インテルが11年ぶりに優勝を果たした。

 闘志とテクニックと情熱をもってチームを率いる指揮官アントニオ・コンテ。並外れた破壊力を持つゴールゲッターのコンビ、ロメル・ルカク&ラウタロ・マルティネス。鉄壁のディフェンストリオ(ミラン・シュクリニアル、ステファン・デ・フライ、アレッサンドロ・バストーニ)。彼らがスクデット奪取の最大の要因であることは、よく知られている。しかし、ユベントスの10連覇を阻止した裏には、その他にも知られざる秘密があった。そんなインテル優勝劇の舞台裏をご紹介しよう。

 昨シーズンの始め、インテルは追い求めてきたルカクを手に入れた。7000万ユーロ(約90億円)と、リーズナブルな買い物とは言えなかったが、結果から言うとそれだけの金額を払う価値は十分あったようだ。

 移籍後のインテルでの最初の練習から、コンテにはルカクをどのように使うか、明確なアイデアがあった。海に浮かぶブイのようなCFだ。ゴールに背を向け、DFやMFから送られてきたボールを受け、コントロールし、敵からを守り、自分でゴールに向かうか、上がって来たチームメイトにボールを出す。

 こう言うと簡単に思えるが、実践するのはなかなか難しい。ルカクはこうしたプレーにはあまり慣れてはいなかった。プレミアでのプレーはイタリアのそれとはまったく違う。かつてチェルシーを率いていたことのあるコンテは、そのことをよく知っていた。


インテル優勝を牽引したロメル・ルカクとアントニオ・コンテ監督 photo by Reuter/AFLO

 慣れ親しんだプレースタイルを、ルカクにどのように変えさせるか。コンテは悩んでいた。そんなある日のこと、GKコーチがサミール・ハンダノビッチやダニエレ・パデッリにサッカーマシンを使ってセービングの練習をしているのを見て、彼は突如閃いた。これをルカクに使ったら? 

 さまざまな角度やスピードのボールを発することができるサッカーマシン。多くのクラブが取り入れているが、効果的に用いられているケースは多くない。どうしてもボールがパターン化しがちで、インテルでもGKの練習で使われているぐらいだった。

 マシンは中盤のラインのところに設置され、時速40キロというハイスピードのループボールがゴール前のルカクに向って繰り出された。ボールを受けたルカクは、衝撃の強さに、はじめは息もできなかったという。しかし続けていくうちに、少しずつその強力な球を受けることに慣れてきた。

 右で受けて左にターン、もしくはその反対でボールをコントロールすることも習得。ボールを受ける衝撃に対してどのように筋肉を使うか、どのようにボールを止めるのか、どうやってボールを出す相手を瞬時に判断するかを、コンテはルカクの頭と体に叩き込み続けた。

「練習では、俺の背後にデ・フライと(アンドレア・)ラノッキアがいて、俺を遮ろうとしていた」と、ルカクは語る。

「だから俺は全力を尽くして彼らを振り切ってパスを出すか、ドリブルで抜き去る必要があった。彼らは強力なDFだ。彼らを突破することができたなら、試合で他のチームのDFにも勝てると思った。実際、練習を重ねるたびに、適切な反応をする余裕ができてきた。1秒、2秒と余裕が増せば、それは大きな違いになる」

 実際にその違いは目に見えるものになった。ルカクはシュートを多く決めるだけでなく、仲間にゴールさせるシーンが格段に増えてきた(昨季は2アシスト、今季はここまでに9アシスト)。コンテの目論見は大当たりだった。

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「インテルに来てすぐに、監督は俺に向かってばっさり言った。『もし全力で練習に向わなかったら、お前がいくら値段の高い選手だろうが、プレーはさせない』。直球でそう言ってくれるのは小気味よかったし、俺に必要な言葉でもあった。俄然やる気が出たよ。こっ恥ずかしい賞賛は、面と向かっては言わないが、本当に最高の監督だ。俺は死ぬまで全力で彼とともに戦うつもりだ」

 サッカーマシンそのものより、コンテの振る舞いがルカクを変えたのかもしれない。指揮官の持つ求心力は他のメンバーにも発揮された。

 アルトゥーロ・ビダルは今季、コンテに強く望まれインテルに入ったが、まだその期待に応えられていない。フィジカルコンディションも悪く(現在もケガで長期離脱中)、ピッチでのパフォーマンスも満足いくものではなかった。

 コンテは誰にも遠慮はしない。言うべきことは誰に対してもはっきり言う。それが自分の高く評価する愛弟子であっても、だ。コンテからかなりきつい叱責を受けた後、ビダルはこう約束したと言う。

「確かにあんたの言うとおり、これまで自分が満足いくプレーができてないし、期待にも応えられていない。でも、俺は必ずゴールをすると約束する。それも生死を分けるような重要なゴールを、だ」

 結局、ビダルは今シーズン、1ゴールを挙げただけだったが、それは彼が宣言したとおり、今シーズンで最も重要な試合のひとつだった。1月17日、サンシーロでのユベントス戦で、インテルは勝利を収めた。9連覇中のユベントスを下したことは、選手に自分たちの強さを自覚させ、インテルの最終的な躍進の原動力となった。

 この試合は2−0で勝利したのだが、もうひとつのゴールを決めたのも、コンテのためなら火の中にでも飛び込みかねないニコロ・バレッラだった。

 バレッラは2019年まで故郷のカリアリでプレーしていたが、2018−19シーズンに最優秀MF賞を受賞し、インテルに移籍した。この時、他にも彼をほしがっていたチームがあった。ユベントスだ。ユベントスはインテルより高い年俸を約束した。だが、ユベントスのオファーに彼はこう答えたのだ。

「インテルも僕に興味を持っている。僕はインテルに行きたい。金額の多い少ないではない。僕はコンテ監督のもとでスクデットを勝ち取りたいんだ」

 サッカーチームでは重要なタイトルを獲得すると、選手たちにボーナスが支払われるのが一般的だ。だがインテルの経営状況は他のビッグクラブと同様、非常に厳しい。今回、インテルの選手たちはボーナスを辞退することにした。チームはそのことを非常に感謝している。選手とチームが良好な関係にあることの証であり、それは勝利には欠かせない要素だろう。