徳川将軍アイスコーヒー

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首都圏に近く、一次産業も二次産業も揃う茨城県は、「地域ブランド調査2017」では5年連続最下位に沈む。だが、今回紹介する「サザコーヒー」は、県内ではスタバやコメダより強く、海外でも名を知られる。コーヒー職人であるバリスタも全国屈指の実力者が揃う。なぜ茨城のカフェがそこまで強く、発信力もあるのか。人気の秘密を探った――。(第1回、全3回)。

■「稀勢の里」「ひよっこ」でも上昇せず

10月10日に発表された、都道府県の魅力度などをランキングする「地域ブランド調査2017」(ブランド総合研究所)で、5年連続の最下位となった茨城県――。大相撲の稀勢の里(同県育ち)の横綱昇進の効果もなく、有村架純の主演で、同県が舞台となったNHK朝の連続テレビ小説「ひよっこ」も起爆剤とはならなかった。

最下位に沈む理由を、茨城県出身のメディア関係者はこう説明する。

「今も存在感があるテレビの影響が大きい。東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・茨城県・群馬県・栃木県の『関東1都6県』が、東京にある民放キー局の同一放送エリアになっています。そのため、茨城・栃木・群馬の北関東3県の情報は見落とされがちでした。さらに栃木と群馬は独立系UHF局があり、県内情報を発信できますが茨城にはない。そのため茨城県民は、話題性や地域の魅力を打ち出す情報発信が得意ではありません」

だが、コーヒー業界・カフェ業界における茨城県はあなどれない。特に最近は輝きを放つ。その筆頭が「サザコーヒー」(本店は同県ひたちなか市)だ。近年になって、同市内にスターバックスやコメダ珈琲店が進出したが、サザコーヒーの牙城は揺るがない。

■1500円のコーヒー豆が「月に1000個」売れる

コーヒーやフード、スイーツがおいしい」というカフェは、実は国内各地にある。そんな中で、サザコーヒーが注目されるのは、多くの活動に独自性があるからだ。

たとえば、過去に本オンラインでも紹介した「徳川将軍珈琲」は、1998年に放映されたNHKの大河ドラマ『徳川慶喜』にヒントを得て開発した商品(コーヒーコーヒー豆)だ。これだけなら話題づくりだが、徹底した調査研究をした上で商品開発に取り組んだ。

サザコーヒー創業者の鈴木誉志男氏(現会長)が当時の文献を調べると、江戸幕府15代将軍・慶喜(水戸藩9代藩主・徳川斉昭の七男)が、1867年に大坂(現大阪)の晩餐会で欧米の公使をもてなし、コーヒーを出した献立も残っていた。

「フランス人の料理人を雇い、食器類もフランス本国から取り寄せました。料理は本格的なフランス料理による接待です。この接待に要した費用は1万5000両。現在の金額に換算すれば4億5000万円になります。接待の内容は『大坂城各国公使謁見一件』として公式記録され、『幕末維新外交史料集成』に収められています」(鈴木氏)

そして「当時は世界のコーヒー流通の6割をオランダが占めていた」歴史にちなみ、江戸末期に飲まれたコーヒーを現代風に再現した。当時オランダ領だった、インドネシア産の最高級マンデリンを用い、深煎りで焙煎したのはそのためだ。

さらに縁あって知り合った徳川慶朝氏(慶喜のひ孫)が焙煎を担当した。そうした経緯は以下の記事で紹介したので、ご参照いただきたい(プレジデントオンライン「徳川慶喜ひ孫が"将軍珈琲"を開発した理由」。http://president.jp/articles/-/23273)。

ある出来事にヒントを得て開発――でも、ここまで徹底探究して商品を開発する例は多くない。現代風な味でもあり、「徳川将軍珈琲」は絶好調。コーヒー豆200グラムで1500円(税別)するが、月に1000個以上も売れる。店で出すコーヒーとしても人気だ。

■世界最高豆「パナマ・ゲイシャ」を日本に紹介

一方、鈴木氏の息子・太郎氏(副社長)は、世界最高級のコーヒー豆である「パナマ・ゲイシャ」を日本に紹介する立役者となった。世界的な注目を浴びたこの豆に早くから注目し、生産者であるエスメラルダ農園と親交を深めながら買い付けてきた。

価格の高いコーヒー豆といえば、昭和時代から「ブルーマウンテン」(主にジャマイカ産)が有名で、今でもほとんどの人が「最高級のコーヒー豆」と聞くと、「ブルーマウンテン」を連想するほどだ。だが実は、かなり前に最高級ではなくなった。ハリケーンなどで生産地が打撃を受けて、良質のコーヒー豆の生産が厳しくなったからだ。

「パナマ・ゲイシャ」とは、コーヒーの原産地、アフリカ・エチオピアの“ゲイシャ村”に由来する在来の品種名で、同村と環境条件が似た中米・パナマで生産されるコーヒー豆をいう。初めてその名前を聞く人は、ゲイシャ=芸者をイメージするが、村の名前だ。そうした由来ゆえ、中米のコスタリカ産や南米のコロンビア産など、「ゲイシャ」品種はほかにもある。その中でもパナマ産は最高級で、超高値で取引されるのだ。

東京農業大学を卒業後、グアテマラにあるスペイン語学校や、コロンビアの国立コーヒー生産者連合会の味覚部門「アルマカフェ」でも学んだ太郎氏は、スペイン語も堪能で外国人の友人・知人も多い。コーヒー品評会「ベスト・オブ・パナマ」の国際審査員をはじめ、国内外のコーヒー品評会の審査員を務めている。特に国際審査員はコーヒーの微妙な味の違いを審査したり分析したりする役割で、審査員の中でも選ばれた人が務める。

エスメラルダ農園から「パナマ・ゲイシャ」のサンプル豆をもらい、初めて飲んだ時の衝撃を、太郎氏は「コーヒーなのに、少しハチミツを混ぜた甘いミカンジュースのような味がしました」と振り返る。それ以降、ゲイシャに魅せられた太郎氏は、ほぼ毎年、コーヒー品評会におけるオークションで「パナマ・ゲイシャ」を落札し続けている。

■「100グラムで3万5000円!」のコーヒー

2017年の「ベスト・オブ・パナマ」で落札したコーヒー豆の中には「1ポンド当たり601ドル」(約454グラム当たり約6万7300円=当時の為替レート)と史上最高値でサザコーヒーが共同落札した豆(エスメラルダ農園産)もある。

このコーヒー豆「Esmeralda Geisha Canas Verdes Natural」(エスメラルダ・ゲイシャ カーニャス ベルデス)が販売された。価格は100グラムで3万5000円だ。

「インターネットや電話で注文を受けてから販売する『受注販売』の形をとっています。パナマ・ゲイシャの中でも段違いに高価な豆なので、鮮度管理に気を配り、より最適な状態で提供しています」(サザコーヒー本店本部統括部長の砂押律生氏)

2016年の「ベスト・オブ・パナマ」で「1ポンド当たり275ドル」(約454グラム当たり約3万2000円=当時の為替レート)で落札した「ゲイシャ」豆もあった。サザコーヒーの店舗では1杯「3000円」で提供した(予定量に達したため品切れ)。そんな高いコーヒーでも、「サザコーヒー本店では2日に1杯程度、全店では1日に2〜3杯ご注文がありました」(砂押氏)という。17年に落札した複数の豆も、これから店で提供される予定だ。

■スタバより「コーヒーを追究」する

スターバックスは、中間業者を通さずに生産者から直接コーヒー豆を買い付けており、使うのは高級豆であるアラビカ種のみだ。それを独自の手法で焙煎し、カップに注いだ時の香りや酸味、コクや風味が最高となるよう抽出する。このやり方で顧客層を広げてきた。

そのスタバよりも、さらにコーヒーを追究するのがサザの強みだ。「茨城のコーヒー屋」(太郎氏)でありながら、コロンビアに自社コーヒー農園を持ち、「サザ農園」というコーヒー豆も販売する。生産地には頻繁に出かけ、エスメラルダ農園にも足を運ぶ。「パナマ・ゲイシャ」も「サザ農園」のコーヒーもおいしいが、まったく違う味で、農園ごとの個性が出ている。実は農園の中でも栽培場所によって味が変わるという。

注目したいのは、「将軍慶喜にちなんだ豆」や「世界最高級の豆を買い付ける」という話題性を掲げながら、その活動は主力商品である「コーヒーに特化」していることだ。決して羊頭狗肉な中身にはしない。店で提供する飲食も、味はもちろん、できる限りの無添加無農薬や放射性物質のチェックを行い提供する。それも現代の消費者に支持されるのだろう。

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高井尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト・経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。

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(経済ジャーナリスト 高井 尚之)