プロ野球選手から見る「応援」企画の第4弾は、セ・パを代表する外国人スラッガー編。中日ドラゴンズのダヤン・ビシエド選手と、北海道日本ハムファイターズのブランドン・レアード選手に、メジャーリーグでは無縁の”鳴り物応援”の印象などを聞いた。

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ダヤン・ビシエド/中日ドラゴンズ


中日ドラゴンズの四番として活躍するビシエド

──ビシエド選手は、かつてシカゴ・ホワイトソックスなどでもプレーしていましたが、メジャーリーグでは応援歌などはなかったですよね?

「もちろんなかったよ。母国キューバでは、ファンが球場に楽器を持ち込んで勝手気ままに応援するスタイルはあったけど、日本みたいに統一された応援をする習慣はなかったね」

──来日当初、プロ野球独自の応援スタイルに戸惑うことはありませんでしたか?

「まったくなかった。むしろ、期待されていることを感じられてやる気が増したよ」

──自分の応援歌が作られたときにはどう思いましたか?

「うれしかったし、気に入っているよ。ボードや垂れ幕を持参して応援してくれるファンのチェックは、毎試合のルーティンなんだ(笑)」

──球団創立82年を誇る中日ドラゴンズにおいて、個人のオリジナルチャンステーマが作られたのは、ビシエド選手が初めてだそうです。チャンスの場面で流れる、『勝負強さ煌めき・・・・・・』から始まる応援歌ですね。

「あー、あれね。初めて聴いたときに『いつもと違うなぁ』とは思ったんだ。いつもの歌も軽快でいいけど、より名前が耳に入ってくる歌だよね。外国人選手の個人テーマはドラゴンズで初めてなの? めちゃくちゃうれしいし、光栄だよ。ありがとうございます!」

──相手チームで、ビシエド選手が好きな応援歌はありますか?

「横浜DeNAの筒香(嘉智)の応援歌かな。あの前奏からの盛り上がりからは、何かを起こしそうな空気が伝わってくるよ。僕も一塁で守っているときに『GO、GO、筒香!』と思わず口ずさんでしまうこともあるね(笑)」

──他に、ビシエド選手を奮い立たせる応援はありますか?

「応援とは少し違うかもしれないけど、僕の3人の子どもたちが(中日のマスコットキャラクターである)ドアラの大ファンなんだ。ナゴヤドームでホームランを打つともらえるドアラのぬいぐるみは毎回のように争奪戦になるんだよ(笑)。子どもたちを満足させられるように、これからもホームランをたくさん打ちたいね」

ブランドン・レアード/北海道日本ハムファイターズ


2016年に本塁打王を獲得した日本ハムのレアード

──レアード選手といえば”お寿司ネタ”のグッズを用いての応援がお馴染みになっていますね。

「最高だよ。いつかの試合では、僕が手巻き寿司の具になっていたのもあったね(笑)。あれは見事だった。あの手作り感が温かい気持ちにさせてくれるんだ」

──ちなみに、一番好きなお寿司ネタはなんですか?

「ずばり、ウニだね(笑)」

──メジャー時代にはなかった、鳴り物による応援に違和感はありませんでしたか?

「来日する前に、周囲の人間から”鳴り物応援”の存在を聞いていたから、すんなり受け入れられたよ。でも、試合が始まる前から終わってからも応援し続けていることには本当に驚いたね」

──自らの応援歌についてはどう思いますか? 

「最初は何の歌なのかわからなかったんだけど、それが自分のためのオリジナル応援歌と知ってうれしかったよ。歌詞も曲調もすべて文句なし。あと、いつも感心するのが、前の打者が打ち終わったあとに僕の登場曲が流れるタイミングだね。間が絶妙だから、あれでスイッチが入るんだ」

──いくつか登場曲があるレアード選手ですが、今年からGReeeeNの『キセキ』を追加した理由は?

「オリックスの中島裕之選手や巨人の坂本勇人選手の打席で流れていたのを聞いて、『いい曲だなあ』と思っていたから選んだんだ。『キセキ』の好きな部分は、曲が終わってから数秒間、ファンの人たちが合唱するところ。あの余韻が耳に残って、たまらない気持ちになるんだ」

──2016年の誕生日の試合ではバースデーソングが流れ、ホームランを打ちましたね。

「あれは仙台での楽天との試合だったよね。バースデーソング応援はチームメイトの誕生日がわかるから、ベンチやロッカールームでコミュニケーションを取ることに役に立っているよ(笑)」

──他のチームの選手で、好きな応援歌はありますか? 

「チーム全体としてロッテの応援はすごいね。僕の妻もビックリしていたよ。中でも、今江年晶選手(現楽天)の応援歌はインパクトがあった。ファンがジャンプしながら速いテンポで歌う姿に、守っている僕も思わず興奮してしまったことを思い出すよ」

──日本ハムで4年目のシーズンを送っていますが、とくに応援が印象に残った試合などはありますか?

「特定の試合ではないんだけど、来日1年目の前半は不調だったのに、ファンの人たちは普段と変わらない熱い声援を僕に送り続けてくれたんだ。それが調子を取り戻すきっかけになったといっても過言じゃない。あのときの、ファイターズファンの応援には今でも感謝している。あらためて、どうもありがとう」