オービス定期点検のデータを改ざん…裁判で明らかになった「まさか」

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制限速度76キロ超過。「そんなに速度出してない!」裁判

「警察にまともに取材してもわからないことが、裁判の法廷へはぼろぼろ出てくる。すごいぞ!」と興奮したのが始まりだった。1990年代の終わりごろだったかと思う。それから数年、東京簡裁にオービス裁判が続々とあった。「ぜんぶ傍聴してやる!」と私は宣言し、通い詰めたもんだ。今回は、ぼろぼろ出てきたものの1つ、びっくり仰天、衝撃の裁判をご紹介しよう。

2007年3月6日(火)15時から東京簡裁の728号法廷(傍聴席は20席)で「道路交通法違反」の第2回公判を傍聴した。首都高速・都心環状線の外回り、八丁堀付近に、東京航空計器(TKK)の「オービス&#;8546Lk」が設置されている。外見はフィルム式とほぼ同じだが、じつは電子式。警察の中央装置へ通信回線により画像を伝送する最新鋭タイプだ。そのLkにより126キロ(制限速度は50キロなので76キロ超過)と撮影され、「そんな速度は絶対に出してない!」と真っ向から争う裁判である。


オービスにも定期点検がある
この日はTKKの社員、S氏の証人尋問から始まった。検察官はまず、S証人の経歴を尋ねた。1988年の入社で、オービスの点検業務(年2回の定期点検)などを6年間やってきたという。

【画像】オービスの点検簿

検察官「定期点検は誰でもできるんですか?」
S証人「資格等は不要なので誰でもできますが、点検に要する知識と訓練は必要です。熟練者と2人で現場へ行き、必要な知識を身につけます。性能や構造に関する詳しい知識はありません」
検察官「点検結果はどこにどう提出されるのですか」
S証人「成績書を作成し、直接の上司であるMに出します。Mが確認して担当の警察へ出します」

ふむふむ。それから検察官は、各点検項目について1つひとつ尋ねていった。外観を目視し、各部の電圧や周波数を測り、何か異常があれば調整し、成績書の各項目の「良」に○印をつけ…。つまり点検後の状態を「良」とする、それがオービスの定期点検なのだ。

定期点検では、その道路を走ってくる一般車両を、取り締まりのためではなく点検のために測定する。「精度試験」という。

検察官「精度試験はどう行うのですか?」
S証人「テープスイッチを、ループコイルと同じ6.9m間隔で路面に設置し、双方の測定データを点検器につないで比較確認します」

テープスイッチとはクルマのタイヤに踏まれて反応するもので、耐久性は低いが精度はかなり高いとされる。

S証人「テープスイッチの速度とオービスの速度とを点検器で比較して、オービスのほうが0~-5%、-1キロの範囲にあるかどうか確認するのです」

ここ、簡単に解説しておこう。路面下に埋設されたループコイルは磁界を発生させる。金属体のクルマによって磁界が変化すると車両検出信号を出す。その信号の、6.9m間の時間差から速度を計算する。クルマの上下動や斜行により検出のタイミングが変化し、誤差が生じる。誤差は最大±2.5%である。そこでナマの測定値を0.975倍し、かつ端数を切り捨てる。したがって表示される測定値は0~-5%、-1キロの範囲に必ず収まる、というのがTKK側の言い分だ。


定期点検で確認するのは写真に焼き付けられた測定値

検察官「定期点検では何台を確認しますか?」
S証人「ここでは100台のデータを取ってます」

うむぅ。首都高速によると、その場所の通行台数は1日平均5万400台だ(2005年度、平日)。半年間に何百万台も通行する。肝心かなめの精度検査が半年にたったの100台でいいのか? 精度試験で100台中1台に誤測定が発見されたら、半年間に何万台を誤測定した可能性が生じるんだろ。気が遠くなる。

しかも、である。オービスの取り締まりで唯一最大といえる証拠は、写真に焼き付けられた測定値だ。「焼き付け値」と呼ぼう。オービスの各部がどう作動したか、記録は一切ない。焼き付け値だけが残され、それにより運転者は処罰、処分される。オービスの各部が正常に作動しても、最後に焼き付け値がちょろっと間違ったらどうするの。ところが、驚いちゃいけない、精度試験で100台について確認するのは、焼き付け値ではなく、点検器が表示する測定値なのである。焼き付け値はスルーなのである。ひーっ!

そうして、さらなるびっくり仰天が今回の証人尋問で起こった。精度試験の100台分の一覧表、テープスイッチとオービスの測定値がずらっと並び、オービスの測定値は間違いなくメーカーが言う範囲内に収まってますと言うための一覧表に、誤りが発見されたのだ。しかしS証人は少しもあわてず、すらすら述べた。


測定値に間違いが…? しかも勝手に修正して提出?

S証人「29番の行が間違ってますね。オービス表示が68(キロ)になってますが、精度試験の下限値は78で、オービス表示は78より高くなければいけないので、68はあり得ない数値です」

なにいぃ! さっき「最後に焼き付け値がちょろっと間違ったら」と述べたが、点検器の表示値がぴょろっと間違ったのだ! 検察官は法廷に出す証拠を取捨選択できる。不利な証拠を隠すのはまったく合法なのに、誤った一覧表をなぜ出したのか、いったいどう言いつくろうのか。

S証人「これは作表するときの間違いです。データは点検器に表示されると同時に、3.5インチのフロッピーディスク(FD)に入ります。現場で点検器を確認したときには、異常を示すものは間違いなくありませんでした。FDからエクセル形式で作表するとき、なぜか知らないけど間違ったものが印刷されてしまったということです」

S証人の尋問は終わり、少し休廷してから、S証人の上司、M証人(1973年入社)の尋問がおこなわれた。

M証人「当初は私もつい見過ごしまして(約5カ月後、この裁判のために)データを見直す機会があり、何気なく見たところ『あれ?』というものがあり、調査しました。29番のところに34番のデータを表示しなさいと、そういう命令文が入ってたんです。エクセルに変な計算式が書き込まれてたんです」
検察官「なぜそんなことが?」
M証人「それがですね、いずれ誰かが誤った操作をしたんだと思いますが、誰もそういう意識がない。今ではわかりません」
検察官「誰かが書き換えたと?」
M証人「それしかちょっと考えられないんですけれども」

オービスは何がなんでも絶対ゆえに、誰かが操作を誤ったとしか考えられない、という無茶苦茶な論法に聞こえるんですけど。

検察官「29番の正しいデータは?」
M証人「たしか80だったと思う…」
検察官「警察にも言いましたか?」
M証人「はい、当然、正しい表を作成して、差し替えをお願いしたんですけども(笑)」

弁護人はこう尋ねた。

弁護人「3.5インチの元のデータは存在するんですか?」
M証人「いや、もうそっちじゃなくてハードディスクに…(笑)」
弁護人「元のデータの書式は?」
M証人「たぶんエクセルだと思うんですよ(笑)」

この時点で私は175件のオービス裁判を傍聴していた。その後に何百件を傍聴したか。後にも先にも、こんな展開は初めて。前代未聞、空前絶後の驚天動地だ! たまたまこれを傍聴した若い男性は「人が有罪か無罪か、判断の元になるデータでしょ。M証人はなんでヘラヘラ笑ってるのか、信じられないです!」とマジで怒った。


定期点検の結果は改ざんオーケー…それって大丈夫なの?

ここからわかるのは、定期点検の結果に原因不明の誤りが起こり得ること、起こっても一覧表は改ざんオッケーであることだ。大変なことが法廷でバレてしまった。なのになぜヘラヘラ笑っていられるのか。何があっても裁判官は有罪にしてくれるから、有罪は揺らがないから、じゃないかな。2007年7月10日(火)、第4回公判。判決が言い渡された。

裁判官「主文。被告人を罰金10万円に処する。その罰金を完納できないときは金5千円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する」

超過60キロ台は罰金9万円、70キロ台は10万円。首都高速のスピード違反の量刑の、ばりばり鉄板相場だ。

「日本の優秀な警察が長年にわたり速度取り締まりに使い続け、日本の優秀な検察と先輩裁判官だちが有罪にし続けてきたオービスなのだから、完璧に決まっている。誤測定などあり得ない」というところで裁判官の脳みそはガッチリ固まってしまっているようだと、傍聴席からは見えてくる。テレビや新聞には絶対に出ず、ネット民も知らず、埋もれ去ったであろうことを、ずがーんと目撃する、裁判傍聴の醍醐味だと思う。

やがて東京簡裁のオービス裁判は激減した。今井が目障りで公判請求(正式な裁判への起訴)をしにくくなった? そ、そんなあ(笑)。オービスの取り締まり自体が減ったり、検察、裁判所からすれば非常に手間のかかる裁判員裁判がスタートしたり(全国第1号の裁判は2009年8月、東京地裁)、いろんな事情が重なったのだろう。

2013年、警察庁は可搬式オービスの導入へ動きだした。2019年1月から2020年にかけて私は9回、さいたま地裁へ通った。世界的企業・Sensys Gatso Group(SGG)の固定式オービス(心臓部は可搬式と同じ)の、本邦初の否認裁判があったのだ。その超高性能ぶりに私は腰を抜かしたね。さすが、世界70カ国以上に累計約5万台を販売したというだけある。狭い日本国の中だけで、優しい裁判所に守られぬくぬくと育った国産オービスとは格が違うわ!との印象を強く受けた。

そして2021年、TKKの可搬式オービスの否認裁判が東京地裁の法廷へ出てきた! 私がどんだけ興奮したか、もうたいへんっ(笑)。すでに第2回公判まで傍聴した。あとでレポートしよう!

〈文=今井亮一〉                            
交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通以外の裁判傍聴にも熱中。2009年12月からメルマガ「今井亮一の裁判傍聴バカ一代(いちだい)」を好評発行中。