三菱自動車は2024年初頭、12年ぶりにピックアップトラック「トライトン」を国内市場に投入する(写真:三菱自動車)

「幅広い層に売ることは無理だと思っている。だからこそ“らしさ”を追求し、特徴を選んでもらえるようなクルマづくりをできるようにしたい」

2020年ごろの経営不振から業績が急激に上向き始めている三菱自動車。直近の2023年3月期は、純利益が1687億円と4年ぶりに最高益を更新した。成長へと舵を切ろうとしている三菱自が、いま苦心しているのがブランド力の醸成だ。

三菱自の販売台数は91万台(2023年3月期)、東南アジアでは一定の存在感を見せているものの世界シェアはわずか約1%。母国市場である日本でも約2%しかない。リコール隠しや燃費不正といった問題が2000年以降に発覚しブランドも毀損した。

加藤隆雄社長は「スズキ、ダイハツ、ホンダと三菱、同じような軽自動車が並んでいたら、どこが選ばれるか。答えは明白で、三菱はお客様にほとんど選んでもらえないだろう」と断言する。

EV(電気自動車)が普及し、ソフトウェア技術が自動車の価値を左右するようになれば、エンジンや走行性能などでの差別化は難しくなる。既存の自動車メーカーにとって大きな問題だが、経営規模で劣り、研究開発費も限られる中小メーカーにとってはより大きな危機になる。

部門横断で「三菱らしさ」を追求

そうした問題意識から、加藤社長は就任してまもなく社内に、「三菱自らしさ」を追求する会議体を立ち上げた。社長自ら参加し、企画や販売、開発といった多くの部門の社員とともに、部門を超えて議論する場として活用されているという。

三菱自がこのほど開いた技術説明会では、電動化、四輪制御、耐久信頼性、快適性という4つについて独自性を生み出せる要素技術と定義。そのうえで、“三菱自動車らしさ”をより意識した新車開発を展開していくという。

加藤社長は「パリ・ダカールラリーでチャンピオンシップを獲得した実績から、走破性や4WD技術の三菱というイメージを持つ方も多い。一方で、世界初の量産EV(電気自動車)を実現した。電動化の面でもそういったイメージそのものが三菱自動車らしさとなる」と話す。

議論を経る中で、実際に形に見えるものが出始めている。

タイで生産し、海外で販売している1トンピックアップトラック「トライトン」を2024年初頭に日本市場でも投入する。

ピックアップトラックは車体と荷台が一体となった小型トラックで、山道や密林地帯、雪原など難路での走行に適している。東南アジアや北米、中東、南米など幅広い地域で一定の需要がある。

1978年に発売したトライトンは累計約560万台を生産し、世界約150カ国で販売するロングセラー商品で、悪路での走破性や堅牢性の高さが評価されている。三菱自にとって昨年、最も販売台数が多かったフラッグシップモデルだ。

そのトライトンの日本市場への投入は、2011年以来約12年ぶりとなる。日本への導入を予定しているのはディーゼルエンジンモデルのみ。昨今の電動化に逆行する流れにも見えるが、加藤社長は「日本でもアウトドア志向が強まっている。幅広く受け入れられるクルマではないが、われわれの技術を体現するモデルとしてブランドづくりにも欠かせない存在だ」と強調する。

日本のピックアップトラック市場は、トヨタ・ハイラックスの独壇場となっているが、トライトンの投入で母国市場である日本でのブランド醸成を狙う。年間数千台の販売を見込み、将来的には電動化への対応も視野に入れる。

「ラリーアート」を復活しレースに参戦

さらに、取りやめていたモータースポーツチーム「チーム三菱ラリーアート」を2022年に約10年ぶりに復活させてラリーレースに参戦。走行技術の研究開発拠点である北海道音更町のテストコース「十勝研究所」に併設する十勝アドベンチャートレイルに、岩場やぬかるみといった走行環境の悪いコースを新たに設けた。今後は一般への開放も検討するという。

「レースは限界を超えた先の経験が得られる。故障した際も限られた時間の中で原因を特定しなければならず、エンジニアの判断力や行動力が磨かれる。ヒト作りができる重要な要素だ」(加藤社長)。レースはファン作りと自社技術を磨く場の両面を併せ持ち、自動車メーカーにとっていわば基盤づくりの役割を担う。今後はより自社ブランドの訴求を意識した取り組みを広げる方針という。


北海道で技術説明会を開催。加藤隆雄社長(右)は「ブランド力醸成に向けた取り組みを強化していきたい」と強調。「パジェロ」でパリダカを2連覇した増岡浩氏(左)が登場するなど、ラリーレースでの実績をブランド再構築に活用する意図が感じられた(写真:三菱自動車)

三菱自にとって、自動運転やソフトウェアサービスといった新たな技術領域でどのように独自性を生み出していくかという課題もある。

自動車業界ではEVシフトとともに、車両の価値をソフトウェアが定義するSDV(Software Defined Vehicle)と呼ばれる考え方が広がっている。例えば、テスラが販売する自動運転機能ソフトウェアは「OTA(Over The Air=無線通信)」を通じたアップデートが可能だ。

また業界では、ソフトウェアを通じてゲームや音楽といったエンターテインメントやアプリ、決済サービスなどを新たな収益源とする動きが始まっている。テスラや中国のBYD、ホンダとソニーのEV合弁会社であるソニー・ホンダモビリティが展開するブランド「AFEELA」などは、こうしたエンターテインメント性や先進性を商品競争力として訴求している。


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三菱自は日産自動車とともにアライアンスを組むルノーが設立するEV新会社「アンペア」への出資について検討している。アンペアではソフトウェア領域の研究開発も強化する方針で、こうした外部連携をどう活用していくかも商品作りに重要な要素となる。

アウトランダーに4輪制御技術を搭載した意図

一方で、三菱自の開発フェロー・澤瀬薫氏は「今後も走行性や制御技術は商品の魅力として必ず残り続ける」と言い切る。自動運転が普及したり、エンターテインメント性が高まったりしても、運転の正確性や制御性、車内の快適性は価値として残り続けるとの考えからだ。

こうした考えを一部形にしたのが、主力SUV(多目的スポーツ車)「アウトランダー」だ。前後輪間のトルク配分や4輪ブレーキ制御を充実させた4輪制御技術を搭載した。「三菱らしさを象徴する技術に魅力がなければお客様には受け入れてもらえない」(澤瀬氏)。


十勝研究所に併設するレース施設を改修し、難路性を充実させた。4輪制御技術などもここで磨き込んだ(写真:三菱自動車)

EV時代、そしてSDVが重視されるようになるからこそ、ラリーレースから来るブランドイメージ、走行・制御技術といった三菱らしさを磨き上げる必要がある。それを新車開発やサービスにどう結びつけていけるかに、小規模メーカーの命運がかかっている。

(横山 隼也 : 東洋経済 記者)