角田氏(左)と加藤氏(右)。角田氏の事務所にて撮影(写真:本人提供)

「教科書を予習するのに、いちいち調べたり考えたりせずにすむように作られた、手軽な参考書」を指す”あんちょこ”という言葉。「安直」が語源だが、「仕事にこそ、あんちょこが必要なんです」と話すのは、当サイトで『角田陽一郎のMovingStudies〜学び続けてキャリアを伸ばす〜』を連載中のバラエティプロデューサー・角田陽一郎氏だ。

そんな角田氏が、『考具』シリーズで知られる加藤昌治氏とタッグを組んだのが『仕事人生あんちょこ辞典』。昨年9月に代官山蔦屋書店で開催された本書の発売記念イベントを皮切りに、現在も配信にて、お悩み相談に答えるトークイベントを開催中だ。

今回取り上げるのは、「やりたいことがわからない」という、就活中の大学生への”あんちょこ”回答だ。(前回の記事はこちら)

就活には「就社」「就職」「就業」の3種類がある

就活中なのですが、進めていくうえで、やりたいことがわからなくなってしまいました。どうスタートし直したらいいでしょうか?」(PN:桃栗3年/大学生)

角田:僕は今、社会人入学で東大の博士課程に所属してるので、若い人との交流は比較的多いんですけれど、同じような悩みを抱えてる人は結構いますね。

加藤:俺たちが若い頃も、「やりたいこと」なんてそんなになかったよね。そこで、このお悩みを持っている人に言いたいことが2つあります。

まずはじめに、おそらく今、就職活動されてる方って、最初に入った会社に定年までいる確率は昔ほど高くないですよね。ってことは、どこかで会社を変える可能性も充分あるわけだから、長いスパンで見てみてもいいんじゃないですか、という提案。

もう1つの言いたいことは、いわゆる「就活」って3種類あると思うんです。1つ目は「就社」、つまり「その会社に入ること」。面接でよくあるいじわるな質問に、「営業をやりたいんです」って人に対して「経理に配属されたらどうする?」みたいに訊くのがあるじゃないですか。

角田:ああ、質問されますね。

加藤:そういう時に「いや御社に入りたいんです」って答えるのがよくある解答なわけですが、それが「就社」。2つ目は「就職」。この人は、今の質問に対しては「営業という職業に就きたい」と答えることになるよね。

角田:つまり、営業ならどのジャンルでもいいんだね。

加藤:だから「経理に行くことになったらどうする?」と訊かれたら、「いや、行きません」みたいに答える。「営業という職業に就く」=「就・職業」という考え方だね。そして3つ目は、加藤は「就業」と言ってるんですけど、「その業界になんとなくいたい」というもの。

角田:あー、なるほど。テレビはそれが多いかもしれない。

加藤:ということで、就活・就職と言った時には3種類あると思うんですよ。質問者の方への回答として、「自分がやりたいと思っていることは、この3つのうちのどれなのか」を一度振り返ってみるだけで、結構変わるような気がするな。

大学生はもっと大人に訊いてみるべき

角田:大学生ってやっぱり「知ってる会社のほうがいい」「親も安心するから」みたいな理由で、ネームバリューやブランドで就職先を選ぶことが多いよね。「就社」が結構多いんじゃない?

加藤:まあ多いでしょうね。

角田:でも、それこそ今通ってる大学院の同級生にも言ったことがあるんだけど、結局自分のやりたいことって、行きたい会社に行ってもやれないことのほうが多いんだよね。さっき加藤君が言ってた「営業志望だけど経理」みたいなことになっちゃう。

加藤:「就社」だと、とくに大きい会社の場合はそうなる確率が上がりますよね。

角田:加藤君の言う「就業」は、つまり「この業界だったらいいや」ってことだと思うけど、例えば今「テレビ番組つくりたいな」と思ったら、意外にサイバーエージェントに入ったほうがABEMAでやれる、みたいな話もあるわけよ。だから「テレビ業界だからテレビ局に入らなきゃ」と思わなくてもいいんだよね、って話をよくしている。

加藤君の言うように、自分が「就社」「就職」「就業」のどれに焦点が合っていて、例えばもし自分が「就社」の観点で決めてるのなら、一度振り返って、自分にとっての「就業」と「就職」がなんなのかを考えてみると、やりたいことがわからない状態から抜け出せる可能性があるのかもね。

加藤:結局、学生の方はその辺りがよくわからないんじゃないかしら。良くも悪くも経験が少ないから。だから今の角田君の話も、自分だけで考えると損で、その辺の大人にそういうことをたくさん聞いたほうがいい。いわゆるOB・OG訪問の時って、やっぱり社風のことを中心に訊いてしまうでしょう? 

もちろんそれは訊いていいんだけど、プラスアルファのことを訊いてみると、「番組というコンテンツを作りたいんだったらテレビ局以外の選択肢もあるかもね」みたいなことを教えてくれるんじゃないかな。

角田:少なくとも自分が考えるよりは広い情報をくれるよね。

加藤:そういう意味で、OB・OGだけでなく、親兄弟・親戚とか、ないしはゼミの先輩とかを含めた先達に対して、いわゆる「就活に必要な質問」とは別に、自分の知りたいことをアクティブに訊くといいんじゃないでしょうか。

もう1つ別の考え方もあって、同じ会社内の中でも思いがけない可能性があるかもしれない。ある人が「わざと大きな会社に行った」って言うんだよ。「なんでですか?」って聞いたら「社内に職種がいっぱいあるからだ」って。

角田:ああ、選べるわけだね。

加藤:例えば最初は「営業やりたい」と思って入ったのに他の職種が面白くなっちゃった時、職種が少ない会社だと、動けない。でも大きい会社だと、異動の可能性と自由があるよね。という話。加えて、会社によっては「〇〇申告制度」みたいなものがあって、実は「社内転職」の可能性が開けている。だから大きい会社がいいんだ、とその方はおっしゃる。そういう考え方も確かにありますね。

角田:それはあるよね。例えば僕が昔働いていたTBSテレビだと、テレビ以外のこともいろいろやれる。ACTシアターで演劇をやってるような人もいるし。

加藤:OB・OG訪問の時にありがちなのは、目の前にいて話を聞いている人のことばかり訊いちゃうことだよね。それはもちろん訊かないと失礼だというのもあるけれど、配慮しつつ、「他に何ができるんですか?」という辺りを訊いてみるといいのかもしれない。

角田:僕がいつも言ってるんだけど、8割ぐらいの人はいい人だからね。 2割ぐらいの悪い人は「めんどくせえよ」とか思うかもしれないけど、8割ぐらいの人はちゃんと聞いてくれるし、答えてくれる。

加藤:そりゃあそうだね。大人になると、自分の会社のことがある程度わかってるのに加えて、競合他社の話も大体わかるじゃないですか。だから、そういうのを含めてもっと「広く訊く」ことに時間を上手く使えるといいかなと思います。

「まずは3年続けてみろ」には意味がある

角田:全然違う角度から言うと、質問で「やりたいことがわからなくなってしまいました」って言ってるけれど、さっきも話した通り、やりたいことなんかどうせわかってないじゃないですか。だから、ギャンブルとして、もうインスピレーションで決めちゃうって方法もあると思うんですよ。

友人に、日本の織物研究の権威になっている女性がいるんです。それで、「あいつ、大学時代に織物の研究なんてしてたっけな?」って思ったら、やっぱり全然してなかったんだ。でも、たまたま最初に博物館に学芸員として就職して、そこで「織物担当をやって」って言われちゃったんだって。はじめは「えー」って言って織物担当になったんだけど、それで20年ぐらい経ったら、結果として日本の織物研究の権威になっちゃったわけ。

そんな話もあるので、「やりたいこと」を探しても本当にわからないなら、むしろもう賭けてみれば?って思う。なんならサイコロ振るぐらいのレベルでさ。で、目の前の仕事をやるじゃないですか。ここでポイントは、「もう無理だな」と思ったらさっさと辞めたほうがいい。何年間も居続けたりしないほうがいい。僕の経験で言うと、TBSに入社1年目の頃って本当につらくて、何回も脱走したり、仮病を使って逃げたり、いろいろしてたんです。

加藤:してたしてた。

角田:してたでしょ。その時に実家に帰ったら、親父が「いいから3年やってみろ」って言うわけだよ。


加藤:「石の上にも三年」とも言いますし。

角田:たしかにそう言うけどさ、それって言われたほうはむかつくわけだ。「親父さあ、テレビ局のADがどんだけつらいと思ってんの? 今つらいんだよ! こんなの3年やったら死んじゃうよ!」みたいにさ。その時は親父と喧嘩にもなったよ。それから色々あって2年目になっても、まだ全然会社が嫌で、「本当にTBS辞めるから」って思ったことがあったんだけど、その時同時に「会社を辞めて違う業界に行くとして、そこでもこの2年をまたやるの?」って思ったわけ。

加藤:ゼロスタートになるからねぇ。

角田:でも3年目になったらペーペーじゃないわけだよ。「だったらこのつらいのをさっさと乗り越えて、3年目になっちゃったほうがいいや」って思ったわけです。つまり、その業界に入ってみて、諦めるもよし、進めるもよし……っていうところに辿りつくのに3年ぐらいかかるんだ。親父が「3年やれ」って言ってる意味がそこでやっとわかった。「3年我慢しろ」じゃなくて、我慢できるかできないかを3年かけて知ろうと。我慢できないなら辞めてもいいと。でもその代わり、またペーペーからやり直すリスクを取ることになる。そこからは自分の判断だよね。

という訳で、ペンネーム「桃栗3年」さんに僕が言いたかったのは、「3年頑張れ」ってことです。うまくまとまったね。

(角田 陽一郎 : バラエティプロデューサー/文化資源学研究者)
(加藤 昌治 : 作家/広告会社勤務)