人間は「生まれながらに平等」である。

これは近代社会における、人権の根本的な考え方だ。

だが一方で”親ガチャ”が話題になっているように、人間は親や生まれる場所、育つ環境を選べない。

事実、親の年収が高いほど、子どもの学力が高いこともデータ(※)によって証明済みだ。

私たちは生きていくうえで、多くの「生まれながらに不平等」な場面に遭遇してしまう。

中流家庭出身の損保OL・若林楓(27)も、東京の婚活市場で、不平等さを数多く実感することに…。

(※)お茶の水女子大「保護者に対する調査の結果と学力等との関係の専門的な分析に関する調査研究」

▶前回:逆立ちしても勝てない“三田会”の強さと結束力。MARCH出身者が早慶に感じる、社会に出てからの差




すっかり年の瀬となった12月下旬。街を歩いている人々も、どこか忙しなく見える。そんな人たちを眺めながら、私は表参道のカフェにいた。

今日は、3年ほど前に知り合った圭吾さんとのデートの日だ。彼は確かお医者さんだったと記憶している。

どこかの食事会で出会ったが、すっかり疎遠になっていた。しかし婚活を始めて、昔の知り合いから誰か素敵な人がいないかと探したところ、彼を思い出したのだ。

「楓ちゃん?久しぶりだね!」

顔を上げると、端正な顔立ちをした圭吾さんが立っていた。

「あ、圭吾さん!ご無沙汰してます」

3年前は気がつかなかった。でも今ならば、彼の魅力が十分わかる。私はソワソワしながら、彼とのデートを成功させようと意気込んでいた。

…でも、このときの私は理解していなかったのだ。

お医者さんの世界にも様々な派閥があり、そこからあぶれた人は苦しい思いをしているということに。


高学歴で、高収入。みんな勝ち組にしか見えない医者の世界だが…?


地方大学出身者 vs 都内有名大学出身者


圭吾さんは、おそらく独身で私の少し年上。30歳前後だった気がする。

「お元気でしたか?」
「うん、なんとか。楓ちゃんは元気だった?一緒に飲んだの、何年前だっけ?」
「3、4年くらい前だったかと…」
「そっか、もうそんなに経つのかぁ。早いね」

昔話に花を咲かせながら、私は「あれ?こんなに素敵な人だったっけ」と密かに思っていた。キビキビとしているけれど、どこか優しい話し方。

今日このカフェにやって来たときも、圭吾さんの爽やかな出で立ちは女性客の視線を集めていた。

「楓ちゃんは、何のお仕事をしてるんだっけ?」
「私は損保ですよ〜。圭吾さんは、都内の病院に勤務されてましたよね」

前に会ったとき、そう言っていたような記憶がある。だがこの話をした途端に、圭吾さんは急に気まずそうな表情を浮かべたのだ。

「まぁ都内は都内だけど…。実は関連病院に飛ばされてしまって」

そのタイミングで、頼んでいたホットコーヒーがテーブルの上に置かれ、2人の間に湯気が立ちのぼった。




「本当は都心の病院に戻りたいんだけどね〜。実は独立して開業することも考えたんだけど、今じゃないかなと思ってさ」

私はあまり医療系の業界に詳しくないけれど、勤務医と開業医がいることくらいは知っている。

「開業かぁ。すごいな」

チープな言葉に聞こえてしまうかもしれないけれど、人の命を救うお医者さんや医療関係の人たちのことは、すごく尊敬している。

それに婚活市場でのお医者さん人気が高いのだって変わらない。なのに、当の本人はどこか浮かない顔だ。

「僕さ、地方の国立医学部出身なんだけど」

黙って頷きながら聞いていると、圭吾さんはその反応を面白がるかのように話し続ける。

「都内の大病院だと、僕のような存在は一匹狼みたいなもので」
「一匹狼、ですか?」
「そうそう。ドラマとかで見たことあるかもしれないけど、大きな病院になればなるほど“派閥”があって。最近は減ったけどね」

そう話すと、彼は不意に飲んでいたコーヒーカップへと視線を落とす。

「僕みたいな地方の、そこまで有名ではない国立大学の医学部出身者は、たまに病院内の派閥争いで厳しい立場に置かれるんだ。特に僕が前にいた、大病院とかだとね」

ふと思い出して、私は以前見た医療ドラマのタイトルを挙げてみた。

「あれって、実話なんですか?」
「はは、あそこまでじゃないよ(笑)でもたまに、僕も東京の有名医大に行きたかったなと思うことはあって」

ちょうど私たちの席に夕陽が差し込んできて、圭吾さんのスッと通った鼻筋がより一層綺麗に見える。

「医者って、親が医者の人が圧倒的に多いんだよね。でも僕の家は普通の家庭だったから。両親は医者じゃないし、学費のことを考えると行ける大学が限られていたんだ」

ここまで聞いて、私は悟った。

お医者さんの世界にも、しっかり“生まれながらの不平等さ”が存在することに…。


華やかに見える世界にも存在する、派閥。そのなかで生き抜く男の悩みとは…


「楓ちゃんは、お医者さんの知り合いとかいる?」
「それが、あまりいなくて…」
「そっか。こう見えて、医者にもいろいろあるんだよ」

地方出身者と、都内出身者。親が医者の人と、そうでない人。そして東京の有名私学か、地方の国立か…。

外の世界からはわからないけれど、 内部では目に見えない壁や派閥があるようだ。

「こんな話はいいや。楓ちゃんは?最近どう?」

圭吾さんの優しい笑顔に、私は今日のメインテーマを思い出す。そうだった。私は今、婚活中だ。

「最近は相変わらずですよ〜。結婚しないといけないなぁと焦っているくらいです」
「今、彼氏は?」
「それが今いないんですよ。圭吾さんは?」

さりげなく本題に持っていけた自分を褒めたい。圭吾さんの返答を、ゆっくりと待つ。

「そうなんだ!僕も今いないんだよね」

頭の中に「これはチャンスでは?」という考えが浮かぶ。彼の年収は2,000万くらいだろうか。つい、そんな計算をしてしまった。

ただ圭吾さんのことを、私はまだ何も知らない。どこに住んでいるのか、趣味は何なのか。好きな女性のタイプすら未知数である。

「ちなみに圭吾さんは、どういう女性がお好きなんですか?」
「そうだなぁ。誠実な子かな。あとは、ちゃんと子育てをしてくれる子」
「ちゃんと子育てをしてくれる子…?」
「そう。専業主婦になって、育児に専念してほしいんだ。僕の母親がそうだったから」

久しぶりにそういう理想を聞いた気がするが、目の前に座る圭吾さんを見て、ふと気がついた。

お医者さんといえば高給取りのイメージがあるけれど、彼の服装はそこまで華やかじゃない。むしろ堅実なタイプなのではないか、と感じさせるような身なりだったのだ。




「お母様は、どんな方なんですか?」

男性のタイプは、育ってきた環境に大きく影響する。

「優しい人だよ。医者になる人って、みんな当たり前のように実家が裕福な人が多いんだ。そんななかでうちは普通のサラリーマン家庭だったから、お金の面では苦労をかけちゃったなぁ」

今日のデートで、二度も出てきた育ちの話。それほど周囲は“両親も医者”という人が多く、育ちによって入れる大学や進路も違ってくるのだろう。

「華やかな女の子が好きそうって言われるけど、お金を派手に使うような子は嫌いなんだ。ちゃんと家庭を守ってくれて、子どもも立派に育ててくれる…。それでいて、ずっと美しくいてくれる子がいいな」

その条件の多さに、私は言葉を飲み込む。

「あとは上司との会食に連れて行っても恥ずかしくない子がいいから、ある程度の育ちがないとキツイかも」
「はぁ。ナルホド」

また出てきた“育ち”のワード。

お医者さんの奥様というポジションを得るのも、美人かある程度の育ちがないと厳しいらしい。

圭吾さんの高すぎる理想と、一見簡単そうでハードルの高い条件を聞きながら「私はお医者さん市場では、きっとダメなんだろうな…」と静かに悟ったのだった。

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