トランプ大統領にとってド派手な演出はお手の物。むしろ11月3日のアメリカ大統領選前にバイデン氏が大失態を演じる可能性も十分ある(写真:AP/アフロ)

9月の第1月曜日はアメリカではレイバーデイ。今年の場合は9月7日で、この「労働者の祝日」を過ぎると、アメリカ大統領選挙は終盤戦を迎える。

競馬で言えば第4コーナーを回ったところ。大観衆から「差せ!」「そのまま!」といった声が聞こえてきそうなところ。あいにく今年はコロナ下で無観客競馬が続き、ゴール前の熱狂がどんなものだったかを忘れてしまいそうなのだが。

バイデン氏有利のはずが、一気に差が縮まってきた!


この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています)。記事の一覧はこちら

まずは足元の状況を確認しておこう。「リアル・クリア・ポリティクス」という便利なサイトがあるので、データについてはリンク先をご参照願いたい。まず、全国レベルの支持率を見ると、挑戦者ジョー・バイデン元副大統領が引き続き現職のドナルド・トランプ大統領を大量リードしている(General Election :Trump vs. Biden) 。

ただし、実際の選挙は選挙人の総取り合戦で決まるので、州ごとの票読みが重要になってくる。ブルーステーツ(民主党州)、レッドステーツ(共和党州)、そして「トスアップ」と呼ばれる激戦州の色分けを見なければならない(2020 Electoral College Map) 。これを見ても、やはりバイデン勝利が濃厚であるようだ。長らくこの地図を見慣れてきた者としては、かつては共和党の金城湯池であったテキサス州やジョージア州が、今では形勢不明になっている点に新鮮な驚きを覚える。

ところがですな、8月24日から27日にかけて共和党大会が行われて以降、トランプさんが急速に追い上げている。どこを見ればわかるかというと、大統領選挙をネタにした賭けのオッズである(Betting Odds - 2020 U.S. President) 。7月から8月はバイデン氏が大幅リードしていたが、9月に入ってからはほぼ横一線。差が詰まってきている。

   
つまり同国の大統領選挙において、世論調査は当てにならない(2016年のことを思い出そう)。そしてメディアによる分析も、バイアスがかかっている(リベラルなニューヨークタイムズ紙やCNNと、保守的なFOXニュースではまるで別世界だ)。ところがギャンブラーたちは、政治的主張を棚に上げて、「どっちに賭ければ儲かるか」という冷徹な視点で考える。つまりは賭けのオッズこそ、いちばん信頼に足る指標ということだ。

これからの見所は?

ということで、これから最終盤の2カ月を迎える米大統領選挙は「形勢不明」、と見ておく方がいい。何しろ追うトランプさんには現職の強みがある。その上でここから先、どこに注目すべきかを列挙してみよう。

第1の注目点はテレビ討論会だ。トランプ対バイデンの直接対決は3回行われる。生放送、出たとこ勝負でそれぞれ時間は1時間半。過去にはこれで何度も番狂わせが起きている。特に2回目の討論会はタウンホール形式となる。両候補は会場の参加者からの質問を受けるので、ハプニングが生じやすくなるからご注意を。

9月7日 レイバーデイ
9月29日 第1回テレビ討論会(オハイオ州クリーブランド)Fox News
10月7日 副大統領候補討論会(ユタ州ソルトレークシティ)USA Today
10月15日 第2回テレビ討論会(フロリダ州マイアミ)C-Span=タウンホール形式
10月22日 第3回テレビ討論会(テネシー州ナッシュビル)NBC News
11月3日 米大統領選挙・連邦議会・州知事等選挙投開票

これまでのバイデン氏は「ステルス作戦」で、ステイホームしながらトランプさんの自滅を待っていた。さすがにここから先は、みずから前へ出て勝負を挑まねばならない。しかし相手は根っからのテレビマンで、ハッタリもアドリブもお手のものである。 

8月の党大会でバイデン氏は、アイルランド詩人のシェイマス・ヒーニーの詩を引用するなど、格調の高い指名受諾演説を行った。あのFOXニュースでさえ称賛する出来栄えであったが、所要時間は歴代で最も短い24分。民主党大会は完全リモート方式で、「無観客演説」で行われたこともあり、拍手や歓声による中断は一切なし。口さがない向きは、「ジョーの集中力は、25分までは持続するようだ」などと揶揄している。

これに対し、共和党大会におけるトランプさんはやりたい放題。指名受諾演説は延々1時間以上に及び、ホワイトハウスの園庭に約2000人の観客を呼び(ほとんどマスクをしていない!)、何度も歓声を浴びながら自画自賛と民主党批判を展開した。しかも演説終了とともに、ワシントン・モニュメントを背景に盛大に花火を打ち上げ、ホワイトハウス3階バルコニーからはテノール歌手がオペラを歌った。まさに「グレーテスト・ショーマン」である。

こんな2人が直接対決するのだから、何が起こっても不思議はない。そうでなくても高齢を不安視されているバイデン候補、討論会の最中に「空白の45秒」みたいな事故が起きれば、支持を大きく損じることになりかねない。

トランプ大統領が抗議デモ拡大を「歓迎」しているワケ

第2の注目点は、全米各地で起きている”Black Lives Matter”(黒人の命をなめんなよ)の抗議デモがどこまで拡大するか。8月23日、今度はウィスコンシン州ケノーシャで、白人警官が無抵抗の黒人を後ろから銃撃する、という事件が起きてしまった。これに対する抗議活動が各地で頻発し、一部は過激化して破壊行為を伴っている。するとトランプ大統領が唱える”Law and Order”(法と秩序)が、説得力を持つようになってくる。

実を言うとトランプ氏は、事態がエスカレートすることを歓迎していて、むしろ抗議活動を挑発しようとしている節がある。トランプ陣営が照準を合わせているのは「郊外に住む女性たち」。彼らに対して、「民主党は危険な連中だ」と思わせたいのである。抗議デモはしばしば”Defund the Police”(警察を解体せよ)というスローガンを唱えるが、トランプ政権2期目の政策アジェンダ10項目の1つに”Defend our Police”(われらが警察を守る)を加えている。トランプ支持者はこういう点に敏感だ。

ちなみにアメリカの警察官は、州なり郡なりの地方職員である。西部劇に出てくる保安官が、地元で選ばれる有力者であったことを想起されたい。刑法も州によって違うし、法の執行は自治に委ねられている。ところが警察や司法制度の改革が、今や全国的な課題となっている。連邦政府はどのように関与すべきなのか。ここがこの問題の難しさである。

第3の注目点は、郵便投票の是非についてである。コロナ下の選挙戦につき、郵便投票を導入する州が増えている。ところがトランプ大統領と共和党は、「郵便投票で不正行為が拡大する」と警鐘を鳴らしている。オレゴン州のように、以前から「全部郵便投票」の州もあるのだから、これは限りなくイチャモンに近い。その真意は、「投票率が上がると俺たちが不利になるから」であろう。

そこでトランプ氏はとんでもないことを考えた。今年6月、米郵政公社(USPS)の総裁に自らの大口献金者であるルイス・デジョイ氏を政治任命したのである。このデジョイ総裁、赤字経営を立て直しますと、郵便ポストの撤去、仕分けセンターの閉鎖、残業制限などのリストラ策を次々と実施した。するとたちまち郵便の遅配が増える。「ほれ見ろ、こんなので郵便投票なんてできっこないだろ」というわけだ。

インターネット時代において、郵便事業が儲からないのはどこの国でも同じこと。だからと言って、ここまでするかとUSPSの現場、特に労組は怒り心頭だ。下院民主党は急きょ、USPSへの補助金予算を可決。ところが上院共和党はそれに反対。実は大統領選挙と同日に行われる議会選挙において、共和党は現在の3議席差のリードが危うくなっている。彼らもまた、郵便選挙は都合が悪いのだ。

まさか「郵便」がカギになるとは・・・

さて、ここで興味深い事件が発生している。8月20日、トランプ氏側近で元首席戦略官、スティーブ・バノン氏が詐欺容疑で逮捕・起訴された。メキシコ国境に壁を作るためのクラウド・ファンディング資金を私的に流用した容疑である。2016年のトランプに逆転大勝利をもたらした天才参謀が、ずいぶん地に落ちる話だが、この容疑を固めたのが郵政公社の警察部門、US Postal Inspection Service(USPIS)だったというから驚きだ。

実はアメリカの郵便局には警察部門がついている。というと、まるで旧国鉄の鉄道公安官みたいだが、アメリカでは昔から州を越えて郵便や通信を使った詐欺事件が多かった。そこで郵政公社内に、警察組織が作られたというわけだ。実際に起訴したのは、ニューヨーク州南部地区の連邦検察である。今や司法省はバー司法長官以下、大統領のイエスマンばかり。そこでニューヨーク州やUSPSなどの「反トランプ連合」が、ひとあわ吹かせてやろうと反撃に出ているようなのだ。

思えば2016年選挙では、投票日直前にヒラリー・クリントン候補の私用「メール」事件が焦点になった。まさか2020年選挙では、「郵便」がカギになろうとは。投票日まであと2カ月、この調子で行くと、何が起きても不思議はなさそうだ(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承下さい)。

ここから先はおなじみ競馬コーナーである。

ここでどうしても、筆者は1973年のアメリカ映画『スティング』(ジョージ・ロイ・ヒル監督)に触れておきたくなる。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードという詐欺師コンビが、ロバート・ショー演じるギャングのボスに一杯食わせる話だ。

使われる手口はヤミ競馬場。電信で送られてくる競馬中継を、数分間遅らせることができるから、「あなたにだけは当たり馬を教えますよ」と誘うのである。いやあ、1930年代のアメリカでは、こんな手口が横行したのでしょうな。

劇中の詐欺師たちは、こんなことを言う。「Wire(電信)はどうだ?」「あの手は古いよ」「いや、意外とみんな知らないかもしれないぞ」。アメリカの郵政公社に警察部門ができたのは、このあたりに理由がありそうだ。

新潟記念は福永騎手騎乗が決め手のブラヴァスで

さて、週末の新潟記念(G3、新潟競馬場、芝2000メートル)については結論だけを手短に。

本命はブラヴァス。この夏新潟で勝ちまくった福永祐一騎手を評価。

対抗はカデナ。穴馬にウインガナドル。そして大穴にアールスター。ワーケアは危険な人気馬認定。この週末は夏競馬の最後を楽しみたい。