セルゲイ・ナルイシュキン/1954年10月レニングラード生まれ 大学卒業後、1980年代にベルギーのソビエト大使館で経済担当として勤務。経済情報の取得に携わったとみられる。1992年よりサンクトペテルブルク市でプーチン副市長のもと経済部課の課長、2004年政府官房長(大臣)に抜擢され、2007年副首相兼政府官房長、2008年大統領府長官、2011年12月から下院議長。2016年10月対外情報庁長官。ロシア歴史学会会長。英語、フランス語が堪能(写真:筆者撮影)

2月最終週、筆者は久しぶりにモスクワを訪れた。ロシア政治の変化を肌感覚で知るためにフリーのジャーナリストとして、全く個人の立場によるもので、SNSなどで連絡を取り、旧知の政治家やジャーナリスト、有識者に会うためだった。

1月15日に異例の年次教書演説でプーチンは憲法改正を国民投票にかける考えを表明した。その中には自らの3選の可能性を封じる条項も含まれている。ポストプーチンに向けロシア内政が動き出したのだ。(筆者記事『動き出したプーチンによるポストプーチン戦略』

モスクワに着いてから、思わぬ人物から、人を介して会いたいという連絡がきた。ロシア対外情報庁(SVR)のセルゲイ・ナルイシュキン長官である。アメリカの中央情報局(CIA)に対抗するロシアの対外諜報機関のトップ。SVRはプーチン大統領の出身母体でもある。

ナルイシュキン氏は連邦政府副首相兼官房長官、大統領府長官、下院議会議長などを務め、プーチン政権の屋台骨を支えてきた。プーチン大統領の信頼厚い有力政治家の1人だ。プーチン氏がサンクトペテルブルク副市長のころの部下であり同僚でもある。また日本とロシアの文化交流年のロシア側代表も長く務め、日本にも知己が多い。ただ本籍はプーチン大統領と同じく対外諜報で、定義からすればシラビキ(治安・国防関係の政治勢力)の1人である。

私は最後のモスクワ勤務となった2007年までの間に副首相だったナルイシュキン氏の知己を得て、彼が下院議長の時はモスクワを訪れるたびに面談し、東京では公式なインタビューに応じてもらった。しかし2016年10月にSVRの長官に任命され、秘密の壁で閉ざされた機関のトップになったため、外国メディアの人間としては連絡する手段がなくなっていた。

それが突然の先方からの誘いでインタビューが実現した。ほぼそのまま、2回に分けてお届けしたい。1回目はアメリカ、中国との関係について。2回目は日本との関係についてである。

2月28日夕方、指定された場所はかつてウクライナホテルと呼ばれたラディソンロイヤルホテルの会員制レストラン。セルゲイ・ナルイシュキン長官は秘書も連れずに1人で、ノーネクタイの軽装で現れた。ロシアのSVR長官との奇妙な対話が始まった。

ロシアと中国の間には特権的な戦略関係が存在する

石川 今の国際情勢はとても複雑です。その中で対外情報庁(SVR)の使命は何ですか。

ナルイシュキン SVRの主要な任務、つまり存在意義は、ここ数十年間、少なくとも第2次世界大戦後には大きな変化はない。わが国家とロシア社会に対する外部の脅威について、その全体像を見つけ出し、(指導部に)警告することです。それに相応した諜報情報を取得しています。とくにいわゆる不安定な地域、紛争地帯での情報です。そして国家と社会の経済的、政治的な発展に寄与する情報を得ることも重要です。


インタビューが行われたウクライナホテル(写真:筆者撮影)

石川 どのような地域あるいは分野が対外情報庁にとって重要ですか、アメリカ、中国、中東ですか。それとも対テロ関係ですか。

ナルイシュキン 地域で言えば、もう一度繰り返しますが、重要なのはわが国の利益に対する外的脅威が発生する地域、より正確に言えば方向性です。多分あなたは特別な意図があって「中国」という言葉を地理的な方向性の一つとして質問に入れたのでしょうが、すぐお答えしたい。中国は軍事的な同盟国ではないが、信頼できるパートナーです。中国とロシアの間には、単に戦略的なパートナーというだけでなく、特権的な戦略的関係が存在します。中ロの相互協力関係は、この広大なユーラシアの空間だけでなく、全世界の安定と安全保障のための重要なファクターなのです。

石川 アメリカは自らの安全保障のドクトリンの中で、ロシアと中国は、アメリカへの潜在的な脅威、チャレンジャーだとしています。今の米ロ関係についてはどのように評価していますか。

ナルイシュキン アメリカとロシアの国家間の関係については、隠すつもりもないが、下に下にとレベルが低くなっています。原因はたくさんあるが、主要な原因は、アメリカが衝動的で予想不可能な、そして全体として攻撃的な外交政策をとっており、グローバルな支配を手放すことを望んでいないことです。そのため、ロシアや中国に対して敵視政策が行われているのです。

ロシアと中国は、特にロシアについては明言しますが、全世界の支配を目指してはいない。だが、この両国は世界のさまざまな地域での問題の状況や決定に対して、あるいは世界全体に対しても影響力を持っている。このことをアメリカは好まない。

石川 好まない・・・・・・。

ナルイシュキン アメリカのほうが望んでいない。

頂上にいたアメリカが変化の中で抱く嫉妬心

石川 あなたはそのことを感じていますか。

ナルイシュキン 日々感じていますよ。まあ下世話な言葉でいわせていただければ嫉妬心みたいなものですね。ロシアに対しても中国に対しても、アメリカのほうからね。もちろん1990年代という時代が、アメリカを堕落させました。そのころアメリカは頂上にいて、そこから命令することに慣れてしまった。頂上にいるアメリカは唯一のもので特別な存在、というわけです。

でも時代は変わった。彼らもわかっているが、このグローバリゼーションという時代、ドクトリンはもう終わりだとはいいませんが、終末に近づいているのは明らかです。グローバリゼーションの時代も、アメリカの一極支配も終わりに向かっている。そこからアメリカの中国、そしてロシアへの敵視政策が生まれているのです。

石川 アメリカとロシアの国家間の関係が悪いということはよくわかりました。そうであっても諜報機関どうしの協力は必要でしょう。アメリカの対外諜報機関とSVRは世界最高レベルの能力を持っていますが、アメリカとロシアの対外諜報機関の相互関係はどのようなものでしょうか。

ナルイシュキン 対外諜報の世界では、世界のほとんどの国の機関とお互いに良好な、生産的なパートナー的な関係を保っています。その中にはアメリカの諜報機関、まずCIA(中央情報局)との関係も含まれています。パートナー関係にある主な分野としては国際テロとの戦いがある。この分野ではアメリカのパートナーとも、ほかの国のパートナーとも、その中には日本も含まれますが、日々の情報、諜報活動で得た情報の広範囲な交換を行っています。

テロ組織の意図やメンバーの情報、リーダーたちの構成や資金源の情報、そしてさまざまな個別のテロ行動の目的、意図などについてです。米ロの国家間の関係が低いレベルにあり、緊張関係にあっても、そのことが対外諜報機関どうしの協力関係、あるいはFBI(米連邦捜査局)やFSB(ロシア連邦保安庁)のような治安機関どうしの協力を妨げてはいません。

石川 主な協力分野は対テロ作戦ということですか。そうした協力の結果、テロを防いだこともありますか。

ナルイシュキン 最近、FSBとの会議で大統領自身が明らかにしたことですが、アメリカとの協力でサンクトペテルブルクでのテロを防ぐことができました。こうした事例は1つや2つではありません。

サイバー空間の安全保障を提案している

石川 サイバー空間の分野についてお聞きしたい。サイバー空間では今、ロシアも含めてさまざまなプレーヤーが競争を激化させています。ただ、アメリカが優位な地位を占めていると思います。アメリカの優位性をロシアの諜報機関としてどのように評価していますか。また、ロシア、あるいは対外諜報機関としてどのような課題、目的を持っていますか。ロシアは本当に独立した、別個の、主権のあるサイバー空間を持てると思っているのですか。

ナルイシュキン 私はアメリカの優位性について、評価するつもりはない。アメリカとロシア、あるいは日本を含めたほかの発達した工業国家との間のポテンシャルと比較するつもりもない。誰が強いかとね。ただはっきりと申し上げますが、ロシアはアメリカと同様、十分なポテンシャルがある。科学技術のポテンシャルから見ればね。日本も十分あると思いますが。

石川 スノーデンはその著書に、アメリカは自国民だけでなく世界中どこでも聴こうと思えば聴くことができると書いています。

ナルイシュキン スノーデンね。アメリカは(他国を盗聴している)ことを隠しさえしない。ただ問題はその能力をどのように使うのかだ。スノーデン氏が著書で明らかにしたように、アメリカは世界のコミュニケーションをコントロールしていたし、今もしているでしょう。そして数百万の人々の電話やそのほかの会話を監視しているでしょう。彼らにはその能力があり、それをしていると思います。その結果、彼らは基本的な人権というものを無視している。われわれはそのようなことを必要としていない。まったく必要ありません。

アメリカはロシアを非難するが証拠を出していない

石川 アメリカは、ロシアこそアメリカの内政に干渉しているではないか、といっています。

ナルイシュキン 非難していますよ。でも何の証拠も出していない。だからこの嘘に基づく非難は信じないほうがよい。根拠のない嘘ででっち上げですよ。理由は他にあるでしょう。

サイバー空間の利用やサイバー空間の安全保障について、ロシアは国際合意を結ぼうと提案しています。サイバー空間での国家の機能についての基本原則を結ぼうということです。簡単に言えば、サイバー空間において国家には何が許されて、何が許されないかです。そしてどのように管理するかです。ただ残念ながらアメリカは無反応です。

私は第2次世界大戦前にソビエトがイギリスとフランスに対して対ドイツ・ナチス政権で手を結ぼうと呼びかけたのに無視された状況を思い出します。そのことが結局ナチスによるポーランド侵攻とその後のソビエト侵攻につながりました。それから80年たちますが、私はそうしたことを繰り返したくないですね。だからサイバー空間における国際合意を提案しているのです。

石川 サイバーセキュリティはロシアの安全保障にとっても重要なのですね。

ナルイシュキン もちろんです。サイバーセキュリティの担当機関によればロシアに対するサイバー攻撃は毎年数十万どころか数百万回も行われています。どこかはいいませんが、世界のあちこちから行われています。われわれにはサイバー空間を守る義務があります。われわれの社会生活を機能させるために重要なインフラをこうした攻撃から守ること、国家と国民の安全を守ることは重要なのです。

(筆者あとがき)

写真はあたかも図書室のようであるが、最後に写真を頼むと、この書棚の前のテーブルをセットされた。インタビュー自体は、レストランの個室でお茶を飲みながらの談話形式だった。テーブルにはブドウやリンゴ、オレンジなど果物が山と積まれていた。私は赤いマリーナ(ロシアのラズベリー)のハーブティーを飲んだ。とても質が良かった。ナルイシュキン氏はコーヒーを飲み、時折、ブドウを頬張った。

ビデオはNGだが、録音はOK。執筆内容はご自由に、ということだった。私はフリーのジャーナリストとして会うと伝えていたが、ナルイシュキン氏もSVR長官として公式にインタビューに応じたのかというと、それは少し違うのかもしれない。お付きもプレスサービスもノートテーカーもまったくいなかった。

中国との関係について「軍事的同盟関係」を明確に否定したうえで、「特権的な戦略的パートナー」と述べた点が注目される。「特権的」との表現は初めて聞いたが、ロシア語も英語のprivilegeからくる言葉だ。ロシアとしては、中国との2国間関係の重要性を意味するだけでなく、アメリカに代わるとは言わないが、同等の役割を果たすという意味で「特権的な役割」があるということを強調したかったのであろう。

米ロ関係については、「低いレベル」というときに、手をテーブルの下におろして表現した。アメリカを非難する言葉には皮肉と棘が含まれていた。しかし対外諜報機関どうしとしてのCIAとの関係については対テロ分野を中心にかなりの協力関係にあり、そのことが実際のテロの防止に役立っていることも強調した。政治は政治、諜報の世界の実務的な関係は大切だというメッセージが込められていた。アメリカを非難する言葉は辛らつではあるが、口調や全体の雰囲気からは敵意というものは感じられなかった。

(ナルイシュキン長官が日本との関係を語る第2回は13日金曜日に公開予定です)