1月23日、駐日大使に着任したラーム・エマニュエル氏(写真:picture alliance/アフロ)

新たに駐日米国大使に任命されたラーム・エマニュエル氏が1月23日に来日し、2年以上前にウィリアム・ハガティ氏が、アメリカ上院議員選挙に出馬するために放棄して以来、事実上空席となっていた重要なポストに着任した。

エマニュエル氏は来日後、妻とともに「日本に到着したことに興奮しており、日本の皆さんにお会いしたいと切に思っています」とツイートしている。だが、彼の来日は、日本に住むアフリカ系アメリカ人の間で懸念と怒りを引き起こしている。

実際、同氏がシカゴ市長在任中にアフリカ系アメリカ人の10代の若者が殺害された事件に対するずさんな対応を理由に、エマヌエル氏を非難する人たちの多くが怒っているのだ。

ドライブレコーダーに映っていたもの

2014年10月20日、シカゴ警察のジェイソン・ヴァン・ダイク巡査により、ラクアン・マクドナルドさんが背中の9発を含む16発の銃撃を受けた。当初、この殺人は、ラクアンさんが手にナイフを持っていたこと、警察の報告書によるとヴァン・ダイク巡査を脅したことから、正当であるとされていた。

だが、警察が13カ月後の2015年11月24日にようやく公開した撮影時のドライブレコーダーの映像には、マクドナルドさんが殺害された時に警察から離れて歩いていたことが映っていた。

裁判所がビデオの公開を命じる前に、エマニュエル氏は再選を目指して出馬しており、特に黒人社会では、映像の公開が遅れたのはエマニュエル氏の責任であり、シカゴ警察による大規模な隠蔽工作もあって、二度目の就任を目指すエマニュエル氏が多大な利益を得ていたと考えている人が少なくない。

もう8年も前のことだが、シカゴ市、アメリカの黒人社会、そしてアジアの黒人社会もこのことを忘れていない。

バイデン大統領によるエマニュエル氏の指名には、民主党員からも反対の声が上がった。アレクサンドリア・オカシオ・コルテス議員は、バイデン大統領の指名を「深く恥ずべきこと」と呼び、ミズーリ州のコリ・ブッシュ議員は、上院に対して 「正しいことをして、彼の指名を阻止するように」と呼びかけた。全米有色人種地位向上協会(NAACP)の代表であるデリック・ジョンソン氏も、エマニュエル氏に対して意見を述べた。

「前シカゴ市長のエマニュエル氏は、公明正大なリーダーでも人でもないことを示した」とジョンソン氏は指摘する。「彼が公務に就いていた期間は、予防可能なスキャンダルと、シカゴの最も脆弱なコミュニティを見捨てることで重荷を背負っていたことが証明された」。

駐日アメリカ大使の重要性

在日アメリカ人、こと有色人種にとって駐日大使の果たす役割への期待は大きい。が、キャロライン・ケネディ元特使やウィリアム・ハガティ元特使が差別やダイバーシティ、インクルージョン問題に取り組んだという記憶はあまりない。

2015年に、日本の大手テレビ局が黒塗りの黒人のまねをした芸能人の番組を放送する予定で、何日も前から宣伝していたとき、私はケネディ大使に個人的に働きかけた。当時、何千人もの日本人が、放送局に番組の中止を求める署名活動を行っていた。しかし、ケネディ氏からは何の連絡もなかった。

私たちは気を落とさなかった。そして、ケネディ氏がいなくても嘆願書の提出は成功したが、「ブラックフェイス」のように自国民を侮辱することに対して、大使館が積極的に声を上げてくれていれば素晴らしいことだった。

2019年から臨時代理大使を務めたジョセフ・ヤング氏によって、多少状況は変わった。日本にいる外国人、特に有色人種にとって日本の警察による「レイシャル・プロファイリング」(特定の人種や民族、肌の色、宗教などを対象に捜査活動を行うこと)は脅威だったが、これについてアメリカ大使館は、日本で日本人ではない人が歩いたり運転したりする際には注意するようにとの警告を発している。

ブラック・ライブズ・マター(BLM)についても、アメリカ大使館が時間をかけて日本の人々にBLMについて日本語で教えてくれたおかげで、注目を集めることができた。

ヤング氏はまた、NHKが誤った情報と固定観念に満ちた番組を放送した際に、同局を非難したことにも関わっている。同大使はこの番組について、「この映像にもっと考えや配慮がなされなかったのは残念なことだ。使われている風刺画は、不快で無神経なものである」と述べている。

クリントン政権時のスーパースター

つまり、日本では大使に自国民を差別や偏見から守る役割が求められるわけだが、エマニュエル氏がその任務を果たせるかどうかについて在日アメリカ人からはさまざまな意見が出ている。

テンプル大学ジャパンキャンパス・ロースクールのディレクター兼准教授であるティナ・サンデース氏は、慎重に楽観的な見方をしている。「日本に住む外国人に影響を与える重要な問題に対する意識を高めるというヤング氏の偉大な仕事を、エマニュエル氏が引き継いでくれることを期待している。最優先すべきは、外国人留学生が教育を受けるために入国できるよう、留学生を支援することだ」。

「エマニュエル氏は、ビル・クリントン氏が大統領になるための道を切り開いた民主党のスーパースターと言われていた」というのは、ブラック・トーキョーGK創設者であるエリック・L・ロビンソン氏である。

「彼は確かに、アメリカの下院議員、民主党党員集会議長、そしてオバマ氏の首席補佐官を務めた政治的な経験がある。上院議員の同氏が駐日アメリカ大使に選ばれたことで、日米間の外交関係がさらに強化され、日米軍事同盟が推進されるだろう」(ロビンソン氏)

一方で、「ラーム氏はシカゴ市長として、シカゴにユニバーサルプレキンダーガーテンや無料のコミュニティカレッジを導入するなど、いくつかの実績を残している。ワシントンDCやシカゴでさまざまな嵐を切り抜けてきたはずで、それが日本でも活かされるのではないか」との期待も示す。

同氏の任命をめぐってもさまざまな意見があるが、「エマニュエル氏が任命されたのは、"バディシステム"のおかげだ」と、46歳のアメリカ人で米空軍退役軍人のクリントン・マイヤーズ氏は見る。

「ラーム氏はクリントン、オバマ両大統領を助け、バイデン氏はオバマ氏の副大統領だった。私の考えでは、ラーム氏はシカゴで行った犯罪的で恐ろしい仕事を隠蔽するために大使の地位を与えられたのではないか。大使の地位は、大統領の友人に与えられるものだ。そして、彼は3人の大統領の友人だった」(マイヤーズ氏)

在日アメリカ人から上がる懸念の声

一方、シカゴでの過去を知っているほぼすべての人は、同氏の着任が日本におけるアフリカ系アメリカ人や、多様なルーツを持つ日系アメリカ人にどう影響するか懸念を抱いている。

「エマニュエル氏の承認に反対するのは当然のことだ。進歩的な変化のためには、現状の失敗に疑問を持ち、説明責任を果たす必要がある」とブラック・ライブズ・マター・トーキョー会長のジェイロン・カーター氏(49歳)は話す。「同氏が、ヴァン・ダイクによるマクドナルドさん殺害事件への対応よりも、アメリカ人と在日アメリカ人を代表することを心に留めていることに期待したい」。

現時点では、どのエマニュエル氏が大使として日本に来たのか誰にもわからない。射殺された青年の家族や黒人コミュニティ全体の叫びや要求にもかかわらず、自分の目の前で正義が遅れるのを許したエマニュエル氏なのか、それともオバマ大統領の首席補佐官としてどんな手段を使ってでも物事を成し遂げ(ここでも確かに活用できる性質だ)、政治的才能とビジネスの洞察力を駆使してシカゴを多くの人々にとって住みやすい街にしたエマニュエル氏なのか。

日本に住む黒人たちは、後者であることを望んでいる。