学生時代に好きだった彼と久々のデート。だが、待ち合わせ場所で女が幻滅したこととは
「女の敵は女」
よく言われる言葉ではあるが、これは正しくもあり間違ってもいる。
女同士の友情は感情が共鳴したときに仲が深くなり、逆に感情が衝突すると亀裂が生じ、愛情が憎しみへと変化する。
この亀裂をうまく修復できなったとき、友人は敵となる。
だが、うまく修復できればふたりの仲はより深いものになる。
ここに、性格が正反対のふたり女がいる。
ひょんなことから東京のど真ん中・恵比寿で、同居を始めたことで、ふたりの運命が回りだす…。
テレビ局プロデューサーの諒子は、性格が正反対の大学の同級生・マリと同居中。そんな中、職場に大学時代に親密な関係だった男・屋敷錠が現れ、諒子と仕事を共にすることになり…。
▶前回:「悔しければイイ男を捕まえさいよ」夫の金で浪費三昧の妻の言葉に、頭にきた女は…
Vol.4 あの頃のまま
19時。恵比寿駅西口の長いエスカレーターの下。
長引く会議を無理やり終わらせ、諒子は錠と待ち合わせの場所へ急いで向かっていた。
再会した錠から誘われたデート。
時間ぴったりに着くと、スマホを見ながら彼は待っていた。
「よかった、待っていてくれた…」
「ははっ。まさか昔、諒子が5分遅れただけで怒って帰ったのをまだ気にしているの?」
諒子が恐る恐るうなずくと、錠はクシャっとした笑顔を見せた。
「大丈夫、俺も大人になったんだよ」
その頼もしい言葉に彼の成長を感じ、諒子はホッとする。
「 …で、どこ行くの?」
諒子は、期待に胸を膨らませながらその答えを待つ。しかし返って来たのは意外なセリフだった。
「どこでもいいよ。諒子の好きなところで」
「…え?」
13年前を思い出す。
― そうだ、彼は優柔不断で、決められない男だった。
「わ、わかった。なら『マーサーカフェ ダンロ』にでも行こうか。ゆっくりしたいよね」
「いいね!任せるよ」
探りさぐりの再会デート。諒子の心には、一抹の不安がよぎっていた。
「ハァ…」
諒子は帰宅後、気持ちを切り替えるためすぐに風呂に入った。
勝手にデートだと思い込んだ自分がいけないのだと、湯船の中で反省する。
― まさか、仕事の話だけで終わるとは、ね。
錠が書いた作品を渡され、その場で読まされ、評価を求められた3時間。
そこに好意はなく、熱意しか感じなかった。
仕事以外の会話は、近況報告のみ。
錠は今、どこかに勤めているわけでもないという。
脚本賞佳作受賞を機に、勤務していたIT系企業を辞め、現在はフリーでネット記事のライターをしているとか。
実家が資産家であるため、生活には困っていないようだ。
― 学生時代も、親のマンションで悠々自適に生活していたな…。
そんなとき、バスルームの外から、諒子の心の声を代弁するかのようなボヤキが聞こえてきた。
「20代ならわかるけど、30代半ばなんだよねー?」
諒子がバスルームから出ると、LINEでの喧嘩を一切覚えていないような態度のマリが、リビングのソファにパジャマ姿で寝転がっていた。彼女の手には錠の原稿がある。
「ちょっと、勝手に見ないでよ」
「だってテーブルに置きっぱなしだったから」
バスタオル1枚で慌てて駆け寄り、諒子は原稿を取り返す。マリは、意に介さずさらに彼の作品を評す。
「話もキャラも、若い感性のまま突き進んできたって感じだね」
「…」
マリは皮肉で言ったようだが、指摘は的を射ており、諒子は感心してしまった。
「ねぇ、デートして来たんだよね。どこ行ったの?」
ニヤニヤしながら、マリは尋ねる。
今朝の喧嘩の影響もあり諒子は、夕食が不要な理由を「錠との再会デート」だと、見栄を張ってLINEで連絡していた。
「ウェスティンホテル内のレストラン。仕事の話が多かったけど、とても話が弾んでね…」
半分は真実を混ぜてあいまいに語る。それでも、マリは目を輝かせて諒子の話を聞いている。
「ウェスティンって意外とやる〜!でも、それって仕事に対する下心じゃないの?」
またも、マリはネガティブで余計なひと言を付け加える。だが、その言葉は諒子をハッとさせた。
― 仕事への下心……。
学生時代を思い出し舞い上がっていた諒子だったが、互いの現在の立場をいまさら思い出す。
錠は駆け出し脚本家、自分は彼を使う立場なのだ…と。
◆
諒子は一晩考えた末、局長の村井から依頼された『次のドラマ企画のチームに錠を入れる』件を断ることにした。
錠自身も、付き合いのスタンスに迷っていることだろうと考えたからだ。
― だから、ふたりきりのときは、あえて仕事の話に持っていこうとしていたのかな。
しかし、村井は諒子の申し出を聞くなり、デスクで頭を抱えた。
「困るなぁ、それは」
実は錠、受賞を機に局内の様々なプロデューサーやディレクターの制作チームに入ったが、使いモノにならず問題児となっているらしい。
トリッキーな作風であることに加えて、アドバイスにも応じず、予算や枠の方向性なども全く考えない新人と、他のスタッフが匙を投げたのだと村井は言った。
「君なら調整能力も高いし、同級生だって言うだろ。だから、うまくやっていけると思ったんだよ。光るものはあるんだ、彼は」
脚本賞の各賞受賞者は、賞の副賞としてデビューを確約している。そのため、本人のやる気がある以上、最低1作は表に出せるよう面倒を見なければいけないのだという。
「…わかりました。頑張ってみます」
自分しかいないならやるしかない――。諒子は唇をかみしめた。
諒子は育てるつもりで、彼を今携わっている深夜ドラマに参加させることにした。
この企画は、人気少女漫画を原作とした1話完結もの。
メインの脚本家も別にいるため、1話だけなら、錠にも任せられそうだと考えたのだ。
「少女漫画原作ね…」
諒子はウェスティンホテルの『ザ・テラス』に錠を呼び出し、正式に脚本のオファーをした。
企画書を眺める顔はどこか渋い表情だったが、彼も自身が崖っぷちであることは理解しているのだろう。
錠は腹をくくったのか、「わかりました」と静かに答えた。
「良かった。じゃあ、来週までに1話分のプロットをお願いできるかな。チーフ脚本家の構成案をベースに、原作に忠実に書いてくれれば十分だから」
「ああ…」
彼はさっそく世界に入ったようで、諒子が渡した原作本を鋭い視線で読み始めた。
― あ、この顔…。
その横顔に、諒子の胸はドクンと音を立てた。
かつて恋い焦がれていた表情が、そこにあったから。
長い前髪からのぞく涼し気な目元。スッと通った鼻筋。この真剣な横顔が大好きだった。13年前に戻って、うっとりその顔に見とれる。
だが、そのとき――。
「諒子〜♪」
甲高いマヌケな声がどこからか聞こえてきた。
「マリ…?」
「錠くんも、久しぶりー」
諒子が振り向くと、そこにはヤツがいた。
「え、マリさん?なんで」
グイグイ近づいてくるマリに、錠は目を丸くしている。
「今、諒子の家に居候しているの。聞いたよ、脚本賞なんてすごーい!」
マリは錠にボディータッチをしながら、彼の隣の席に座った。
「今日もデート?錠くん、ウェスティン好きなのね〜」
諒子はハッとして、彼の代わりに答える。先日、ウェスティンでデートをしたと話を盛ったことを思い出したからだ。
「あ、いや、今日は私が仕事で呼び出して。マ、マリは何で?」
「夫の代理人と『龍天門』でランチミーティングしていたの。びっくりしちゃった〜。テラスでお茶して帰ろうかと思ったら、ふたりがいちゃついているんだもん。仕事といえども、さすが元恋人同士ね」
「えっ…いちゃついてもいないし、元恋人でもないよ!」
マリは自身が突っ込まれたくない話題を流し、ペラペラと滑らかな軽さで諒子たちを、ちゃかす。興奮しているのか、彼女の勢いは止まらなかった。
「え、付き合ってなかった?実際はどうだったの?ねぇ、ねぇ!」
「ちょっとやめてよ!」
微妙な関係だったと知っているはずなのに、あえて聞くマリのデリカシーのなさに、諒子は思わず大声を出してしまう。
「あ…」
周囲の客の視線がにわかに集まった。諒子は、顔を赤くしてそのまま黙った。
マリは何が悪いのかわかっていない様子だ。
― 早く帰りたい…。
すると、程なくして、低く静かなトーンの錠の声が聞こえてきた。
「あのときは、ごめん。諒子は大事な人だったけど、僕も若かったから……」
まるで、フォローするかのようなセリフ。
「それで?」とニヤニヤして突っ込むマリの問いかけに、彼は続ける。
「連絡が途絶えてからも、諒子のことはずっと気になっていた。何かあると思い出していた。今ももちろん…」
錠は諒子を見つめた。
緊張感ある甘い空気がその空間を包む。そんなふたりの横で、マリがさらに前のめりになる。
「え?え?じゃあ、まだ好きってこと?」
「うん。また会えたことを、奇跡だと思っている」
マリがアメリカナイズされたジェスチャーで「ワァオ」と声を出す。
諒子は、動き出した恋の予感を、感じずにはいられなかった。
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▶1話目はこちら:35歳独身女がセレブ妻になった同級生と再会。彼女が放った高慢なひと言に…
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錠の想いを確認した諒子は、遅れてきた幸せに溺れて…。