名門・帝国ホテル、皇居外苑で「独り負け」の衝撃

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「日本の迎賓館」として1890年に開業をした帝国ホテル。国内きっての名門ホテルだが、足元の業績は回復が遅れている(撮影:梅谷秀司)

「日比谷はいったいどうしたのか」

名門ホテル関係者らの間で、こうした心配の声が上がっている。

帝国ホテル東京、オークラ東京、ホテルニューオータニの御三家をはじめとした国内名門ホテルは、施設が所在する場所を「通称」としてお互いを呼び合う習慣がある。

例えばオークラ東京は「虎ノ門」、ホテルニューオータニは「紀尾井町」と呼ばれている。「日比谷」とは、国内ホテルの雄・帝国ホテル東京のことだ。

コロナ禍以降、業績が停滞している

明治政府や財界人が外国政府の要人たちを招く「日本の迎賓館」として1890年に開業をした帝国ホテル。発起人には、渋沢栄一も名を連ねている。海外の要人の宿泊はもちろん、有名企業の株主総会などでも使用される国内きっての名門ホテルだ。

だが、帝国ホテルはコロナ禍以降、業績が停滞している。2023年9月26日には業績予想の修正を発表した。

2023年度上半期(4〜9月)の業績は、売上高242億円(従来予想から1.5億円減少)、営業利益5.8億円(同4.3億円増)とした。前期から売上高と営業利益とも大きく伸ばしているものの、コロナ禍前の2019年度上半期と比較すると減収減益に陥っている。

周辺の競合施設と比較すると、帝国ホテルの業績が大きく見劣りすることは明らかだ。

丸の内にあるパレスホテル東京を運営するパレスホテルは、9月29日に2023年上半期(1〜6月)の業績を発表した。帝国ホテルと決算期はずれるものの、売上高172億円、営業利益40億円とコロナ禍前を上回っている。

また、同地区で宴会場・結婚式場を運営する東京會舘も8月25日に2023年度上期(4〜9月)の業績を上方修正している。同社も売上高は約67億円と営業利益は2.2億円を見込んでいる。収益認識基準の影響を加味したうえでも、コロナ禍前の業績を上回るもようだ。


宴会部門の売り上げが低迷

同じような立地で、業績の明暗がなぜ分かれたのか。

その理由として考えられるのは、帝国ホテルの宴会部門の売り上げ低迷だ。9月26日に開示された業績修正のリリースで、同社は「宴会において法人需要が伸び悩んでいる」と説明している。

帝国ホテルでは大企業の忘年会・新年会や株主総会など、多くの企業主催の大型宴会が開かれてきた。コロナ禍前に当たる2018年度の帝国ホテル東京の売上構成比は、宿泊100億円、レストラン67億円、宴会138億円。宴会はその他の売上を含めても、全体の33%を占める最大部門だった。

それが2023年4〜6月累計の構成比では27%に縮小している(上半期の部門別売上高は未開示)。

宴会には大きく分けて3つの種類がある。企業の周年パーティーなどのスポット宴会、定時株主総会や賀詞交歓会といった恒例宴会、結婚式である。「歴史が長く、ブランド力もある帝国ホテルは恒例宴会が強い。スポット宴会で負けているのではないか」と競合幹部は分析する。

製鉄大手のJFEホールディングスや化粧品国内最大手の資生堂は毎年、帝国ホテル東京の宴会場で定時株主総会を開催している優良リピーターだ。バーチャル株主総会などが定着し、規模が多少縮小している側面はあるが、帝国ホテル東京にとって、恒例宴会は岩盤売り上げである。


東京會舘は建て替えのため2015年から一時休館していたが、2019年にリニューアルオープンした(写真:記者撮影)

一方で苦戦しているとみられるのが、周年パーティーや企業の報奨パーティーなどのスポット宴会だ。ただ、スポット宴会の競争環境は激化している。2019年にオークラ東京と東京會舘が大型改装を経て営業再開をするなど、競合である国内老舗のリニューアルオープンが相次いでいるためだ。

皇居外苑でしのぎを削りあう

これまで大型改装で閉館していた競合の宴会が別のホテルに流れていたが、「(2019年に競合が開業して以降)帝国ホテルは競合からスポット宴会を削り取られているのではないか」と先述の幹部はみる。

また、宿泊についても競合と比較すると見劣りしている。

皇居外苑でしのぎを削りあうパレスホテルは、2023年上半期は宴会売り上げこそコロナ禍前を下回っているが、宿泊部門で挽回し、売上高・営業利益ともに上回っている。同社の成長を支えているのが、復活した富裕層インバウンド客だ。2023年3〜4月、パレスホテル東京では初めて平均客室単価が10万円を超えた。

一方、帝国ホテルは「宿泊は好調に推移しております」と業績修正の資料で説明しているものの、宴会の低迷を補うほどではない。

帝国ホテル東京は国内客の宿泊比率が5割程度とパレスホテル東京より高い。円安影響を加味してインバウンド客向けの値上げをしすぎると、国内客が離れかねないというジレンマを抱えている。

また客室数も帝国ホテル東京の本館570とパレスホテル東京の284と比べると2倍ある。一定程度の稼働率を確保するためには、客室を安価に販売せざるを得ない。

大手宿泊予約サイトで比較すると、予約可能である12月5日から大人2名1室の素泊まり料金は、パレスホテル東京が16万5000円(デラックスツイン with バルコニー)に対して、帝国ホテル東京は8万8000円(本館デラックスツイン)となっている。


アメリカのトランプ前大統領も宿泊したことがあるパレスホテル東京の内観。繁忙期の平均客室単価は10万円を超える(写真:記者撮影)

「全方位戦略」と「特化戦略」で真逆

ただ、帝国ホテルとしてもこうした状況に手をこまねいているわけではない。新規顧客開拓に向けて動き出している。

2023年8月には、帝国ホテル東京の「インペリアルバイキング サール」をリニューアル。フランス料理だけではなく、和食と中華料理の提供を開始した。同ホテルの顧客は2世代、3世代と幅広いため、ファミリー層など多様なニーズに対応をする。

パレスホテル東京は、富裕層インバウンドをターゲットとし、東京會舘は婚礼分野では大型挙式の獲得に注力し、成功してきた。

常連客の多い帝国ホテルが取る戦略は、幅広い顧客を獲得する「全方位戦略」で、両社の「特化戦略」とは真逆といえる。足元では回復が遅れている帝国ホテルだが、全方位戦略で立て直しができるのか。名門ホテルは正念場を迎えている。

(星出 遼平 : 東洋経済 記者)