シュンペーター理論は経済政策策定の確かな指針になりうると著者は指摘します(写真: Graphs/PIXTA)

経済成長論の権威であり、フランスをはじめ、世界最高峰の大学で教鞭をとるアギヨン教授が行った連続講義をまとめた書『創造的破壊の力:資本主義を改革する22世紀の国富論』の邦訳がついに出版された。

20世紀の偉大な経済学者シュンペーターが提唱した「創造的破壊」をベースに資本主義の未来を語る本書から、シュンペーター理論が教える政府の役割について、抜粋・編集して紹介する。

経済学のパラダイムは、経済政策の策定にあたって確かな指針となれるかどうかによっても判断できる。

理論なき成長政策の代表例

明確な経済理論の裏付けなしに練り上げられた成長政策の代表例が、経済学者のジョン・ウィリアムソンが1990年代初めに「ワシントン・コンセンサス」と名付けたものである。


「コンセンサス」と名付けられたのは、世界銀行、国際通貨基金(IMF)、アメリカ財務省の共通認識に基づいていたからだ。

この3つの機関が合意した成長政策がラテンアメリカ、アジア、旧ソ連ブロックに提言され、これらの国は提言に基づいて構造改革に取り組むことになった。

コンセンサスの3本柱は、経済の安定化、市場開放、企業の民営化である。この政策にまったく根拠がなかったわけではないが、しっかりした理論的枠組みの中での体系的な論拠はなかった。

■ワシントン・コンセンサスへの批判

ワシントン・コンセンサスには批判も多かった。

とくにリカルド・ハウスマン、ダニ・ロドリック、アンドレス・ベラスコは2008年に発表した論文で、中国や韓国はワシントンの提言にまったく従っていないが高い成長率を誇っている、ともっともな指摘をした。

なにしろ中国は大規模な国営企業を民営化するつもりは毛頭ないし、韓国は完全な貿易自由化に踏み切っていない。また逆に、ラテンアメリカ諸国は提言に従ったものの、さして成長にはつながらなかった。

そこでハウスマンらは別のアプローチを提案する。「成長診断フレームワーク」という発想に基づく現実的な政策だ。一言で言えば、国ごとに成長を阻む主要因(教育制度の非効率、信用規制、インフラの未整備等々)を突き止めるというものである。

■新古典派理論に基づく成長政策

新古典派理論では、物理的な資本の蓄積に投資すること、すなわち設備投資の促進によって1人当たりGDPを押し上げることが推奨される。

ただし資本の収穫低減の法則があるから、この方法では一定限度までの成長にとどまる。

ただ新古典派モデルは、人的資本の蓄積、具体的には教育や知識開発に投資しても成長につながると示唆する。だがこの点について新古典派理論は十分に掘り下げていない。

とくに、知的財産権の保護の重要性、競争政策が財とサービスの市場に及ぼす影響、労働市場の構造改革政策、教育政策と研究開発投資をどう組み合わせるかについて何も語っていない。

シュンペーター理論に基づく成長政策

シュンペーターの創造的破壊のパラダイムを支える第1の重要な前提は、イノベーションの積み重ねこそが成長の最大の原動力だというものである。

しかし個人は、自らのイノベーションが社会にもたらす知識の進歩も、それを踏み台にして将来のイノベーターが生み出す成果も内部化できないため、イノベーションへの投資は不十分になりがちだ。ここで、投資家としての政府の役割が重要になる。

■政府に求められる役割とは

第2の前提は、イノベーション創出を動機付けるのは、超過利潤を独り占めできる見込みだというものである。よってここでは、知的財産権の保護者としての国家の役割が重要になる。

本書では、知的財産権の保護と競争政策の補完的な関係を、また税制とイノベーションの関係を論じる。

第3の前提は、新しいイノベーションは、古いイノベーションが生み出した超過利潤を破壊するというものである。つまり創造的破壊である。

となれば新しいイノベーションは、超過利潤を死守しようとする既存企業と正面衝突することになる。ラジャンとジンガレスが明快に説明したとおり、こうした既存企業は従業員からの支持も得られる。彼らは既存事業の破壊によって失業することを恐れるからだ。

イノベーション阻止を企てるこうした団結に対し、政府には二重の役割を果たすことが求められる。

1つは、競争と新規企業の参入を保証することだ。競争政策の目的も、腐敗撲滅・ロビー活動規制政策の目的も、ここにある。もう1つは、失業時の困窮から労働者を守ることである。

シュンペーター理論の重要な示唆

創造的破壊のパラダイムというレンズを通して見ると、経済成長のプロセスに関してさらに2つの重要な側面が浮かび上がってくる。

■キャッチアップ体制からの転換

第1は、模倣と技術の最前線におけるイノベーションの問題である(技術の最前線とは、技術開発が最も進んだ段階を意味する。言い換えれば、今現在最も効率的な技術である。言うまでもなく、時間の経過とともにイノベーションによって最前線は前進する)。

生産性の向上と技術の進歩を生み出す方法は2通りある。1つは模倣だ。技術を真似すればその産業分野のベストプラクティスに適応し、最先端技術を習得できる。

もう1つは自らイノベーションを創出することである。イノベーションは、すでに技術の最先端にいて模倣すべき先行者を持たない企業に飛躍のチャンスをもたらす。

本書で論じるように、資本蓄積とキャッチアップによる成長に有利な制度と政策を採用した国は当初は高度成長を遂げるが、イノベーション主導の経済へと制度と政策を転換することが難しい。

一国の経済が成長し技術の最前線に近づくほど、イノベーションが技術の模倣に代わって成長の原動力となる。

その結果、一部の国は高度成長を維持できなくなり、1人当たりGDPは先進国の水準に届かない。

■クリーンな技術の導入と「経路依存性」

第2は、イノベーションと環境の問題である。

既存企業の問題点は、イノベーターの新規参入を阻もうとすることだけではない。そもそも彼らは技術の革新や進歩に関して保守的である。

ガソリンエンジンで過去に成功を収めた自動車メーカーは、その後もガソリンエンジンの改良にこだわる傾向がある。何と言ってもそこが得意分野だからだ。

このため、自発的に電気自動車の開発に向かおうとしない。こうした傾向を「経路依存性」と呼ぶ。政府はさまざまな手段を使って介入し、企業にクリーンな技術のイノベーションを促す必要がある。

国際競争と市民社会の力

イノベーションと創造的破壊を活性化することで政府が期待されている役割を果たすことができるのはなぜか。

政府がイノベーション企業の新規参入を促し既存企業による腐敗やロビー活動を規制するのはなぜか。権力濫用を防ぐ制度やチェック機能を国家が備えているのはなぜか。

本書ではこれらの疑問に答えたいが、その際、国際競争と市民社会の力(これはマルクスが「生産諸力」と呼んだ要素に近い)に注目する。

この2つの力は、政府に公共の利益の追求を迫る。私が資本主義の未来についてシュンペーターより楽観的なのは、この点を考慮するからだ。

国際競争と市民社会は市場経済に絶えず改善を迫ると同時に規制を要求する。だから、よりクリーンでより包摂的な成長の実現に楽観的になることができる。

(フィリップ・アギヨン : コレージュ・ド・フランス教授)
(セリーヌ・アントニン : OFCEエコノミスト)
(サイモン・ブネル : INSEEシニアエコノミスト)