自民党総裁選を終え、取材に応じる石破元幹事長。その表情は明るかったのだが……(写真:共同通信)

9月20日に自民党総裁3選を果たした安倍晋三首相。2019年夏の参院選を乗り切って2019年11月19日を迎えれば、安倍政権は11、13、15代首相である桂太郎(1848-1913)の合計在任期間2886日を抜き、憲政史上もっとも在任期間の長い首相となる。任期である2021年9月末まで首相を続ければ記録は3567日だ。

任期中に平成の御代が終わり、東京オリンピックが開催される。大きく変わろうという日本を牽引する責務は極めて重いものといえるだろう。

現職の強味を十分に生かした戦い

そのスタートにふさわしく、安倍首相は総裁選で553票を獲得し、石破氏の254票をダブルスコアで制した。森友学園問題や加計学園問題の影も見えたが、現職の強味を十分に生かした戦いだった。

一方の石破氏は苦戦を強いられた。自らが率いる水月会は自分も含めてわずか20名。頼りにした竹下派も、所属議員全員が支持してくれたわけではない。

加えて総裁選告示日前日の9月6日未明に発生した北海道胆振東部地震が大きな影響を与えた。北海道で初めて震度7が観測されたこの地震により、総裁選は3日間自粛となった。遊説日程の変更を余儀なくされ、石破氏はいちだんと苦戦を強いられた。

それでも石破氏は最後まで戦い抜いたといえるだろう。17日の銀座4丁目交差点での街宣では、多数の聴衆が石破氏の演説に聞き入り、その後の「桃太郎」(練り歩き)に参加する人もいた。ただ彼らは他の選挙で動員される自民党員と大きく雰囲気が違っていた。こうした支持層は党員票を持っていない一般市民も多かったのではないか。

ただ石破陣営はそれまでの戦いで手ごたえを感じていたようで、石破陣営の議員はこの時、「(自粛分の)あと3日あれば違っていた」と述べている。この言葉は「論戦を通じて自陣営に勢いが出ており、もう少し時間があれば流れを変えることもできた」という意味だと筆者は受け止めた。

「とりこぼし」が目立つ

結果的に、石破氏は73票の議員票、181票の党員算定票を獲得した。事前の議員の態度表明などを元にした票読みでは「石破氏の議員票は50票」と報じられていたが、そこから20票余りを上積みしたことになる。さらには、石破氏に投じられた党員算定票は全体の44.6%を占めた。


(表:共同通信)

この結果を各メディアはほぼ一斉に「石破氏の善戦」と報じている。確かに石破陣営はよく戦ったが、果たして「善戦」と言えるほどのものだろうか。というのも、ひとつひとつを見る限り、「とりこぼし」が目立つのだ。

そもそも安倍陣営は「議員票の8割、党員票の6割」を目標にしていた。405票の議員票と同数の党員算定票で換算すれば、安倍首相は議員票の81%と党員算定票の55.4%を制している。党員算定票は目標に達しなかったが、それでも石破氏が「善戦した」ということにならない。

石破氏が党員票で期待したのは、北海道、東北地方の各県、さらには近畿地方の大阪府、滋賀県などだった。

北海道や東北地方など農業のさかんな地域では、安倍政権が推進したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に抵抗感が強い。実際に2016年の参議院選では青森、岩手、山形、宮城、福島という1人区で自民党は敗北している。地方重視、農政重視の石破氏にはチャンスの地域だったはずだ。

ところが、北海道、東北地方の各県のうち、石破氏の票数が安倍首相を上回ったのは、支持を表明した加藤鮎子衆議院議員がいる山形県のみだった。

そして大阪府、滋賀県でも勝つことができなかった。

安倍首相と近い日本維新の会と自民党府連が鋭く対立している大阪府は、石破氏が勝つチャンスが大きい地とみられていた。地縁がないとはいえ石破氏は、2月5日に大阪市内で1000人以上を集めた大規模セミナーを開催している。

また「安倍カラーの薄い地域」として滋賀県も重視した。2014年7月の滋賀県知事選で石破氏は幹事長として采配をふるい、3度滋賀入りしている。また総裁選を念頭に、何度も滋賀入りした。3月までに5度滋賀で演説し、各回300人以上動員した。「石破後援会」が結成されたところもある。

にもかかわらず、大阪では1万1813票を獲得した安倍首相に対し、石破氏はその3分の2程度の7620票。滋賀県でも4056票の安倍首相に対して石破氏は2991票で、やはり3分の2だった。勝てる可能性の高い場所で勝てていないのだ。

これらの敗因として、まずは石破氏の政策のわかりにくさが挙げられる。確かに石破氏は農政の重視を訴えているのだが、その具体策が見えてこない。頭脳明晰で知識も豊かだが、理屈ばかり先走っている印象が強い。出馬宣言以降、石破氏が数回開いた政策発表会でも、「夢」や「将来の展望」が見えず、まるで講義を受けているようだった。その上、「華」に欠けていた。

進次郎がもっと早く支持表明をしていれば…

その「華」の役割を石破氏は小泉進次郎筆頭副幹事長に期待したはずだ。小泉氏には石破氏にない「短くわかりやすく伝える」能力がある。石破氏は小泉氏に何度も協力を要請したが、小泉氏は投票の直前まで誰に投票するかを明らかにしなかった。石破支持を周辺にもらしたのは、19日の党員票を締め切った後だった。これは安倍陣営から小泉氏に圧力がかかったゆえだと報道されている。

小泉氏がもっと前に石破支持を明らかにしていたら、総裁選はおおいに盛り上がったに違いない。自民党総裁選は単なる政党の代表を選ぶ選挙ではなく、事実上の総理大臣を選ぶ選挙。小泉氏には自民党所属議員として、2人の論争を盛り上げる責任の一端がある。

そもそも投票日前日に石破支持を表明するのは中途半端だ。党員票は動かせなくても、議員票を動かせる可能性があるからだ。影響を与えたくなかったのであれば、小泉氏は投票後まで明かすべきではなかったし、いっそ投票後にも一切沈黙を守った方が筋が通った。「二者択一ではない」や「違いがあっていい」などと、なんとなくほのめかしていたのも、いかにも中途半端にみえた。将来の首相候補として、常に注目を集めてきたが、今回の態度表明の有り様は、1つの汚点といえるだろう。

すでに永田町では内閣改造や党の新人事が話題の中心になっている。石破氏側を排除する動きがあるとの報道も散見し、穏やかではない。ウラジーミル・プーチン大統領の「前提条件なき平和条約締結提案」や南北首脳会談、そして日米首脳会談など、国際的にも重い課題を抱えながら、総裁3期目に突入した安倍首相は秋の政局をどう乗り切るつもりなのだろうか。