プレゼント。

その包み紙を開けたとき、送り主から相手への想いが明らかになる。

ずっと言えなかった気持ち。意外な想い。黒い感情…。

ラッピングで隠された、誰かの想い。

そこにあるのは、プレゼントなのか。それとも、パンドラの箱なのか──。

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今日は杏奈の誕生日。

「誕生日、おめでとう。はい、これ」

杏奈の夫は、得意げな表情でオレンジの箱を手渡す。

「わぁ〜、ありがとう!」

杏奈は満面の笑みで、それを受け取る。

「開けてみて」
「うん…。え、バーキン!?」

パっと表情を変える杏奈に、夫は満足そうに頷いた。

「俺ちょっと残ってる仕事終わらせなきゃいけないから、ちょっとだけ待ってて。そのあと、また一杯飲もう」

そう言って、夫は書斎へと戻っていく。

夫の後ろ姿を笑顔で見送ると、杏奈の表情から一気に色が消える。

「バーキン欲しいなんて、言ったことないんだけどな…」

杏奈は、ときおり思う。

夫は、杏奈のことをどれだけ知っているだろう。どれだけ知りたいと思っているのだろう、と。

杏奈がバーキンを欲しがったことなんて、一度もない。

彼が書斎に入ったことを確認すると、途中まで開けた箱を中身すら確認せずに閉じた。

ぶつくさ言いながら、杏奈はソファに寝ころぶ。

そして、もう一度書斎の方を確認してから、杏奈はタートルネックの下に隠していたアレを取り出した。




10年前、杏奈が20歳のときのこと。

杏奈は同じ女子大に通っていた友人らと、都内の有名大学の学園祭によく行っていた。もちろん、目的は男性から声をかけられること。

当時ミスコンで優勝した杏奈には、勢いがあった。

声をかけられるどころの騒ぎじゃ収まらない、男性が群がるほどにモテ散らかしていたのだ。

どれだけ声をかけられるか。まるでゲーム感覚で学園祭へと足を運んでいた。

そんなときだった。

某有名大学の学園祭で踊る彼に出会ったのは──。




まさに一目惚れだった。

彼が躍るごとに、その動きに釘づけになる。音と溶け合うような彼の存在に、杏奈は恋をしてしまったのだ。

「あ、あの…」

踊り終わった彼の元へ駆け寄り、思わず声をかけてしまったあとで、杏奈は自分の行動に自分で驚いた。

自分から男性に、アプローチという意味で声をかけたのは初めてだったから。

「はい?」

しかも、彼はキョトンとした表情で杏奈を見つめるだけ。

「あ、えっと…」

ガヤガヤと浮かれた雑音が充満する大学構内で、2人の間に気まずい沈黙が横たわる。

「なんですか…?」
「あ、連絡先教えてください!!」

ありったけの勇気を出して、自分から声をかけた。

わけがわからなそうにしていた彼の表情が、少しずつ色づいていく。

「はい、全然…。いいですよ」
「あ、ありがとうございます」

その瞬間に2人は、お互いが特別になることを予感したように思う。




それからすぐ、交際がスタート。

実は、彼は杏奈にとって初めての恋人だった。

モテることと恋愛経験は比例しない。

理想が高く、鉄壁のようにガードが固かった杏奈は、初めての相手をなかなか選べないまま成人を迎えてしまっていたのだ。

実は恋人がいたことがないということにコンプレックスを抱いていたものの、過去の自分の判断を、こんなに誇らしく思える日が来るなんて…。

杏奈は、過去の自分に頭があがらなかった。

2人は5年間もの間、誰もが割って入る隙の無いほどにお互いだけを見つめ続けた。

お互いが運命だと信じて疑わなかった。この関係に終わりが来るなんて、夢にも思わなかったのだ。

あの日までは…。




「将来の事、どう考えてるの?私と結婚するつもりあるの?」
「もうその話はやめてくれ…」

明け方の渋谷。

嫌な話を延々と繰り返す2人にはもう、修復の目途はたちそうになかった。




25歳になり、丸の内OLとして働く杏奈。有名大学を卒業したものの、就職はせずダンサーとして活動する彼。バイトをしないと生活はままならない。

「もう終わりにしよう」

杏奈は目に涙を浮かべ、彼に伝えた。

無言でうなずく彼の姿は、杏奈の目に滲んで映った。

あんなに愛し合っていた2人は、価値観のずれという案外オーソドックスな理由によって、破局を迎えてしまったのだ。



あれから5年。

もともと早く結婚して家庭に入ることが夢だった杏奈は、その後出会った少し名の知れた経営者と結婚し、夢を叶えた。

今は、彼の実家である松濤で優雅に暮らしている。

窓辺から見切れる円山町の景色を眺めながら、ダンサーとしての夢を追いか続ける彼と別れる判断をしたのは、正解だったと改めて思っていた。

そんな矢先のことだった。

「杏奈…?」

家路を急いでいたとき、懐かしい声色が耳元に響いた。

振り返ると、当時よりずっと身綺麗で、精悍な顔つきになった彼がいたのだ。

「…」
「…」

視線が絡んだその瞬間に、時間は一気に巻き戻された。




ダンサーになるという夢を、彼はちゃんと叶えていた。

「あのとき、杏奈にフラれたのが悔しくてさ…」

近くにあったカフェで、ブラックコーヒーをすすりながら彼は言う。

「え、そうなの?もう鬱陶しいと思われてるのかと思った」
「そんなことないよ。本当は別れたくなかったよ…」

そう言いながら、彼はコーヒーカップを持つ杏奈の薬指に視線を落とした。

「…」
「…」

気まずそうに指輪をさする杏奈を思ってか、彼は明るく言う。

「またご飯でも行こうよ!俺、円山町住んでるから、ご近所さんとしてさ」
「いいね、行こ行こ」

それから、2人はときおり食事に行く仲になった。



ダンサーとして独り立ちしたとはいえ、そう裕福ではない彼と行くのは、普段杏奈が行くような店ではない。

それでも、彼と一緒に過ごす時間はたまらなく楽しかった。

文字通り、本当にご飯に行くだけ。

お互い、これはデートじゃないと言い聞かせていた。

だから、お互い指一本触れなかった。

触れたら何かが決壊するみたいに、色んな思いが溢れて止まらない気がしたから。

絶妙なバランスを保ち続けた。

しかし、その関係にも終わりが来る。

「俺、ロス行くことにしたんだ」

あるとき、何でもない話をするように、彼は言ったのだ。

「え…」

杏奈の手が止まる。

「来週。本場で経験積みたいなって思って」

― そんなの聞いてない…!

杏奈は、心から叫びたい思いを必死に抑える。だって、そんなこと言う権利ないから。そんな関係じゃないから。

「そっか…」
「うん、だからまた…しばらく会えないと思う…」
「…」

“しばらく会えない”。

いつ帰ってくるの?またいつか会えるの?そう思っていいの?遊びに行ったら会ってくれる?

聞きたいことが次から次へと出てきそうになるのを、なんとか理性で押さえ込む。

「だからこれ、誕生日プレゼント」
「え…」
「誕生日、来週だよね?もう会えないから、今日渡しておこうとおもって…」

そう言って、彼は小さな箱に入ったネックレスを杏奈に渡した。

「これ…」

どこのブランドだかわからない、チープな質感。日頃の杏奈の生活に照らし合わせたら、信じられないくらい野暮ったいデザイン。

「昔、いつもクロスのピアスつけてたよね?それを覚えてて…。もう、さすがに好みじゃないのかな?とか思ったけど、今何が好きかわかんなくて…」

5年前に好きだったものを、未だに覚えてくれていた彼。

杏奈が好きそうな、喜びそうなものを選んでくれようとした。それが嬉しくて、その喜びを言葉にして表現したいけれど、伝えてしまったらそれこそ色んな思いが溢れ出てしまいそうで…。

「ありがとう」

そう伝えるのが、精一杯だった。

「…」
「ねぇ、また日本帰ってきたら連絡してほしい」

杏奈はひとつだけ、彼に願いを伝える。

「わかった、また連絡するよ」
「待ってる」

“また連絡する”。

これが社交辞令なのか、本心なのか、杏奈にはわからなかった。

― 一緒に連れていってほしい。

そう言ってしまいそうになる欲求を押さえ込み、去っていく彼の後ろ姿をいつまでも、いつまでも見送った。




杏奈は、夫を愛していた。

それに、また彼と一緒になってもうまくいく保障はないし、今の生活を捨てる勇気もない。

だから、これでよかったのだ。そう自分に言い聞かせる。

だけど…。

だけど、どうしようもなく心を動かされる彼に出会えたこと。また再会できたこと。彼から、心のこもったプレゼントをもらえたこと。

ただただ、それが嬉しくてたまらなかった。



誰にも言えない、ひとつの恋。

…恋とすら呼べないかもしれない。

もう二度と会えないかもしれないと考えると、切なくてたまらなくなる。

けれど、そんな痛いほどの切なさの中で、杏奈は身体中で感じていた。

心から好きだと思えた彼と、強烈に惹かれあったという幸運を。

タートルネックの下に隠している十字架のネックレスを握りしめ、祈る。

「どうか…。どうか彼が…。この世界のどこかで、幸せでいますように…」

開いていないエルメスの箱を横目に、杏奈はそのネックレスをいつまでもいつまでも大切に握り続けた。

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