The 1975のマシュー・ヒーリー、北ロンドンにある自宅での密着取材が実現。キャンセルカルチャー、アートの可能性とバンドの未来について語られた、16000字ロングインタビューの後編をお届けする。

>>>【前編はこちら】The 1975密着取材 マシュー・ヒーリーが探し求める「本物の愛」

iv.キャンセルカルチャーに思うこと

マシューの自宅には、The Roomと名付けられた部屋がある。そこは整理できていない貨物用コンテナから持ち出してきた雑多なモノで埋め尽くされている。彼が「悪夢のような」その部屋を見せてくれたのは、彼が話していた「謎すぎる」激レア本に筆者が俄然興味を示したからだ。足の踏み場もないほどに物が散乱した部屋に入るのを躊躇っていた筆者に、彼は手を差し出してくれた。カオスとしか言いようがないその空間は見ていて気恥ずかしくなるほどだったが、その所有者が目の前にいなければ、筆者は大英図書館を訪れた大学院生のように、何時間も夢中になって書物を漁り続けただろう。

イースターエッグのごとく各作品に隠された様々な事柄を、The 1975のファンは確実に探り当ててきたが、マシューが所有するカルチャー関連の品々をリストアップすれば、彼の世界観が見えてくるに違いない。ダニエル・ジョンストンの初版カセットテープ、「Part of The Band」の歌詞(一部のラインについて「ここにもいかがわしい表現が出てくるね」と彼はコメント)にも出てくる詩人アルチュール・ランボーに捧げられたジャック・ケルアックのポエム、ウィリアム・バロウズ作のショットガンによる穴が空いた逮捕カード、スロッビング・グリッスルが1981年に解散する旨を記したファン宛のポストカード、これらはそのごく一部に過ぎない。

筆者の個人的なお気に入りは、デヴィッド・フォスター・ウォレスの短編集『Brief Interviews with Hideous Men』に挟み込まれていた、『Infinite Jest』の初版プレスリリースだ。ある男が忌み嫌い続けた息子と、その息子のせいで「別人のように退屈になってしまった」母親について語る『On His Deathbed』を読んで、筆者は子供を持つことを放棄しようと真剣に考えたことをマシューに伝えた。「生きることがいかに恐ろしいかを理解させてくれる映画や本は、マジで数えきれないほどある」と話すマシューは、いつかは子供がほしいという。「僕はたぶん大丈夫だと思う。子供を育てるのは金がかかるらしいからさ」


Mattys own, trousers by Louis Vuitton, shoes by John Lobb and sunglasses by Ray-Ban (Photo by Samuel Bradley / Styling by Patricia Villirillo)

彼の個人的なお気に入りの1つは、活動家のアビー・ホフマンが60年代に発行した『Fuck the System』と題された小冊子だ。同書には食糧、住まい、弁護士、ドラッグを無料で得る方法など、法の抜け穴を利用しながらニューヨークで生きていく術が記されている。父親がサッチャー政権下で苦難を強いられた炭鉱労働者のコミュニティの一員だったという事実の影響もあり、マシューは10代の頃からパンクにのめりこんでいた。「もしセックス・ピストルズのようなバンドが今の時代に存在したら、パンクという概念は左派から徹底的に非難されるだろうね」。ピンク色のその冊子を両手で持ったまま、彼はそう話す。「僕にとっての本物のカウンターカルチャー、そして進歩を体現するこういうものをガキの頃から集めてきたけど、こうして見てると自分には確固たる政治観がないのかもって感じるんだ。これらをどう扱うべきかわからないから」

読者の中にはあることを懸念する人もいるだろう。「僕はアンチ・ウォークになるつもりはないよ」。心配いらないというかのように、彼はそう口にした。彼がこれまでリベラルな考え方を示してきたのは受けがいいからという理由では決してないが、過去数年間は穿った見方をする人々から批判されるケースが増えたという。「僕が何を言ったっていうんだ?」と話しながら、彼は思い当たることを指折り数えていく。「ゲイの人々を思いやろう、黒人の人々に優しく接しよう、地球を救おう、組織宗教こそ悪だ。僕が発したのはそういうステートメントだ」

彼は2020年にTwitterのアカウントを閉鎖した理由について、文化戦争についての見解を示すことはあっても、それに加担する気はなかったからだとしている(「僕は政治的な何かの代弁者になる気はないんだ」)。YouTubeとオンライン学習は今でも頻繁に利用しているものの、スマートフォンとソーシャルメディアは基本的に厄介で面倒なものだと捉えている。屋外の日本庭園にふと目をやった時にマシューが口にした言葉からは、彼の本音が垣間見えた。「ここにはオオガラスがやってくるんだ。その足にメッセージをくくりつけて、相手のところまで届けられたらいいのにな」

マシューのようなアーティストは度々キャンセルカルチャーの標的になるが、たとえ限定的であったとしても、炎上の影響を正確に把握することは難しい(Twitterを去っても、彼が世界一有名なカルトバンドのフロントマンであり、今年最大級の話題作の共同クリエイターであるという事実は変わらない)。目に見える形でキャリアに影響を及ぼすことはなくとも、些細な諍いの積み重ねはストレスと不安を増大させていく。プチ炎上の回数ではトップクラスであろう彼は現在、ネット上で見せしめにされた若いミュージシャンたちの後見人のような存在となっている。「彼らにとって、僕は文字通りのビッグ・ブラザーなんだ。(ジョージ・)オーウェルの小説に出てくるやつじゃなくてね」と彼は話す。「キャンセルされた誰かにとって、僕のスマホは駆け込み寺のようなもんなんだよ」。『Being Funny〜』にはキャンセルカルチャーに関するトピックが見られるが、そのいくつかは非意図的なものであり、マシューは後になって気付いたという。「キャンセルされることについてのラインが3つあると思うんだけど、今頃になって『クソ、キャンセルなんて別にどうだっていいのに』って歯痒く思ってるんだ。悩んでるように思われそうだけど、あれは単に笑えるからなんだよ」と彼は話す。


Matty wears blazer by Louis Vuitton, vintage jumper by Helmut Lang, vintage shirt by Prada and vintage tie, Mattys own (Photo by Samuel Bradley / Styling by Patricia Villirillo)

大きな権力を持つ人々による露骨なモラル違反でさえ見過ごされがちな今、有名人によるそれはますます軽視されがちだ。オンラインの世界には悪者が必要だとマシューが考えるのは、我々はみなオーディエンスの前で繰り広げられるドラマの主役であり、主役はほぼ常に正義の味方だからだ。

「去年悪事を働いたやつを1人挙げろって言われても、僕はたぶん答えることができない。みんな気にも留めていないんだから」とマシューは話す。「それがどんなに酷いモラル違反であっても、みんな本当にどうだっていいんだよ。僕たちはみんな、自分なりの正義を演じることにしか興味がないんだ」。彼が例として挙げたのは、新曲で使われていたフレーズが身体障害者差別にあたるとして批判され、対応を迫られたリゾのケースだ。「『Babe, you OK?』(普段と様子が異なる状況をネタにするミーム)を思い出すよ。普段は無関心な世間が、あの一件に限って深刻に問題視するはずがないんだ。あり得ない。一般的な人々がそういうことを気にかけるだけの器を備えてるなんて、正直考えられないよ」。筆者は「Babe, you OK?」のミームの喩えに共感し笑ったが、彼の発言は悪意あるユーザーによって文脈から切り離して取り上げられるかもしれない。それでも、彼はおそらく正しいのだろう。

人々が本当に気にかけているもの、それは愛だとマシューは主張する。それは各自の人生に不可欠な存在であり、そういった相手との交流から生まれる感情の起伏であり、毎晩自分の帰りを待ってくれている大切な誰かなのだと。

v.新しい形の「繋がり」

翌週にビデオ通話で話した時、マシュー・ヒーリーはまるで別人のようだった。先週と同じように、悲しみを体現したアート作品の真下にあるソファに腰掛けていた画面越しの彼は、穏やかで落ち着いていた。見張り役はおらず、自身の発言についてもそれほど慎重になっている様子はない。

前回の取材以来、彼は父親業とツアーの両立がどれくらい困難なのか考えているという。「24〜25歳の頃は、あらゆる行動が若者ならではのエネルギーに支えられてた。大人になったなんて思われたくないけど、以前の僕は何もかもに全力で取り組んでいるとは言えなかった」。彼は過去のツアーについてそう話す。「今の僕がやってることの全ては……この朝メシが物語ってるよな」。彼が持ち上げた白い皿には、魚の切り身が一切れあるだけだった。まるでピングーの食事だ。


▲Matty wears suit by Dior, vintage shirt by Raf Simons, vintage boots, Mattys own(Photo by Samuel Bradley / Styling by Patricia Villirillo)

『Being Funny〜』のリリースが近づくなか、これまで以上にパーソナルで自身の脆さを曝け出した作品を世に出すことについて、彼はどう感じているのだろうか。鯖の切り身を食べながら、彼がギアをシフトさせたのがわかった。「いい気分さ! 文句なしにね! 僕はもう何も恐れちゃいないんだ」。口をモゴモゴさせるふりをしたかと思うと、彼はふと動きを止めた。「待てよ、なんで僕はこんなに強がってるんだ?」。それは筆者も気になった。実はあなたは恐れているのではないかと訊ねると、そんなふうに考えたことはなかったと彼は言う。今作にはこれまで以上に脆い内面が反映されているという見方に、筆者は一瞬確信が持てなくなった。

いや、その見方は間違っていない。浮気をしてセックスと愛に癒しを求めようとすることを歌った、2018年発表の無防備なアコースティックバラード「Be My Mistake」がその根拠だ。同曲は本作に収録されていてもおかしくないが、(収録作の)『Brief Inquiry〜』ではどこか浮いている印象だった。彼は同意した上で、その見方を好意的に受け止められるのは、同曲が自身の脆さではなく繋がりを感じさせるからだと話した。同曲のビデオのコメント欄には次のような投稿があるという。「曲そのものじゃなくて、浮気と愛と喪失について語るRedditのスレッドみたいになってるな」。「これこそ、僕ができる限り信仰深くあろうとしてる理由なんだよ」。彼はこのコメントと、アートを介して繋がろうとする人間の本能についてそう話す。「あらゆるものに愛が溢れかえっている。アルゴリズムとかTwitterとかくだらないあれこれに関係なく、愛の大きさと美しいものを再現したいという欲求の可能性は計り知れない。宇宙がやがて滅びるっていう真理を否定したくなるほどに」

前回の取材で、マシュー・ヒーリーは本物の愛が存在するのかどうか分からないと語っていた。しかし彼は今、ロマンティックな意味での愛の有無に関わらず、誰もが音楽を介して経験する集合体としての愛について語っている。これも本物の愛の形ではないだろうか。

「100パーセント間違いない」とマシューは言った。「1万人のオーディエンスの前に立っていても、個人としての自分を心から愛してくれる恋人がいない時だってある。誰だってパートナーはほしいし、特に夜になると人肌が恋しくなる。ホテルの部屋に一人きりで、夜がどんどん迫ってくるとなると尚更だ。誰かが『マティ愛してる!』って叫ぶのが聞こえて、僕は心の中で『嘘つけ』って毒づき、相手に対して怒りさえ覚える。20代がそんなふうなのは、ボーイフレンドやガールフレンドの何もかもにロマンを求めるからだ。目の前に1万人のファンがいたって関係ないんだよ。心が満たされていて、あらゆる愛を同時に求めようとさえしなければ、愛は美しく実りあるものなんだってことに、僕はやっと気付いたんだ。あらゆるドラッグ、あらゆる経験、そしてあらゆる愛を同時に求めることを、僕はやめなきゃいけなかった」


Matty wears vintage shirt by Prada, vintage tie, Mattys own, trousers by Louis Vuitton, shoes by John Lobb and sunglasses by Ray-Ban (Photo by Samuel Bradley / Styling by Patricia Villirillo)

パンデミックと重なった過去2年の間にそれを実践した彼は、昨年からステージに立つことが苦でなくなり始めたと話す。「何が言いたいのかというと、物事を当たり前のこととして捉えなくなったってことだよ」と彼は話す。「君が言ったように、パンデミックあるいは他人との結びつきにおける新たな形は、本物の愛が具現化したものだから」

つまり、観衆の一人一人との結びつきを大切にしようという「章」を迎えたということだ。「何かに依存したり、何もかもに執着するんじゃなく、目の前にあるものすべてに感謝するってことだよ」

「それを肝に銘じて、何もかもを見境なく愛そうとしなければ、The 1975の未来には希望が持てると思うんだ」とマシューは話す。バンドはシンプルなやり方で各種ソーシャルメディアを再ローンチし、新作の収録曲を公開し始める予定だという。「僕はまだジョークを飛ばしてるけど、今の僕らはこんな感じなんだ。『コメントはどうする? 味気ないものじゃダメだし、やたら意味深なものやカッコつけたやつもNGだ』。たぶんこんな感じになると思う。『やぁみんな、いつも本当にありがとう。これを楽しんでくれたら嬉しいよ。みんなのことを愛してる』」

From Rolling Stone UK.

Photography: Samuel Bradley
Fashion direction: Joseph Kocharian
Styling: Patricia Villirillo
Makeup: Elaine Lynskey
Hair: Matt Mulhall c/o Paula Jenner @ Streeters
Photo Assistant: Stephen Elwyn Smith
Styling Assistants: Nelima Odhiambo & Rafaela Roncete
Lighting Assistants: Kiran Mane & Emilio Garfath
Studio Assistant: Oak McMahon


The 1975
『Being Funny in a Foreign Language』
2022年10月14日リリース
再生・購入:https://the1975.lnk.to/BFIAFL_JP


The 1975来日公演
神奈川 2023年4月26日(水)ぴあアリーナMM
神奈川 2023年4月27日(木)ぴあアリーナMM
愛知 2023年4月29日(土)Aichi Sky Expo(愛知県国際展示場)
大阪 2023年4月30日(日)大阪城ホール
詳細:https://www.creativeman.co.jp/artist/2023/04the1975/