」
「全然!別れた後、玲奈ちゃんしか誘ってないし」
高級焼肉店の個室で、シュンは真正面から私を口説いてきた。
「うち、汐留なんだけど…来る?」
会計を済ませたシュンが言う。
こんな人が住む部屋はどんなものなのか、見てみたい。私が家に行った理由はそれだけだった。
― すごい……。
東京タワーが見える部屋に、見ただけで高級だとわかる家具や最新家電。
サラリーマンの智とでは、こんな部屋には一生住めない。そう思ったら、急にシュンが欲しくなった。
私は、欲しいものは自力で手に入れられる。だから男性を選ぶ基準はそこを重視してこなかった。
けれど、シュンみたいな人に夢を語られてしまうと、その自由さと野望に、心がまるごと持っていかれてしまう。
そんなことを思っていたら、彼の手が、私の服に触れた。
「玲奈ちゃん、かわいいね」
「…知ってる」
“結婚前の最後の火遊び“そう自分に言い訳をして、シュンに身を委ねた。
◆
「また遊びに来てね」
「…うん。おやすみなさい」
私は、シュンのマンションを出てタクシーに乗り、『今から帰る』と、智に連絡をした。
― 智には、申し訳ないけど、今日のことが、バレなきゃいいよね。
この時は、そんなふうに思っていた。
― そもそも、智は、インフルエンサーの大変さを知らない。
華やかなことばかりじゃなく、面倒くさいことをコツコツとやったから、今があるのだ。
なのに、それを解ろうとしない。
『インスタはいつか廃れるだろうな。PRと見栄の張り合いばかりで、見るのも疲れるし』
そう言われたこともある。
帰りのタクシーのなかで、私は智を心の中でムリやり悪者にした。そうじゃないと、罪悪感で押しつぶされそうだったから。
◆
「あの日、玲奈が男と居たことを後輩に聞いてから思ったんだ。僕らは、“そういうラフな関係”なのだと。だから、僕のことも詮索しないでくれ」
「何よ、それ」
私は、どうしたらいいのか、わからなくなっていた。
もちろん、自分のしたことは最低だが、智も女性と会っていたことを否定しない。
それが、気持ち悪い。
「結婚しても、俺たちお互い自由にするってのはどうかな。お互い詮索ナシで」
「そんなの…間違ってるよ」
「じゃあ、どうするの。結婚やめる?玲奈は、知り合いと焼肉を食べただけ。僕は、軽井沢で買い物をしただけ。ちがう?」
「そうかもね…」
ここで、私があの夜のことを正直に話しても、智も自分がしたことを全て話すとは思えない。
相手が浮気をしたら、仕返すのが智なのだ。
誰に聞いても、この結婚は即刻やめるべきだろう。
私は、0.5ctの指輪を見つめながら、心の中で、智に次に言う言葉を探した。
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