「日本人の自画像」について語る加藤教授(撮影:徳永裕介)

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「日本人の自画像」について考える公開講座が3日、東京都武蔵野市の成蹊大学で開かれ、一般の市民が同大法学部の加藤節(たかし)教授とともに戦後のナショナルアイデンティティの変遷を振り返った。首都圏在住者を中心に、およそ180人の市民が参加し、活発な発言が相次いだ。

 政治学史などが専門の加藤教授は、戦後を5つに分け、それぞれの時代の日本人の意識について説明。現在の日本人の自画像については「戦力の保持を合憲化し、日本人ならば無条件で日本を愛するべきと愛国主義を自明視し、さらに不平等な格差社会を許容する方向で描かれ始めている」と指摘した。

 加藤教授のいう「日本人の自画像」とは、「ナショナルアイデンティティに対するイメージ」のことで、日本のナショナルアイデンティティとは「日本、あるいは日本人の生き方や存在の根拠とするもの」を指す。
 
 現在の「自画像」は再び分裂する可能性を秘めているといい、加藤教授は「過去の歴史への責任を欠いた愛国主義に人間的品位の欠落を覚え、格差社会の是認に人間としての尊厳に対する挑戦を感じる日本人も依然として少なくない」と強調。その上で「現在の日本は自画像をどう描くかをめぐって、歴史的な岐路に間違いなく立っている。どのように描くかはわれわれ自身の決断にかかっている」と訴えた。

 加藤教授の話を受け、会場からは発言が相次いだ。ある女性が「階層社会の進行という意味では、戦時中に似てきているのではないか」と述べると、加藤教授は「グローバリゼーションに乗れる層と乗れない層がある。学歴の問題もある。新自由主義といっても、自由があれば平等の問題が残る」と返した。

 また、「文化の交流が進んでいくと、日本という枠組みを感じなくなることはあるのか」という質問も出た。加藤教授は「むしろ日本文化を強調するような動きは文化の交流が進めば進むほど出てくる可能性が高い。交流をして文化が無国籍化していくと、純粋な日本文化を求める志向性が出てくる。国際化は国粋化を生む」と答えていた。

 さいたま市から参加した男性会社員(28)は、「今、生きている時代というのは、見えているようで見えない。戦後60年を振り返りつつ、自分たちがどこにいて、どこに進もうとしているのか、わかった」と感想を話した。【了】