ダスティン・ミッチェルは地元のニュースに目を通していたとき、思いがけない記事からひらめきを得た。

「ゲーム「DOOM」の開発元が、メタルバンドの名称に異議。いったいなぜなのか?」の写真・リンク付きの記事はこちら

記事が報じていたのは、政治にまつわる陰謀論を唱える「Qアノン(QAnon)」を信奉する女が、アリゾナ州スコッツデールの家電量販店でマスクの陳列棚を発作的に破壊したという事件だった。そうした行為に至った理由について女は、「ただ“ドゥームスクロール”していただけだった」と語っている。つまり、ソーシャルメディアで悲観的な内容のニュースばかりを読む「ドゥームスクロール」と呼ばれる行為を繰り返していたことを告白したのだ。

この記事を読んだミッチェルは、ピンときた。テキサス州ダラスのメタルバンドのギタリストである彼は、「これはバンドにぴったりの名前だ」と考えたのだ。「よし、この名前を採用しよう」

普段はアマゾンの従業員として働いている38歳のミッチェルは、彼自身がドゥームスクロールをして過ごすことはないのだと語る。普段はネットにあまり接していないし、ときどき地元のニュースは公共放送のナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)などでチェックするが、TwitterやRedditは新しい機材のチェックに使う程度だという。

「ドゥームスクロール」というアイデアに刺激を受けたミッチェルは、ようやく自身のプログレッシヴ・スラッシュメタルバンドを新たに始動させる踏ん切りがついた。バンド名を確定させるため、彼は今年2月に米特許商標庁(USPTO)に「doomscroll」の商標を初めて申請したのである。

それから数カ月後、「30日以内に商標が認められ、のちに付与される」とのメールがUSPTOから送られてきた。その時点で「ドゥームスクロール」という名称は守られ、バンド名やエンターテインメントの資産として利用できるのはミッチェルだけとなった。

いつの日か、ドゥームスクロールは人々の心を揺さぶるバンドになるだろう──。ミッチェルはその日を夢見ながら、「www.facebook.com/doomscroll」のアドレスを登録した。

ゲーム会社からのメッセージ

そして2021年10月、ミッチェルがベッドの横でギターを適当に弾きながら、寝る前にメールチェックをしようと思い立ったときのことである。受信ボックスを開くと、ある弁護士からのメッセージに気付いた。

「ミッチェル様」から始まるメールには、次のように書かれてあった。「わたくしどもの法律事務所は、ヴィデオゲーム『DOOM』および関連の商標を保有するid Software LLCの代理人を務めています」

このメールが送られてきた10月13日は、id Software LLCもしくは任意の人物が、ミッチェルが「doomscroll」という商標を申請したことに異議申し立てができる最終日である、と文章は続いていた。その上で弁護士は、期限の延長に合意するようミッチェルに要求してきた。延長が認められれば、ミッチェルとDOOMのデヴェロッパーは法的措置が下される前に、互いに和解に至るための時間を確保できるというわけだ。

ミッチェルはすぐに不思議な気持ちになったが、少し不快な印象も受けた。「DOOM」がゲーム界を席巻した1993年当時、彼は10歳だったのである。

ゲームの舞台は灼熱地獄のような場所で、中二病的なゲーマーが大量の武器を駆使して悪魔を撃ち抜いていく。ミッチェルは「DOOM」と「DOOM 2」をプレイした経験があり、「すごいゲームだった」と語る。また、2020年に発売された「DOOM Eternal」のメタル色の強いサントラも聴いていて、それも「悪くない出来だった」と言う。

そしていま、それらのゲームを開発した企業との間で思いがけず法的な問題が生じているのだ。子ども時代、DOOMシリーズのことは大好きだった。だが、「会社側にはまったく関係ないことなのに、おれのものを取り上げようとしているんだ」と、ミッチェルは語る。

拡散した「ドゥームスクローリング」

「ドゥームスクロール」という言葉が最初に使われた例としては、とある18年のツイートがしばしば引き合いに出される。アーティストのカラ・ムーンケスが、「ドゥームスクロールで頭がいっぱいになる生活はしばらくお休み。火曜くらいに戻ってくる」とツイートしたのだ。

ムーンケスは17年からこの言葉を使っているが、自分が編み出したかどうかはわからないという。彼女は「わたしたちの集合知のなかで登場した言葉ではないかと思います」と説明している。「このメールもスマートフォンで書いていますが、わたしたちはみなスマートフォンにつきっきりです。そうした状況では、ソーシャルメディアに絶えず魅了されている状態を表す言葉が出てくるのは必然なのでしょう」

2020年は新型コロナウイルスや警察の暴力、それに大統領選に関するニュースが世間を立て続けに襲い、不健全な空気が絶えず渦巻いていた。そんなとき「ドゥームスクローリング」という言葉が表舞台に登場し、Googleでの検索数が爆発的に伸びた。

それはTwitterやFacebook、Redditなどのソーシャルメディアで暗いニュースを延々と漁ることへの集団的な衝動を反映していた。ネガティヴな情報に取りつかれるマゾヒスティックな傾向が、ネットから離れられない人々の「共通の病」として広く認知されたのだ。

こうしてベビーブーム世代の親からコメディアンのスティーヴン・コルベアに至るまで、あらゆる人々がドゥームスクローリングという言葉を使うようになった。そして実際にドゥームスクロールし、またやめようと苦労したのである。

「こうした状況に置かれると、わたしたちはより視野の狭い、差し迫った、サヴァイヴァル志向の行動に走るようになります。『闘争か逃走か』モードに入るのです」と、ミシガン大学情報学部の教授であるニコール・エリソンは説明している。ドゥームスクローリングは精神をむしばみ、不安や気分の落ち込みを誘発すると心理学者は指摘している。

商標としては登録可能?

商標の面白いところは、「集団ヒステリーがネット上に表出したもの」という意味での「ドゥームスクローリング」という言葉を商標登録することは誰もできないという点だ。一般的な現象や物体を説明・定義する言葉を、商標としては登録できないのだ。

例えば、「Apple(アップル)」はリンゴの商標としては登録できないが、コンピューターの商標としては登録できる。なぜなら、「アップル」はコンピューターを表現する言葉ではないからである。同じように、プログレッシヴ・スラッシュメタルバンドの名称としての「ドゥームスクロール」は、音楽の文脈において音楽や音楽パフォーマンス、音楽サーヴィスを表す一般的・説明的な言葉ではない。

「したがって、理論上はそうした商標を申請できますし、登録される可能性もあります」と、法律事務所Sideman Bancroftの弁護士で商標法に詳しいアナ・チャンは言う。「しかし、それは異議がない場合に限られます。今回のケースでは異議が申し立てられていますね」

ドゥームスクロールという言葉から連想される人物をひとり挙げるとすれば、おそらく「Business Insider」のシニアレポーターのカレン・ホーだろう。ホーは20年4月、興奮状態にありながらも不安な気持ちで深夜までTwitterを見続け、睡眠時間が削られていく状況を自覚していた。しかも、知り合いのジャーナリストも全員そのような状態だったのである。

そこで彼女は、水分補給やストレッチをし、デヴァイスの電源を切って眠りにつくよう呼びかけるツイートを投稿し始めた。ほどなくして、ホーは「ドゥームスクロールのリマインド係」として、Twitter上で知られるようになった。この呼び名を商標登録して本を執筆したり、グッズを売ったりしたらどうかと言われたことも一度ならずあったという。

「できれば本業に専念したいですね」と、ホーは言う。さらに言えば、ドゥームスクロールは自分が発明した言葉ではなく、単に広める上でひと役買っただけだとも説明している(その過程で55人ほどのジャーナリストや学者にインタヴューしたという)。

最終的にホーは、「@Doomscroll_Bot」というTwitterのボットアカウントにリマインド役を託した。21年5月の開設以来、このアカウントのフォロワー数は16,000人に達している。

20年6月には、メリアム=ウェブスターの辞典が「ドゥームスクロール」を「注目の言葉」として追加している。本好きを自認するアーティストのムーンケスは、くすぐったいような気分になった。彼女は「(日ごろから)新しい言葉を発明したいと思っていたので、とうとう夢がかなったような気がします」と言う。

相次いだ異議申し立て

id Softwareなどの企業が、今回のように商標申請に干渉することよくあるのだと、弁護士のチャンは指摘する。その目的は、自社の製品(この場合はヴィデオゲームの「DOOM」)に関する誤解を招くような言葉の使われ方を防ぐことにある。

例えば17年には、ゲーム会社のCD Projekt Redが、オープンワールドゲーム「Cyberpunk 2077」のために「サイバーパンク」という言葉をEU(欧州連合)で商標登録し、SFファンの怒りを買ったことがあった。「サイバーパンクは昔からあるジャンルだ。なぜポーランドのゲーム会社が商標登録できるのか?」というわけだ。

これに対してCD Projekt Redは、商標登録は「あくまで自己防衛のための措置」であるとして、Twitterで釈明している。将来的に他者が商標登録し、例えば「Cyberpunk 7022」のような名称のゲームを出すことを阻止できるという説明だ。いずれにしても同社は、すでに11年から米国で「サイバーパンク」の商標を所有していたという。

同じように、id Softwareも「doom」に素早く反応している。実際に同社は、この言葉やゲームに関連する複数の商標を所有しているのだ。2021年10月には、「ODoom」や「Doomlings」という商標に対しても異議を申し立てている。

それ以前には、「Maryland Doom Fest」「Garden of Doom」「Doomsday Happy Hour」という名のエンターテインメント関連の商標にも異議を申し立てていた。Maryland Doom Festというフェスを主催するJBという男性は、id Softwareが最初に異議申し立てをしてきた段階で商標をあきらめたという。費用がかかりすぎることがその理由だ。

自分が放送しているポッドキャスト「Garden of Doom」の商標登録を目指していたジェフという男性は、id Softwareの代理人と和解に達したと語る。その結果、「Garden of Doom」という名称の映画やゲームの制作のみできなくなったという。

審理の行方はいかに?

いまや「ドゥームスクロール」の命運は、id SoftwareとUSPTOが握っていると言っていい。現時点ではUSPTOの商標審判部が、id Softwareの申し立てを処理している最中にある。10月中旬には、長期に及ぶ審理のスケジュール(2023年までもつれ込む予定となっている)が関係者に送付された。

しかし、そもそもid Softwareは「Doomscroll」の商標を欲していない可能性もある。評価の高いゲームシリーズと混同するような名称のプログレッシヴ・スラッシュメタルバンドをミッチェルに組んでほしくないだけかもしれないのだ。

ドゥームスクロールという名のメタルバンドは、一度も人々の心を揺さぶることはないかもしれない。だが、それはいいことかもしれない。誰もが不安に思っていることや、ネガティヴなソーシャルメディアの中毒性を思い起こさせるバンドが登場するには時期尚早とも言えるからだ。

アーティストのムーンケスによると、今回の申し立てを前向きに捉える理由はほかにもある。「誰にも『ドゥームスクロール』でお金儲けはしてほしくありません。それにバンド名としては、ちょっぴり退屈だと思いますよ」

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