人間の体に生息する微生物は、本体が死ぬとそのまま死んでしまうと思われがちですが、実際には本体が死んだ後も微生物は生き続けます。そんな体内の微生物が死体の分解において果たす重要な役割について、アメリカのテネシー大学で環境微生物学教授を務めるジェニファー・デ・ブルイン氏が解説しています。

Microbial community coalescence and nitrogen cycling in simulated mortality decomposition hotspots | Ecological Processes | Full Text

https://ecologicalprocesses.springeropen.com/articles/10.1186/s13717-023-00451-y



Your microbes live on after you die − a microbiologist explains how your necrobiome recycles your body to nourish new life

https://theconversation.com/your-microbes-live-on-after-you-die-a-microbiologist-explains-how-your-necrobiome-recycles-your-body-to-nourish-new-life-214048

人体には何兆もの微生物が生息しており、それらは食物の消化や必須ビタミンの生成、感染症からの保護、その他人間の健康にとって重要なさまざまな役割を担っています。中でも多くの微生物が集中している腸内は、比較的安定した暖かい環境であり、安定した食物供給を受けることも可能です。

しかし、もし宿主である人間が死亡してしまった場合、これらの微生物は以前と同じ環境で暮らし続けることができなくなります。しかしデ・ブルイン氏らの研究によると、死体に生息している微生物は宿主が死んだ後も、腐敗した死体に生息する「ネクロバイオーム」として死体のリサイクルにおける重要な役割を果たすとのこと。



人間が死ぬと心臓は血液の循環を止め、酸素を失った細胞は自身の酵素によってタンパク質、脂質、糖質などを分解する自己融解(自己消化)と呼ばれるプロセスを始めます。宿主が死んで安定した食物供給がなくなれば、自己融解によって産生された副産物は共生する微生物にとって良いエサとなります。

また、腸内細菌のクロストリジウム綱をはじめとする嫌気性細菌は、死後全身に広がって「腐敗」と呼ばれるプロセスで内側から体を消化していきます。嫌気性細菌は酸素を使わず発酵などのプロセスでエネルギーを生成するため、分解時に腐敗臭を発生させる原因にもなっているとのこと。

デ・ブルイン氏は、「進化的な観点からすると、微生物が死にゆく体に適応する方法を進化させたのは理にかなっています。沈みゆく船のネズミのように微生物はすぐに船(宿主)を捨て、コロニーを形成する新しい宿主を見つけるのに十分な期間、世界で生き残らなければなりません。死体の炭素と栄養素を利用することで、自分たちの数を増やすことができます。個体数が多いということは、少なくとも数匹が過酷な環境の中で生き延び、新しい体を見つけられる確率が高いことを意味します」と述べています。



宿主が死んだ微生物は土壌に放出され、まったく新しい環境で既存の土壌微生物と競合する必要に迫られます。生物の体内に比べて土壌はかなり過酷な環境に思われますが、これまでの研究から宿主に関連する微生物の痕跡は、腐敗した死体の周囲で数カ月〜数年にわたって検出され続けることがわかっています。

デ・ブルイン氏らの新たな研究では、微生物は単に死体周辺の土壌に生息しているだけでなく、もともと土壌にいた微生物と協力して体の分解を促進していることがわかりました。研究チームが宿主関連微生物で満たされた分解液と土壌を混合したところ、土壌のみの場合と比べて分解速度が向上したと報告されています。また、宿主関連微生物が生物に必須の栄養素である窒素の循環を増強することも示されました。

デ・ブルイン氏は、「分解微生物は、私たちの体内で濃縮された栄養豊富な有機分子を、他の生物が新たな生命を維持するために利用できる、より小さく生物学的に利用しやすい形に変換します。腐敗した動物の近くで植物が繁茂しているのは珍しいことではなく、体内の栄養素が生態系に再利用されている証拠です」と述べ、微生物は宿主の死後も生き続けるのだと主張しました。