経済問題で自殺する男性は多いのに、なぜ女性は少ないのでしょうか(写真:ooyoo/iStock)

「トロッコ問題」と呼ばれる有名な思考実験があります。


この連載の一覧はこちら

制御不能となって暴走するトロッコがあります。このまま進むと、線路上にいる5人の作業員がひき殺されてしまいます。

あなたは、たまたま線路の分岐器のすぐそばにいました。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かります。しかし、切り替えた別線路上にも1人の作業員がいます。つまり、あなたは5人を救うために1人を犠牲にできますか?という問題です。

思考実験なので、これに正解はありません。人によって意見が分かれて当然です。コロナ禍においても、このトロッコ問題を模して、「生命か? 経済か? どちらを助ける?」という論争も巻き起こっています。重要なのは、こうした究極の選択を突き付けられたときに、自分がどういう判断を下すのかを通して、「無意識の自己の本性」を認識することのほうです。

パートナーが借金を抱えたら?

さて、この「究極の選択」問題ですが、以下の問いを未既婚別に調査してみました。興味深い結果が出たのでお知らせします。

「恋人または配偶者が返済不可能な借金を抱えたことが判明しました。あなたは、その相手と別れますか? それとも一緒に返済を頑張りますか?」という問いです。グラフは、「別れる」と「一緒に頑張る」の差分を表したものです。

上に伸びていれば「別れる」が多い、下に伸びていれば「一緒に頑張る」が多いことを意味します。どういう形の借金なのかなど細かい前提条件は設定していません。パートナーに自分の能力を超えた巨額の借金があると突然突き付けられたときに、どう考えるかという話です。


男性より女性のほうがきっぱり別れる

未婚者を見ると、性別・年代かかわらず、すべて「別れる」が多数派となっています。男性より女性のほうがきっぱり別れるという傾向が強く、倍近い開きがあります。一方、既婚者も、未婚女性ほど「別れる」率は高くはないものの、全年代「別れる」派が多くなっています。

その中で、既婚男性だけが40代を除いて「一緒に頑張る」派のほうが多いのです。この結果は、正直意外でした。未婚のカップル同士は、恋人同士とはいえ、まだ他人ですから、こうした割り切り感は納得できるものもあります。が、すでに結婚して家族となっている既婚者、とくに既婚女性は、もっと「一緒に頑張る」率が高いものと予想していたからです。

ところが、現実は、「妻の借金をなんとかしようとする夫、夫が借金したら見捨てる妻」という構図でした。「金の切れ目は縁の切れ目」とも申しますが、なんとも切ない話です。

とはいえ、こうした既婚者の判断の背景には、それぞれの年収の多寡や子の有無、夫婦間の現在の関係性の影響もあるでしょう。そこで、既婚男女に絞って、いろいろな前提条件によるクロス集計結果も見てみます。

それによると、既婚女性で「一緒に頑張る」が多くなるのは、「自分の年収が400万円未満」と「結婚は金より愛が大事だ」と答えた人たちだけでした。「結婚は金である」と回答する女性が「別れる」を選択するのは当然として、子どもがいようがいまいが関係なく、年収や貯金に関しては、自分の年収や貯金額が多い女性ほど「別れる」派が多いのです。

既婚男性は?

対して既婚男性を見ると、「結婚は金だ」「貯金600万円以上」の人が「別れる」派なのは既婚女性と同様ですが、ほかはことごとく逆です。まとめると、年収400万以上で、貯金は600万未満、子の有無関係なく、結婚は愛だと考えている既婚男性は、妻の借金をなんとかしようとするのです(※年収400万円及び貯金600万円は調査対象者の平均値で分けています)。


そして、注目したいのが、「男女規範の強い」既婚男性ほど「一緒に頑張る」率が高い点です。「なぜか自己肯定感が低い日本の未婚男性の実像」という記事でも解説したとおり、既婚男性の自己肯定感は高いのですが、これは同時に、「男は男らしく、女は女らしくすべきである」という男女性別規範の強さと相関しています。

つまり、「男らしさ規範」が強い既婚男性ほど自己肯定感も高く、幸福度も高い。逆に言えば、既婚男性の生きがいとは、妻や家族を自分が養っているという意識が支えていると言っても過言ではないでしょう。だからこそ、既婚男性は、自己の年収を超える借金を妻が作ったとしても、なんとかしようと踏ん張ってしまうのだと思います。

家族のためには自分の身を犠牲にしてでも守ろうとする。冒頭のトロッコ問題に当てはめれば、家族5人と自分1人なら、迷わず自分1人の命を捧げるということです。そこから決して逃げたりしません。なぜなら、逃げたら、自己の存在理由の否定になるからです。それが多くの日本の夫たちの美学なのかもしれませんが、そんな美学に縛られている男ほど、その末路は悲しいものになる可能性があります。

一方、女性は違います。まず、女性が結婚するメリットとして挙げているもののうち、男性と大きな乖離があるのが「結婚とは経済的メリットである」という意識です(「独身男が『結婚コスパ悪い説』を信奉する理由」の記事参照)。

女性が離婚する理由も明確です。妻からの離婚を切り出す場合の原因は、「性格の不一致」を除けば、「金銭的理由」がその4割を占めます(「『夫婦の絆』も破壊するコロナ禍の恐ろしい作用」の記事参照)。夫側の離婚理由の「金銭的理由」がわずか16%であることからその差は歴然です。つまり、女性にしてみれば、結婚する理由もお金ならば離婚する理由もお金なのです。

離婚によって自殺する割合は女性に比べて高い

さらに言えば、金銭的理由で離婚をしない夫たちですが、皮肉にも、離婚によって自殺する割合は女性と比べて非常に高いわけです(「『離婚した男性』の自殺はなぜこんなに多いのか」の記事参照)。と、同時に、男たちの自殺の多くは経済問題によって引き起こされてもいます。


自殺者数が大幅に減ったといわれる2018年の自殺統計を見ても、経済問題での男性の自殺者数は2998人、経済問題で自殺する女性434人と比較しても実に7倍近くになります。言い換えると、女性はお金を理由に自殺したりしないのです。

コロナ禍による経済活動の自粛が続けば、今後経済的に逼迫する人たちも増えるでしょう。失業者の数はリーマンショックを超えるともいわれています。もしそうなれば、2009年の男性の経済問題による自殺者数である7634人を超えるかもしれません。

失業率と男性の自殺率の関係

失業率と男性の自殺率とは、ほぼ一致に近い強い正の相関がありますが、自殺するのは失業者や無業者だけではありません。2018年実績においては、自殺した男性のほぼ半分の48%が有業のまま亡くなっています。

失業して無職になって、お金が尽きて絶望して自殺するというよりは、「なんとか頑張ろう」「まだまだ大丈夫」「俺が頑張らなくてどうする」と、自分の限界点を超えたことに気づかないまま、無理してしまった結果の自殺も多い。

彼らは、自殺したくて死んだわけではない。身体も心もボロボロになりながらも、なお最期まで必死で生きようとしていたのです。むしろ、誰よりも生きたかったと強く思っていた男性たちだったのかもしれません。

「だったら、そんなつらい男らしさ規範からさっさと降りればいいのに」という女性がいますが、男らしさにひも付いているのが経済力なのであり、そこから降りることは、結局は、本記事でデータを示したとおり、妻にも社会からも見捨てられる世界でしかないわけです。

一方で、この「男らしさ規範」が強ければ強いほど、高年収でもあり、自己肯定感や幸福度も高いということも事実です。

「笑いと叫びはよく似ている」

これは、岡崎京子さんの描いた漫画『ヘルタースケルター』での冒頭の一節です。男たちに至福の笑顔をもたらすのも「男らしさ」であり、同時に、男性たちを苦しい戦いの場へと駆り立て、絶叫のなか死へと誘うのもまた、この「男らしさ」なのです。