Appleは独自の複合現実(MR)ヘッドセットを開発中であると長らくウワサされており、これの発売が数カ月以内にまで迫っているといわれています。しかし、このAppleのMRヘッドセットについてApple社内からは疑問の声が上がっていると報じられました。

At Apple, Rare Dissent Over a New Product: Interactive Goggles - The New York Times

https://www.nytimes.com/2023/03/26/technology/apple-augmented-reality-dissent.html



Apple staff reportedly express doubts about mixed-reality headset months ahead of launch - The Verge

https://www.theverge.com/2023/3/26/23657317/apple-headset-launch-employee-concerns

2018年頃、Appleは次の主力製品についての社内会議を開催しました。その中で、当時のAppleのデザイン責任者を務めていたジョナサン・アイブ氏は、AppleのTVCMのように洗練されたコンセプト動画を公開し、会議に参加していた100人のApple幹部を魅了しました。このコンセプト動画は、イギリスのロンドンでタクシーに乗った男性がARヘッドセットを着用し、サンフランシスコにいる自身の奥さんに電話をかけ、「ロンドンに来ない?」と語り男性の視点で撮影されるロンドンの街並みをARで共有するという内容です。この動画により、Appleは「デジタル世界と現実世界を融合させるヘッドセット」というビジネスの可能性を見出すこととなった模様。

AppleはそのMRヘッドセットを2023年6月に発表するべく準備を進めているそうですが、社内では懐疑的な声も多く上がっていると、The New York Timesに情報を提供したという8人の匿名の社員および元社員が語っています。Apple社内から懸念の声が上がっている理由は、MRヘッドセットの3000ドル(約39万円)という価格設定や、実用性への疑問、実績のない市場への不安などだそうです。



3人の情報筋によると、Appleが取り組むMRヘッドセット開発プロジェクトの可能性に疑問を抱き、Appleを離れた社員も複数いるそうです。また、MRヘッドセットの開発においても「音声アシスタントのSiriを利用する」などの要素で開発が進んでおらず、これを理由に解雇された従業員もいる模様。

MRヘッドセットの将来性に疑問を抱いているのは幹部クラスの従業員も同様で、特にデザイン部門の従業員からは強い反発の声が上がっていたようです。AppleのMRヘッドセットについては、2023年3月にも「ティム・クックCEOがデザイナーの『準備不足』という警告を押し切って発売される」と報じられました。

AppleのMRヘッドセットはティム・クックCEOがデザイナーの「準備不足」という警告を押し切って発売されるとの報道 - GIGAZINE



過去10年以上にわたり、テクノロジー業界ではスマートフォンに次ぐコンピューティングの新しい波としてVR・AR・MRなどがくると言われてきました。AppleのクックCEOは、2022年に学生に向けて「近い将来、『ARがない時代はどうやって生活していたんだろう?』と思うようになるでしょう。今、『インターネットがない時代は私みたいな人間はどうやって成長していたんだろう』と思う人がいるように」と語っています。

しかし、AR関連テクノロジーは「Google Glass、Magic Leap、HoloLens、Quest Proまで失敗・誤算・失望で溢れています」とThe New York Timesは指摘。Appleはこれまで新しいハードウェアとソフトウェアを組み合わせて革命的なデバイスを生み出してきたため、AR関連でも「救世主となり得る存在」とThe New York Times。ただし、そんなAppleでも課題は山積みであると指摘しています。

競合企業であるMetaは何千億円もの資金を投じてバーチャルリアリティビジネスを構築しようともがいており、2020年以降にVRヘッドセットのQuest 2を2000万台も販売することに成功しました。しかし、それでもMetaのバーチャルリアリティビジネスは赤字となっており、MetaはさらなるVRヘッドセットの普及に向けQuest ProとQuest 2の大幅な値下げを発表しています。

Metaが「Quest Pro」&「Quest 2」の大幅な値下げを発表、Quest Proは6万7300円も値下げされることに - GIGAZINE



AppleのMRヘッドセット開発プロジェクトに携わったという情報筋の中には、世界的な不景気を考慮し、AppleがMRヘッドセットの発売時期を遅らせる可能性があると推測している人もいます。Appleは過去にも新製品の発売を延期しており、落とし物トラッカーのAirTagsはプライバシー問題に対処するために1年以上発売が延期されていました。

市場調査会社のCounterpoint Researchによると、Appleが出荷するMRヘッドセットの台数は「1年目は50万台未満」と予測されています。調査会社のCreative Strategiesで消費者技術アナリストを務めるCarolina Milanesi氏は、「Appleは常に、市場がすでに確立されたタイミングで市場に参入し、その市場を変えてきました」と指摘。つまり、まだ黎明期(れいめいき)にあるバーチャルリアリティビジネスにこのタイミングで参入することは、Appleのこれまでを踏まえると異例と指摘しているわけです。

AppleのMRヘッドセットはスキー用のゴーグルのような見た目をしており、筐体はカーボンファイバー製で、バッテリーをサポートするためのヒップパック、現実世界を撮影するための外向きカメラ、アプリケーションから映画まであらゆるものをレンダリングするための2つの4Kディスプレイを搭載する模様。さらに、本体についているダイヤルを回すことで、周囲の世界のリアルタイム映像を増減できるようになるそうです。また、このMRヘッドセットはメガネをしたまま着用するよう設計されているわけではないため、コンタクトレンズを利用していない人向けに専用の度付きレンズを販売する計画もあるとのこと。



ビデオ会議や仮想世界のアバターを介して他の人と一緒に過ごすことを前提に、AppleはMRヘッドセットの開発を進めてきたそうです。さらに、AppleはMRヘッドセット用のアプリケーションを「コプレゼンス」と呼んでおり、これはMetaの「メタバース」のようなものであると指摘されています。

ただし、AppleはMRヘッドセットをMetaとは異なる方法で売り込むことになると予想されており、クックCEOはオランダメディアとのインタビューで「メタバースという言葉は一般人にとってなじみのないものであるため、使うのを避けたい」と語りました。