加害者はウソをつき放題!? 交通事故における「死人に口なし」を裏付ける恐ろしいデータを発見

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■検察統計年報を読み解く

「死人に口なし」と言われる。それを裏付ける恐ろしいデータを「検察統計年報」に発見した。まずは「検察統計年報」とはどんなものか、ざっとながめておこう。犯罪報道を見るときの参考にもなると思いますよ。


●2019年の「罪名別 被疑事件の既済及び未済の人員 -自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く-」の一部

交通事故と違反を除く、全犯罪についてのデータだ。「刑法犯」とは刑法で定められた犯罪。「特別法犯」とは、刑法とは別の刑罰法規に定められた犯罪だ。特別法は「覚醒剤取締法」や「児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」などいろいろある。刑法犯と特別法犯をあわせて一般犯罪と呼ぼう。その「総数」の「既済」としてこんな数字が並んでいる。

・公判請求    6万9429人
・略式命令請求  4万1139人
・不起訴    15万3759人
 (起訴猶予  10万8308人)
 (嫌疑不十分  3万0407人)
 (嫌疑なし     1462人)

「公判請求」とは正式な裁判への起訴。「略式命令請求」とは、略式の裁判手続きへの起訴だ。略式は、処罰されることに不服のない人にちゃちゃっと罰金刑を科すための迅速・簡便な裁判手続きで、法廷を開かない。罰金刑の事件は通常、略式で処理する。

不起訴とは、起訴するかどうかの権限を持った検察官が「起訴しない」と判断すること。起訴がなければ有罪も無罪もない。無罪じゃないけど「無罪放免」といえる。ご覧のとおり、不起訴がかなり多い。丸カッコ内はその不起訴の理由だ。ほかに「被疑者死亡」「心神喪失」「時効完成」などがある。

不起訴の理由として「起訴猶予」が最も多い。起訴猶予とは、まぁ要するに「お目こぼし」だ。「警察に捕まり(ときに逮捕され、勾留され)検察の取り調べを受けるという怖い体験をして、十分びびったろう。しっかり反省するなら許してやる」みたいな感じか。

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■交通違反の公判請求は一般犯罪の10分の1、略式は3倍

交通違反と交通事故は、犯罪傾向がない人が犯しやすい犯罪といえる。しかも数がかなり多い。そういうこともあってか、一般犯罪とは別立てのデータになっている。交通違反のほうを見てみよう。2019年の「道路交通法違反」の既済人数はこうなっている。

・公判請求      6951人
・略式命令請求 11万9882人
・不起訴    10万6609人
 (起訴猶予   9万9596人)
 (嫌疑不十分    5023人)
 (その他      1990人)


●2019年の「検察庁別 道路交通法等違反被疑事件の受理,既済及び未済の人員」の一部

一般犯罪と比べると、公判請求はたった10分の1。逆に略式は3倍に近い。そして不起訴の約93%が起訴猶予、つまりお目こぼしだ。一般犯罪とは大きく異なる。嫌疑なしはごく少数なのだろう、被疑者死亡などといっしょに「その他」に含まれてしまっている。

道交法違反で公判請求された裁判を、私は1400件ほど傍聴してきた。ほぼすべて、以下の3つのどれかだ。1、超過速度がやたら高い速度違反(首都高速だと超過80キロ以上)。2、物損事故をともなったり同種罰金前科があったりする無免許運転。3、同様のことがあったりする飲酒運転。これが不動の3本柱といえる。

なお、念のため言っておく。検察統計に出てくるのは、警察が検察に送致した事件のみだ。検察送致をしない交通違反は3種類ある。

・反則告知:2019年は約550万件。いわゆる青切符を切ったケース。反則金を納付すれば検察庁の扱いにならない。納付率は100%に近い。
・放置違反金納付命令:同約92万件。黄色い駐禁ステッカーを貼ったケース。違反車両の持ち主へ放置違反金の納付命令がいく。その納付、不納付に検察庁は関係ない。
・点数告知:同約68万件。シートベルト違反など点数が1点つくだけの違反。そもそも検察庁は無関係。

道路交通法違反は、公判請求、略式命令請求、不起訴、全部あわせても2019年は約22万件だった。検察庁の扱いとなる交通違反はごく一部なのだ。


■一般犯罪や交通違反と比較して「お目こぼし」が断然多い「交通事故」

さて、最後に交通事故である。検察統計には交通事故のいろんな罪名が並んでいる。だいぶ昔の罪名や、特殊な交通事故の罪名を、ぜんぶ並べているのだ。現在、裁判の法廷へ出てくるのは、ほぼすべて「過失運転致傷」か「過失運転致死」(致死傷を含む)だ。まず「過失運転致傷」から。既済の人数はこうなっている。

・公判請求       2876人
・略式命令請求  3万9188人
・不起訴    31万4666人
 (起訴猶予  30万5221人)
 (嫌疑不十分    8727人)
 (その他       718人)


●2019年の「最高検,高検及び地検管内別 自動車による過失致死傷等被疑事件の受理,既済及び未済の人員」の一部

一般犯罪や交通違反に比べて、不起訴、それも起訴猶予(お目こぼし)がぶっ飛んで多い。昭和時代の何年頃だっけ、交通事故の処理で検察庁はパンクしそうになった。そこで、ケガが2週間程度と軽く、保険により賠償ができ、被害感情が悪くないケースはがんがん不起訴にする方針を決めた。以降、約9割が起訴猶予で終わるようになったのである。警察としては、どうせ起訴猶予で終わる事件の捜査に手間をかけるのは馬鹿らしく、という話はまたの機会にしよう。

■過失運転致死における起訴猶予や嫌疑不十分は割合が高すぎる…つまり?

最後に、「過失運転致死」のデータだ。恐ろしいというのはこれなんである。ようく見てほしい。

・公判請求  1266人        
・略式命令請求 735人            
・不起訴    993人             
 (起訴猶予  176人)            
 (嫌疑不十分 752人)       
 (その他    65人)

一般犯罪や道交法違反と決定的に異なるのは、公判請求が略式や不起訴より多いことである。そりゃそうだ、被害者を死亡させたんだもの。

ところが! 不起訴のうち起訴猶予はたった約18%。嫌疑不十分が約76%もある。ちょっと待て、一般犯罪の嫌疑不十分は約20%、道交法通違反では約5%、過失運転致傷では約3%でしかないんだよ。なのに過失運転致死の嫌疑不十分は約76%。おかしいでしょ、めちゃくちゃ異様でしょ!

過失運転致傷の裁判では、被告人(加害者)と被害者の説明が真っ向から対立することがある。過失運転致死ではその対立は皆無だ。なぜなら、被害者が死亡しているから。死亡した被害者は説明できないから。「死人に口なし」、そのことが、過失運転致死の嫌疑不十分が異様に多いことの裏に、はっきりとあるのではないか。

青信号で交差点を進行中、赤信号無視のクルマに激突され、死亡したとしよう。加害車両の運転者は「俺のほうが青だった。死んだ奴のほうが赤信号無視だった」とうそをつき、嫌疑不十分で不起訴になるかもしれない。あの世で悔しい思いをしないためにも、ドライブレコーダーを取りつけましょう。

〈文=今井亮一〉
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。