フランスの高級ブランドグループ、LVMHはコロナ禍でも売上高を大幅に伸ばした。写真はルイ・ヴィトンの東京・銀座の店舗(写真:Noriko Hanasshi/Bloomberg)

コロナ禍での暮らしも3年目に入りました。足元では感染者数が再び増えていますが、フランスでは3月中旬からマスク着用義務が撤廃されるなど、コロナをめぐる規制緩和が進んでおり、「コロナ前の生活」を取り戻しつつあるようにみえます。が、多くのビジネスは「元に戻る」とは捉えておらず、より変化、進化する道を選んでいます。中でもその傾向が強く見られるのが、フランスが得意とするファッションビジネスかもしれません。

ファッションショーが全世界に開かれた

今年1月、1日のコロナ陽性判明者数が数十万人という中で、パリではメンズとオートクチュールのコレクション(ファッションショー)が開かれました。日程を把握していなくても、狭いパリの街中でマヌカンたちを頻繁に見かけるようになると「シーズンが始まったな」とわかります。

コロナの影響で、ショー(フランス語では「デフィレ」)は、前回まで多くが工夫を凝らした動画のオンライン配信などでしたが、今回はかなり多くのメゾンがリアルに戻したり、リアルとオンライン配信とのハイブリッド形式で行いました。

そもそも、写真や動画が一瞬で世界中に共有されるとは言え、コロナ前までは、ファッションショーは一部の関係者と招待客のみしか参加できない特殊な空間でした。それが、コロナによってオンラインやビデオ配信となって一気にすべての人に開かれたわけです。

「フランス・キュルチュール(France Culture)の報道によると、デザイナーのイザベル・マランなどクリエイター側にとっては、新たな表現や、創造性の幅を広げるチャンスとなり、実際こうした取り組みは高く評価されています。NFTと連動させたものや、メタバースを駆使したジュリアン・フルニエなど最先端のショーも話題となりました。

また、バイヤーがショーの期間にこぞって仕入れをするよりも年間を通して好きな時に購入するやり方が増え、ショーは商取引の場所から、SNSやニュースで拡散されやすいブランドアピールの機会に転換。コロナ禍ですべての人にショーが「開かれた」ことによって、モードの世界の商取り引きも変化したわけです。

売上高はコロナ前より2割上昇

こうした中で、圧倒的な強さを見せつけたのが、高級ブランド世界最大手、フランスのLVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンです。同社が1月末に発表した2021年12月期の決算では売上高が前年比44%増の642億1500万ユーロ(約8兆2600億円)と過去最高を記録しました。これはコロナ前の2019年と比べても20%増の水準です。

主力ブランドのルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、フェンディ、セリーヌ、ロエベによるファッションと革製品が好調だったほか、1年前から同グループとなっているティファニーの効果もあってジュエリー部門が大幅に拡大。モエ・エ・シャンドン、ヴーヴ・クリコ、シャトー・シュヴァル・ブラン、ルイナールなどのシャンパーニュ、ワイン、スピリッツ部門も業績を押し上げました。

唯一、トラベルリテール(免税店)だけが海外旅行の低迷により思うように伸びていないとのことですが、ベルナール・アルノー会長兼CEOは、同グループが2022年もラグジュアリー市場で進化を遂げるいいポジションにいる、とコメントしています。


LVMHの会長兼CEO、ベルナール・アルノー氏(写真:Bloomberg)

その秘訣について同氏は、コロナによる厳しい環境の変化にチームが柔軟に対応しながら特に顧客との関係を維持し、つねに夢を見せ続けることができたことだと語っています。

加えて、世界をよりよくするための活動にも尽力し、2021年はグループも各ブランド・メゾンもビオダイバーシティ(生物多様性)や自然保護、サヴォワールフェール(職人技、匠の技)の保存のため多くのアクションを取ったというコメントもありました。

確かにパリ市内でもLVMHによるサヴォワールフェール関連ポスターを目にし、フランス語プラットフォームのSNSでサヴォワールフェールにフォーカスしたディオールのブランド広告が流れてきた記憶が複数回あります。

長年エルメスがサヴォワールフェールの継承に力を注いでいる中、LVMHも同様の取り組みをかなり強く前面に押し出してきたのだなと感じましたが、アクションを取るだけでなく、いかにわかりやすく、エンドユーザー、あるいは潜在的な消費者まで届く形で、日常的に継続的に発信するかという部分の効果も昨年度の業績に寄与しているのかもしれません。

「ファッションユナイテッド(FASHIONUNITED)の記事によると、LVMHではまた、今年1月に世界で初めてフランスで始まった「衣服廃棄禁止令」による影響も少ないとしています。その理由は市場でのニーズを精確に把握し、品薄になりこそすれ在庫が余る状態にならないよう以前からコントロールを強化しているからだとしています。

値下げをすることでブランド価値の下がるラグジュアリーブランドの場合、在庫処理がほかのブランドと比べて困難だということで2017年にバーバリーが40億円以上相当の在庫を処分していたことがスキャンダルになりました。

が、昨年11月に逝去したルイ・ヴィトンのディレクターを務めたデザイナー、ヴァージル・アブローは、デザインありきではなく、過去のコレクションの残りの生地や皮の切れ端からデザインを組み立てていたそうです。

在庫管理のためにAI技術に投資するブランド

厳密な在庫管理のため、グッチやサン・ローランを保有するケリングはAI技術に投資するとしており、2020年の時点でエルメスは「アップサイクリング」(創造的な再利用)の過程で生まれた3万9000点もの商品を販売しているとのことですが、こういったサステナブルな側面での規制への対応も今後進化を遂げていくことでしょう。

コロナ禍におけるファッション業界の変化は、高級市場以外でも起こっています。フランスに来たことがある方はご存知かもしれませんが、フランスでは年2回、「ソルド(セール)」が実施されます。お店によってほかの時期にも値下げするところも増えてきましたが、期間は国によって指定されており、今年は1月12日から2月8日まででした。

旧シーズンの商品在庫がほぼ必ずソルドになるので、ソルド開始前にお店に通い目当ての商品を確認しておく、なんていう話もかつてはよく聞きました。が、今回のソルドは難航したようです。ジャン・カステックス首相がテレワークの義務化を発表した期間が1月3日から2月2日ということで、ソルド期間に見事に重なってしまったのです。

ユロップ1(Europe1)の報道によると、やはり街中に出る人が激減したことで、2019年に比べチェーン店では客足が30%近く減ったと回答しています。総売上高は8%低下しました。独立店はさらに厳しく、020年冬のソルドに比べ総売上高が最低でも20%低下したところが半数に上りました。

フランス衣料連盟事務局長によると、ソルド後半の2度目の値下げも89%の店舗にとって何の効果もなかったとのこと。同報道は、テレワーク、インフレ、ウィルスへの恐怖のほかに、特に首都圏では観光客の不在が大きな要因だったと分析しています。

毎回ソルドの初日は開店前に客が列を作るという個人商店が、今期は隣接する薬局に感染テストのために人が並んでいるだけで自分の商店に並ぶ人は皆無だった、と嘆いているニュースもありました。

「ソルドで購入した服にはウィルスが付着しているか?」というサイトも見られ、やはり普段より人が集まる実店舗でのソルドに不安を覚える人も多かったことが窺えます。

コロナ前より来客が増えたモール

これに対して、テレワークが吉と出たのが、パリ西部のヴェルサイユ近郊にある約2万4000平米のアウトレットモール「ワン・ネーション・パリ」です。同モールでは2021年の少なくとも2カ月の営業日で前年比28.4%の来客数の増加があったと発表しました。

アニエス・ベー、ケンゾー、ナイキなど国内外の400近くのブランドが入る同モールには、2021年にも16店舗が新規にオープン。来客数は2019年と比べても増加しており、ロックダウンによる営業停止日の予定がまだない2022年にはコンスタントに増えるとの見通しとしています。ラ・ガゼット(La Gazette)によると、現に今期のソルドでも毎週56%〜76%の売り上げ増加を記録、1500台分の駐車場が満車になっているのも目撃されたとのこと。

ファッションユナイテッドがその理由として挙げているのが、テレワークです。モールのあるパリ西部の住民の購買力が国内平均の2倍と高いうえ、もともとこの地域は住宅が多くテレワークでほかの地域に出なくなった人たちがモールへ訪れており、これが客数の増加につながりました。オフィスエリアにある店舗が軒並み打撃を受けているのと逆の現象が起こっているわけです。

コロナ禍を経て人の動きや嗜好が変わったことは、ファッション業界に大きな変化をもたらしています。その中で企業やブランドが生き残っていくには、従来の発想にとらわれず、変化を前向きに捉えて行動していくことが求められているようです。

(前島 美知子 : 研究者、起業家)