既婚の元カレから誘われ、26歳女が思わず心を許してしまったワケ
エリートと結婚して優秀な遺伝子を残したい。
そう願う婚活女子は多い。そのなかでも、日本が誇る最高学府にこだわる女がいた。
― 結婚相手は、最高でも東大。最低でも東大。
彼女の名は、竜崎桜子（26）。これは『ミス・東大生ハンター』と呼ばれる女の物語である。
◆これまでのあらすじ
東大卒と結婚することを夢見る桜子。 “イカ東”の加藤とデートを重ねるも、彼は長期留学の準備中だと判明。思い悩む中、参加したセミナーで元カレに遭遇し…。
元カレとの再会
「よ、桜子。久しぶり」
セミナーで声をかけてきた相手が元カレの宏太だということに、気づいた桜子は、驚きの声を上げた。
「宏太！？どうしてここにいるの？」
InstagramなどのSNS上では、たまにやりとりしているが、最後に会ったのはいつだったか、思い出せないくらい前だ。
― なんか、しばらく会わないうちに、ベンチャー経営者らしく洗練されてるし。
宏太は、ジーンズにニットというラフな服装だが、足元はグッチのローファーを合わせている。
「このセミナー、俺の会社の出資先が運営してるんだ。興味のある回は、時々見に来てるんだよね」
「ああ、そういうことね！」
それを聞いて、桜子は納得がいった。
東大の研究室との共同プロジェクトであるこのセミナーは、澤田アキナが代表を務める株式会社Atsuageが運営している。そこへ、アキナの夫の会社が出資しているというのは、以前に聞いた話だ。そして、そのアキナと宏太が、夫婦だということも。
「それにしても、桜子がこんなセミナーに参加してるなんて意外だな。おっと、もう始まりそうだね。桜子、終わったあと時間ある？せっかくだからゆっくり話そう」
「う、うん。そうね」
スーツを着た司会者らしき男性がマイクを手に現れたのを見て、宏太は会話を切り上げ、席についた。
ひらひらと振った左手の薬指には、シンプルなプラチナリングが光っていた。
宏太と再会した桜子。セミナー後に話す約束をするが…
セミナー後。
「集中してたらお腹が減った」という宏太の希望で、アトレ品川内の『エル カリエンテ モダンメキシカーノ』で食事することになった。
― 軽くお茶する程度かと思ってたら、食事か…。
アキナのことがちらりと頭をよぎったが、きっと宏太に深い意味なんてない。元カノとしてではなく、サークル仲間として誘ったのかもしれないと桜子は考えた。
いずれにせよ、未婚・彼氏ナシの桜子に対し、宏太は今や公私共に順風満帆な人生を歩む既婚者だ。そんな彼と無邪気に食事を楽しむ自信が、桜子にはなかった。
― 早めに切り上げて、帰ろう。家で半身浴でもして、ゆっくりしたい…。
そんなことを考えながら、桜子はメニューを眺めていた。
「では、久しぶりの再会に…乾杯！」
宏太が明るく音頭を取り、桜子もそれに合わせてグラスを合わせた。
1杯目は2人ともパシフィコというメキシコビールを頼んだが、近況報告をするうちにグラスはすぐに空になった。桜子は、追加でアップルジンジャーモスコミュールを注文する。
「あ、これおいしい。疲れた体に染みるわ…」
一口飲んで、桜子はつぶやいた。林檎の甘みとジンジャーのきりっとした辛さが喉の奥を通る瞬間、緊張が緩む感覚がある。
その様子を見て、宏太は「なんで、そんなに疲れてるの？」と目を丸くする。
「意外だなあ。桜子、昔は『私、疲れるのはイヤ』なんて言って、泥臭い努力が嫌いだったじゃん。勉強も就活も、『自分が取れるボールは取る。それ以上はしない』って言ってたよね…サークルでテニスやるときも」
「そうだったっけ？」
桜子は、曖昧に返事をしたが、思い当たるところがあった。積み重ねた努力が裏切られることを恐れて、必要最小限の努力で、ほどほどの結果が得られればいいと考えていたのだ。
宏太は、昔を懐かしむように話を続ける。
「そんな“ゆるふわ”な桜子が、飲み会で酔って『私、絶対に東大の人と結婚する！』だなんて珍しくアツく宣言したから、みんな面白がって“ミス・東大生ハンター”って呼ぶようになったんだよ」
「え？私、飲み会の席でそんな宣言したの？かなりイタい子じゃん…」
宏太の話に、桜子はぎょっとした。
ある時から、周りの人間が自分のことを“ミス・東大生ハンター”と呼ぶようになったのには、気づいていたが、まさか自分の宣言がきっかけだなんて思わなかった。
「俺、それ聞いて、おもしろい子だなって思ったんだ。酔っぱらってたとはいえ、いさぎよくていいなって。それで桜子のこと気になるようになって…付き合ってるときは、楽しかったよ。まあ、最後は振られちゃったけどね」
桜子の胸がチクリと痛む。
宏太には、遠距離恋愛になることを理由に別れを切り出したが…。実際は、理�気涼砲�らアプローチされ、文�靴旅�太とスペックを比較した結果、宏太を切ったのだ。
― あの時の私は、本当に見る目がなかった…。
気まずくなり、うつむく桜子を見て、宏太は「あ、ごめん。なんか嫌な言い方になっちゃって」と少し慌てている。
「でも俺、桜子には感謝してるんだ。桜子に振られたおかげで、頑張れたから」
「桜子のおかげで頑張れた」という宏太。その真相は…
「付き合ったまま留学していたら、勉強も恋愛も中途半端なものになってたと思う」
「…そうなのかな」
「うん。でも結局別れたから『桜子を見返してやるぞ』って気持ちで、留学生活も起業も頑張れたんだ。俺的には、すごくいい恋愛だったよ」
宏太はそこで言葉を切って、3杯目のビールを口に運ぶと、満足そうにした。
その姿を見て、桜子は心の中でため息をつく。
― ほんと、男の人って過去の恋愛を美化しがちよね…。それに、歯が浮くようなセリフをサラッと言うなんて、やっぱり既婚者の余裕ってやつなのかしら。
なんだかんだ言って宏太は、アキナという才色兼備の妻がいるが、桜子は独身、彼氏ナシ。
その差を見せつけられたようで、宏太の言葉を素直に受け取れず、桜子は卑屈な感情が湧いた。
無言の桜子に対して、宏太が慌ててフォローしてくる。
「ごめん、なんか俺ばっかり熱く語っちゃって。でも、俺自身も変われたと思うけど、桜子も…あの時よりずいぶん、変わったんじゃない？」
「え…？」
「だって日曜日のセミナーになんて、昔の桜子は絶対参加しなかったよ。しかも、さっきバッグを置いた時にちらっと見えちゃったんだけど…TOEFLのテキスト持ってるでしょ。勉強してるの？」
宏太の言葉に、桜子はぎくりとして傍らの椅子に置いたトートバッグを見る。
たしかに、英単語テキストの背表紙が見える。先週、美由紀から加藤の留学の話を聞いて、衝動的に買ってしまったのだが、まだピカピカの状態だ。
「いや…私なんて全然。セミナーだってとりあえず何回か参加してるだけだし、テキストも買ったばかりなの。宏太に話せることなんて何一つないよ」
「でも少なくとも、俺の知ってる桜子よりは…自分を高めようと頑張っていて、素敵だと思うよ。昔の自分と比べて成長したところを、自分でも認めてあげたら？」
宏太の言葉に、桜子は思わず涙しそうになる。
それは、いつの間にか周囲と比べて落ち込むことが増えていた桜子が、心の奥底で求めていた言葉だったからだ。
アキナのセミナーに参加して以来、「自分を変えたい」と決意した。人生を見つめなおすために本を読んでみたり、婚活を休もうと決めてみたり。
しかし、当たり前のことだが、少しばかり行動を変えたからといって、すぐに人生は好転しない。
セミナーで会う人たちは優秀すぎて、「自分ももっと頑張ればよかった」と後悔する瞬間もある。加藤の留学の話だって、「もし自分が語学堪能で、異国でも働ける女だったら…」なんて思う気持ちもあった。
― でも、過去は変えられないから…頑張ろうと決めた今の自分を認めて、進むしかないのよね。結果はまだ出てないけど。
それでも、努力している途中の自分の姿を宏太が認めてくれたことが、桜子はとても嬉しかった。
「ありがとう、宏太」
「そんな、お礼を言われるようなことじゃないよ」
宏太は上機嫌で、追加のビールを選んでいる。
― 今日、宏太に会えてよかった。
留学時代の宏太が「桜子を見返したい」という気持ちで頑張ったのと同じように、今度は桜子が「宏太と別れてよかった」と、いつか笑って言えるようになりたい。そんなふうに考えていた。
お正月、書き初めにチャレンジ
「決めた。今年の抱負！」
宏太と食事をしてから1週間。
年が明けて数日後、桜子は久しぶりに書き初めに挑戦した。
年末年始休暇に入って以来、時折、クリスマス以降連絡をとっていない加藤のことが頭をよぎる。加藤に対する気持ちは未だに消えないが、桜子は何と言って連絡すればいいのかわからず、行動に移せずにいた。
「とりあえず、気持ちだけは前向きに生きよう」と自分に言い聞かせ、書き初めには「七転び八起き」と書いた。
丁寧に台紙に貼って壁に掲げ、満足げにうなずいていた時。ある人物から、LINEが届いた。
『あけましておめでとう！』
▶前回：クリスマスに自分からデートに誘った女。OKだったから期待したのに、まさかの展開に絶句
▶Next：1月8日 土曜更新予定
次回、最終回。桜子にLINEをしてきた人物とは？
