引っ越し業者との交渉はどのようにすればいいでしょうか(写真:つむぎ /PIXTA)

仕事での打ち合わせや会議、プライベートでの集まりや相談事など、気づかないだけで、毎日は「交渉」の連続です。そんな毎日の交渉の中で、うまいおとしどころを見つけるにはどうすればいいのでしょうか。『おとしどころの見つけ方』の内容を一部抜粋し再構成のうえお届けします。

「交渉」と聞くと、「刑事ドラマで見るような緊迫したやり取り」や「国家間の外交交渉」などが真っ先に思い浮かぶと思います。しかし、交渉はそんなに堅いものばかりではありません。むしろ、私たちが普段から当たり前のように行っているものなのです。

ここで「交渉」の定義をご紹介します。交渉とは、「複数の人間が未来の事柄について話し合い、協力して行動する取り決めをすること」です。つまり、私たちが毎日行っている話し合いのほとんどが交渉にあたるわけです。

交渉学を理解すれば、ムダな話し合いに時間を浪費したり、悩んでもしょうがないことにクヨクヨしたり、最終的には「損をする」ことがなくなるはずです。今回は、春の引っ越しシーズンに先駆けて、引っ越し業者とのやりとりを例に、交渉学の基本的な考え方を説明していきたいと思います。

「1社決めうち」はNG!

ビジネスでもプライベートでも、「1社決めうち」は基本的にNGです。面倒だとは思いますが、特に交渉の早い段階では、複数の会社から相見積もりを取ったり、話を聞いたりして、選択肢を増やす必要があります。

そして、実際に業者と交渉を行う際には、集めた選択肢の中からベストなものを1つ準備しておきましょう。交渉学ではこれをBATNA(バトナ<Best Alternative to a Negotiated Agreement>)といいます。これは「交渉が決裂したときの、自分にとってベストな代替案」を意味します。

なぜBATNAが必要なのかは、実際のシチュエーションを想像するとわかりやすくなります。たとえば、引っ越しの際に1社だけに見積もりを頼んだとします。1つしか選択肢がない状況では、ほかに判断材料がないためその会社が「高い」のか「安い」のか見極めることも、相手に対して値引きなど譲歩を求めるプレッシャーを与えることもできません。代替案があって初めて、それらが可能になるのです。

もちろん複数社から見積もりを取るには手間がかかりますので、何でもかんでも絶対にBATNAを用意しなければいけないというわけではありません。しかし、特に長い付き合いがあるわけでもない相手との万円単位の取引なら、代替案は必須といえるでしょう。

要は交渉に応じてBATNAの要不要を見極める感覚が大事ということですが、これは常日頃から「すべての話し合いは交渉である」と意識することで、自然と鍛えられていくでしょう。

一方で、交渉相手にプレッシャーを与える手段の1つに、「相手にとってのリスクを列挙する」という戦略があります。この場合のリスクとは、交渉が決裂した場合、相手に起きる可能性のあるリスクのことです。これはつまり、相手のBATNAの弱点を突いていることになります。

「いま決めないと…」にだまされるな

引っ越しの例でいえば、業者からは以下のようなリスクを指摘される可能性があります。

いまウチに決めないと……。

・(適切なサイズの)トラックを確保できなくなる
・値段がかなり高くなる
・希望日に引っ越しできなくなる

実際にもたもたしていたら、このような問題が起きてもおかしくありません。しかし、即決しなかったからといって、必ずしも問題が起こるというわけでもありません(繁忙期にはもちろん注意が必要ですが)。つまり、これは意図的な戦略なのです。

引っ越し業者に限らず、アパートを借りるときやクルマの購入など、いろいろな場面でリスクを列挙してくる業者に出会うことがあるでしょう。そのときは、まず相手が意図的に戦略を用いていることを認識しましょう。プレッシャーに負けることなく、リスクを冷静に評価して、契約するかどうかを判断するようにしましょう。

また、交渉学では、相手への要求を2種類に分けています。1つは表面的な要求で、「立場」と呼びます。2つ目は本質的な要求で、「利害」と呼びます。交渉のいちばんの目的は、相手と自分の利害を満足させることです。

表面的な要求(=立場)に注目して水掛け論をするよりも、背後にある本音(=利害)を探るべきなのです。自分と相手にどのような利害があるのか、そしてどういった解決策があるのか、話をして、アイデアを出し合いながら探っていくことが理想的な交渉のあり方です。

では、引っ越し業者とお客さんの会話例を見てみましょう。

:1月29日火曜日の午前にお願いしたいのですが。

業者:その日の午前は埋まってしまっているので、ほかのお日にちは可能でしょうか?

:日程は火曜日じゃないと厳しいですね。水曜日も無理ではないのですが、荷物を片付けるために使いたいので。

業者:なるほど……ですが、やはり月末はどうしても混雑してしまうので……。

:ということは、1週間前の22日だと空いているのですか?

業者:可能であればその日だと大変助かります。

:新居はいま空室なので、たぶん22日でも大丈夫ですけど、日割で家賃かかってくるので、そこがネックですね。

業者:もし、22日にしていただけるようでしたら、1万円お値引きさせていただきます。

:ほんとうですか。とはいえ、1週間前倒しにすると、日割で取られる家賃のほうがずっと高くなりそうです。

業者:承知しました。では、29日の午後便はいかがでしょうか? 午前の引っ越し後に伺いますが、正直なところ、遅れる可能性もございます。

:午後でもいいですよ。どっちにしても水曜日に片付けする予定なので、火曜日は時間に余裕がありますし。水曜日の午前よりは、火曜日の午後のほうがありがたいです。

業者:では、29日の午後でトラックと人員を手配させていただきます。

すべての話し合いは交渉

このように、複数の利害を考慮しながら「○○のかわりに××」という取引を成立させていく交渉を「統合型交渉」といいます。一方で、1つの条件について争う交渉を「配分型交渉」といいます。


配分型交渉の典型的な例が価格交渉です。売り手は高め、買い手は低めの金額を提示して、お互い徐々に譲歩しておとしどころを探るのですが、これでは「○○のかわりに××」という取引ができないので、納得感も低く、合意できない場合も多々あります。

「コレをするから、アレをしてほしい」という取引こそ、おとしどころを見つけるカギなのです。

今回はプライベートの業者との例でしたが、ご紹介したメソッドはビジネスでも、プライベートの別のシチュエーションでも通用するものです。

「すべての話し合いは交渉」だと意識して、ぜひ日々の話し合いに活用していただきたいと思います。