離れた場所にいる相手に情報を伝えるため、声ではなく「口笛」を用いて言葉を伝達する口笛言語は、世界中で少なくとも80以上の文化で確認されています。そんな口笛言語の仕組みや現状について、アメリカの国立学術文化研究機関・スミソニアン協会の公式メディアであるSmithsonian Magazineが説明しています。

More Than 80 Cultures Still Speak in Whistles | Science | Smithsonian Magazine

https://www.smithsonianmag.com/science-nature/studying-whistled-languages-180978484/

アフリカ大陸の北西沿岸に浮かぶスペイン領カナリア諸島のラ・ゴメラ島やエル・イエロ島では、地元の人々が「口笛」を使ってコミュニケーションする光景を見ることができます。ラ・ゴメラ島やエル・イエロ島で用いられる口笛言語は「シルボ」と呼ばれ、記事作成時点では観光客向けのパフォーマンスとして行われることが多いものの、かつては実際に住民らがメッセージをやり取りするために使われていました。

実際に住民がシルボを使っている様子は、以下のムービーを見るとよくわかります。

The Whistled Language Of La Gomera - Silbo Gomero | Europe To The Maxx - YouTube

口笛を吹く男性。不思議なリズムと音の調子は、まるで鳥の鳴き声のようにも聞こえます。



遠く離れた別の場所では、女性が口笛で何かの返事をしている模様。知らない人が聞いても伝えているのか全くわかりませんが、シルボは口笛でアルファベットを表し、単語や文を伝えることができるとのこと。



ラ・ゴメラ島の口笛言語研究家であり教師でもあるDavid Díaz Reyes氏は、「優れた口笛吹きは全てのメッセージを理解できます。私たちは、『And now I am making an interview with a Canadian guy.(そして今、私はカナダ人の男とのインタビューをしています)』と口笛で言うことができます」と話します。シルボのような口笛言語は、世界中で少なくとも80の文化において確認されており、場合によっては声ではなく口笛でコミュニケーションを取っているとのこと。

口笛言語はアフリカからヨーロッパ、アジア、ポリネシア、南アメリカ、北アメリカなど世界中のさまざまな場所で発達しましたが、その多くは険しい山岳地帯やうっそうとした森林地帯です。この理由についてフランス国立科学研究センターの言語学者であるJulien Meyer氏は、口笛言語は人間の声よりもはるかに遠くまで届くからだと指摘しています。

熟練した口笛言語の使い手は車の騒音を超える120デシベルもの音を出すことが可能であり、音のほとんどがさまざまな雑音より高い1〜4kHzの周波数です。これらの要因により、口笛言語は通常の大声よりも10倍も離れた距離で理解可能だとMeyer氏の研究チームは発見しました。たとえば、険しい山や谷が連続するラ・ゴメラ島では記事作成時点でも、伝統的な羊飼いが歩いていけば数時間かかる位置にいる相手と口笛言語でやり取りしているそうです。



口笛言語では、元となる言語が意味の区別に声のトーンを用いる声調言語なのか、それとも非声調言語なのかによって言葉の表し方が違います。非声調言語であるスペイン語のメッセージを伝えるシルボの場合、音の高低や音色の違いによってアルファベットの母音や子音を表現するとのこと。これは口笛の音色をアルファベットに対応させるため、原理的にはこの仕組みを英語やドイツ語に応用することも可能です。一方、中国語のように声のトーンによって意味が変わる声調言語の場合、口笛のトーンそのものを言葉の長さやトーンに対応させるとのこと。

声帯を震わせない口笛言語では通常の発話と比べて表現が制約される場合が多く、特にトーンの種類が少ない声調言語においては、口笛言語のメッセージが簡単に認識できる定型文に限定される傾向があります。しかし、7つのトーンを持つメキシコ南部の声調言語・Chinantec語や、6〜8のトーンを持つミャオ語などでは、口笛言語であってもさまざまな言葉を伝えることが可能です。

また、口笛言語を使う場合は基本的にお互いが遠く離れているため、必ずしも全ての音が聞こえるというわけではありません。それでも、口笛言語の使い手は他者のメッセージを聞く際に聞こえる断片的な情報から単語を推測し、文章の場合は前後の文脈なども考慮して、高い精度で意味を受け取ることができるとのこと。

ラ・ゴメラ島で口笛言語を教えているDíaz Reyes氏によると、口笛言語の習得は比較的簡単だそうです。まず最初の2〜3カ月で音の高低を区別しながら口笛を大きな音で吹くことを習得し、4〜5カ月でいくつかの単語を吹けるようになり、8カ月もすれば伝えたいメッセージを口笛で伝え、他人の口笛を正しく聞き取れるようになるとDíaz Reyes氏は述べています。



口笛言語は単に文化として興味深いだけでなく、2つの理由から言語学者からも注目されていると、フランス国立科学研究センターの言語学者・Fanny Meunier氏は述べています。1つ目の理由は、「人々の脳がどのように口笛言語のメッセージを理解しているのか?」ついて、いまだによくわかっていないという点です。口笛言語は人が話す言葉と比較するとさまざまな情報が脱落していますが、それにもかかわらず口笛言語の使い手は文章を理解できます。また、口笛言語の話者でなくても母音と子音を偶然を超えた精度で区別できることや、特にミュージシャンが通常の人々より子音の認識に優れていることなどもわかっているそうです。

2つ目の理由は、「口笛言語には現生人類が生み出した初期の言語と似通った特徴がある」と考えられている点です。言語における大きな課題は「声帯を制御して適切に震わせる」というものであり、人間に近い類人猿でも声帯を制御する方法を持っていません。一方、「オランウータンが飼育員の口笛を模倣した」という研究結果が報告されているように、声帯を使わない口笛は発話言語より簡単なため、原始的な人類が情報のやり取りに使った可能性があります。また、「遠距離の相手と情報をやり取りする」という口笛言語が使われるシチュエーションに関しても、狩猟中にコミュニケーションを取る必要があった原始人の状況と一致するとMeunier氏は指摘しました。

なお、これらの点は「口笛言語には古代の言語の痕跡が残っている」ということを意味しない点に注意が必要だと、Meunier氏は警告しています。最も初期の口笛言語は声帯を使う言語の模倣ではなかったかもしれませんが、現代の口笛言語は「口で話す言葉を口笛で表現する」ものであるため、初期の言語をそのまま残しているわけではありません。

遠隔地における近代化が進んだ近年では、伝統的なグループによって使用されていた口笛言語が急速に消滅していますが、一部では希望の光も見えています。ユネスコがカナリア諸島のシルボやトルコで使われている口笛言語を無形文化遺産に指定したほか、ラ・ゴメラ島では1999年から島内の子どもにシルボを教える授業が実施され、若者たちがシルボを使えるようになっているとのこと。Díaz Reyes氏は、「人々がこのような努力をしなければ、おそらくシルボは消えていたでしょう」と述べました。



by Parlamento de Canarias