トランプ大統領の退陣は北朝鮮にどんな影響を与えるのか(写真:KCNA/Handout via Xinhua)

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と中国の習近平国家主席は、ジョー・バイデン氏のアメリカ大統領選の勝利が決まっても、祝辞をおくるのにあからさまといえるほどの時間をかけた。この2人が大統領選の結果を喜んでいないのも理解に難くない。プーチン氏と習氏は、ドナルド・トランプ大統領が支離滅裂のうちにアメリカの権威と権力を破壊したことから明らかに利益を得ていたのだから。

だが、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長ほどトランプ退陣を悲しむ指導者はいないだろう。12月下旬の時点で、金氏はトランプ氏が近々退任するという事実をまだ国民に伝えていない。なぜだろうか――。

深刻な経済崩壊状態

北朝鮮の事情に詳しい韓国の金炳椽氏によると、北朝鮮経済は2020年、前年比10%縮小する見通しという。しかも、2017年以来の同様の落ち込みに加えての落ち込みである。経済はほとんど機能しておらず、長期的な問題が、新型コロナウイルスによるパンデミックでさらに悪化した。北朝鮮は中国との国境をほぼ全面的に閉鎖せざるを得なかったのである。

自然災害にも襲われた。並行市場経済は、売るための輸入品とそれを買うためのハードカレンシー不足に喘いでいる。北朝鮮の経済崩壊は、すでに1990年代半ばの飢饉時レベルの3分の2に達していると金炳椽氏は言う。しかもこの飢饉自体が、朝鮮戦争に迫るほどの惨状だったのだ。

トランプ氏が政権を去ることが決まった今、制裁措置の緩和によって危機から解放され、遂には核保有国として認められたいという金委員長の希望は打ち砕かれたことになる。

金正恩政権にとっては非常に厳しい時期だと思う」と、元米中央情報局(CIA)アナリストのビル・ブラウン氏は言う。状況が八方塞がり状態なのを金委員長も感じているのは明らかで、11月下旬に開かれた朝鮮労働党政治局会議で、自らの政府の失策に怒りをあらわにした。

2021年1月、朝鮮労働党は第8回党大会を開催するが、今回は政権の今後の行方がかかった大会となりそうだ。市場改革に手をつけるのを止め、国家統制経済に戻って、これをさらに強化しようとするのか。バイデン政権に交渉再開を迫り、経済的救済を得るための影響力を取り戻すことを目的に、金委員長は長距離ミサイルや核弾頭の実験に踏み切るのか。

早いうちにバイデン政権を試して様子を見るというシナリオは、世界中のメディアから広く売り込まれてきたシナリオであり、過去の政権交代時にも同じようなことが起こっている。だが、情報に精通した専門家の多くは、国内で起きている危機を考えた場合、それはあまりにもリスクが高すぎるとみている。

「軍事的挑発という選択肢は、容易に取れるものではない」と、韓国のソウル大学で教鞭をとる専門家、金炳椽氏は語る。金委員長は、バイデン政権の注意を引きつけ、北朝鮮を優先順位リストに押し上げることには成功するかもしれないが、「その結果、逆に制裁を強めることになるだろう」(金炳椽氏)。

「さらに、中国との関係も損ねてしまう可能性がある。中国は朝鮮半島が不安定化するのを恐れているので、経済支援を減らし、制裁を強化するよう動くかもしれない。そうなれば、すでに大きな打撃を受けている北朝鮮経済が、さらに大きな打撃を被ることになってしまう」

民衆蜂起の可能性はあるのか

現状維持に固執したとしても、それはそれで問題だという。「金正恩氏の選択肢は非常に限られていると思う。どのシナリオを取っても、リスクが大幅に高まるからだ」と金炳椽氏は言う。

北朝鮮政権は、国民が国家経済から離れ、市場への依存度を高めている現状に直面しているのだ。「現在の国民は、1990年代の国民より積極的に福祉の改善を要求してくるだろう。そしてそれが、金正恩氏にとっては大きなプレッシャーとなるはずだ」。

ただし、専門家らは、民衆蜂起が起きることはないと予想している。「北朝鮮は、民衆蜂起からは程遠いところにある。恐怖政治によって国民は怯えきっているから、蜂起までは考えないだろう」と、ソウルの国民大学校で研究活動に従事するロシア出身の北朝鮮専門家、フョードル・テルティツキー氏は話す。

だが、社会不安がすでに表面化しているのは明らかだ。映画をはじめとする外国のメディア、特に韓国の映画やテレビを見るという、いわゆる「反社会主義」的活動の取り締まりを政府がここ数カ月強化していることからもそれはうかがえる。

政権にプレッシャーがかかっていることが最もはっきりとわかるのが、政府がここ数カ月間に新たに講じた措置である。党と国家の統制を回復し、市場経済や新興富裕層である「ドンジュ(金主)」の抑制を図った措置なのだが、ドンジュたちが苦労して稼いだ外貨を強制的に手放させて北朝鮮ウォン建ての国有債を購入させようという試みは、明らかに、そして予想通り、9月以前の段階ですでに失敗に終わっている。

これで政府が国民からの外貨吸収の取り組みをあきらめたわけではなかった。政府は外貨をそれほどまでに必要としているのである。それがよく映し出されているのが、最近の非公式市場における北朝鮮ウォンの謎の投機的高騰である。

市場の自由化に向けた動きはある

とはいえ、公共部門が実際に物資を国民に届けることができない以上、市場を踏みにじることもできない。「全体的な動きとして、市場の自由化に向けた動きはまだ存在している」と、前述のブラウン氏は話す。「ただ政権は、それにブレーキをかけようとはしている」。

こうした惨状をさらに悪化させているのが、パンデミックだ。国内の感染者はゼロと政権は主張しているが、これを信じる専門家はほとんどいない。韓国のアナリストは、北朝鮮では今年の初めに深刻な流行があったと考えており、その結果、国境はほぼ全面的に閉鎖された。消費財の多くが店頭から消えてしまったことからもこれは明らかで、平壌の特権階級のエリート向けの店ですら、この状態は続いているという。

パンデミックは、自由化や市場改革に反対する人々にとっては都合のいいものだった。「封鎖のメンタリティーは、統制経済を狂信的に信じる政府関係者にはぴったり合っている。特に国境閉鎖に関しては」とブラウン氏は述べる。「これで市場経済は大きなダメージを被り、筋金入りの党支持者にとっては好都合なはずだ」。

中国は北朝鮮をどこまで支援できるか

こうした中、金政権が生き残ってこられたのは、唯一の同盟国である中国が支援して、崩壊を防いでくれたからだ。公式には、中国の統計機関による数値が示すように、2020年の北朝鮮の対中国貿易はほぼゼロにまで落ち込んだ。

だが、日本やアメリカメディアの報道によると、食糧や肥料、エネルギー資源が中国から北朝鮮に相当量流入しているという。加えて、北朝鮮からの輸出量も増えているもよう。石炭や鉱物をはじめとする商品が、非公式に輸出されているというのだ。

ただ、中国の支援にも限界がある。「中国は北朝鮮が破綻しない程度の支援を提供することはできるが、その程度では持続的な成長を実際に助けることはできない」と、北朝鮮に特化した報道機関、NKニュースにも寄稿しているテルティツキー氏はオンライン上で述べている。

ブルッキングス研究所のジョナサン・ポラック氏もこれに同意し、「中国は主要な資源については確約していない」と発言している。「中国が望んでいるのは、北朝鮮が節度ある態度をはっきりと示すことであり、それが納得できるような態度かきたcどうかによって、もっと支援すべきかどうかを決めていくだろう」。

たとえ中国が経済的な影響力を行使しようとしても、北朝鮮政府は過去にも中国の警告を無視することがよくあった。10 月に平壌で行われた大規模なパレードでは、北朝鮮の新型長距離ミサイルや、近代化された軍備が誇らしげに展示されていた。

これによって、北朝鮮には軍事力があり、その軍事力によって現在の比較的平穏な状態がいつ破壊されるかわからないことを世界は改めて思い起こしたし、パレード自体それを意図していたのも明らかだ。

「当然ながら中国は、独自の立場を利用して北への影響力を拡大できるのならばそれが理想的と考えているが、中国には北が不安定化すれば自国の利益にはならないことはわかっているし、経済が完全崩壊する危険があったとしても金正恩氏が中国に服従することはないということも分かっている」と、テルティツキー氏は言う。

それでは韓国はどうか。歴史的に言うと、北朝鮮は韓国にも救済を求めてきた。特に進歩的な政権は支援に積極的だった。韓国の金大中政権は1990年代、食糧、肥料、通貨を大量に送って飢饉緩和を支援した。2008年に保守政権が復帰したことにより、その援助も止まってしまった。

2017年に進歩派の文在寅政権が誕生すると、北朝鮮との対話を望む文政権は、それを実現させるために、朝鮮半島の2カ国を結ぶ壮大な経済プロジェクトの話を持ち込み、これに保守派によって中止された、より小規模な取り組みを復活させるという申し出を組み合わせようとした。

二国間関係も当初、いい方向へと発展するように見えたが、それ以降、北朝鮮は韓国からの申し出をすべて断るようになった。2020年6月には南北共同連絡事務所の庁舎を挑発的に爆破しているし、最近では、韓国が開城に建設したものの閉鎖されていた工業団地を完全に自分たちの力で復元すると宣誓した。

北朝鮮のメディアも、糾弾するような態度で韓国を扱っている。南北対話の活性化に向けた文政権の必死の努力など、まるで北には届いていないかのような扱いだ。文政権が最近、北朝鮮の反体制派が韓国で活動することまで禁止しているにも関わらず、だ。

北朝鮮政府は、韓国政府が国連の対北制裁体制を順守し続けていることに、公然と不満を抱いているのだ。韓国政府は公然とアメリカに逆らう気はないが、北朝鮮の核兵器プログラムの一部廃止と引き換えに制裁措置を緩和するという交渉の試みに、再びアメリカ政府をおびき寄せられればと考えている。

アメリカとの関係はどうなるか

今後注目されるのはアメリカとの関係である。現時点で、バイデン次期大統領の顧問の間では、北朝鮮との外交再開を支持する声もあるが、トランプ・金会談のような空虚な見世物を繰り返してはいけないと注意を促す声も上がっている。

「近いうちに北朝鮮との再交渉が緊急に必要になるとは思えない」とブルッキングス研究所のポラック氏は言う。「北朝鮮を避けろというわけではないが、われわれにははるかに差し迫った優先事項がある。同盟国から始まって、中国にまで至る優先事項だ」。

北朝鮮との関係は、アメリカ新政権と中国との関係がどう展開するかの”指標”になる可能性がある。「北朝鮮が協力的でなかった場合、それは中国が新政権をどう見ているか、というサインになりうる」。

年明けの金正恩氏の頭には、こうしたことのすべてが浮かんでくることになるのだろう。「正恩氏は今回の党大会を機に、強いリーダーシップを発揮する必要がある」と、ブラウン氏は言う。だが、金正恩政権は、自らの将来、そして国の将来についても、かってなかったほどに不確かな状態で10年目を迎えることになりそうだ。